第7話 俺の幼馴染には師匠がいる



 俺以外の家族が居ない家にも、意外と慣れてきた。

 居ないと言っても、別に死んだわけじゃない。単純に仕事で居ないだけだ。

 中学校を俺が卒業した辺りから、両親は二人揃って仕事で海外に行くようになった。

 今までは片方だけ家を空けることは稀にあったが、二人とも居ないなんてことは今までなかった。

 それが俺が中学校を卒業したのを機にそうなっただけ、それだけの話だった。

 両親の仕事の関係上、海外に行かなければならないことは俺も小さい頃から知っていた。だから親が家を空けることに、何も疑問はなかった。

 むしろ俺が中学校を卒業するまで、よく海外に長期滞在していなかったなと感心するくらいだった。子供との時間を大事にしたいなんて、随分と親らしい考えだと思う。

 海外の仕事が多いなら、それこそ海外で住めば良いのにと過去に言ったこともあったが、俺の両親は何故かそこだけは譲らなかった。


 俺と椎名を離したくなかったなんて言われれば、何も言えなかった。その話に、俺は素直に頷くしかなかった。


 しかし俺が高校生にもなれば、少し話が変わって来る。一人で家事くらいできる歳だ。流石にいつまでも俺に過保護なのもどうかと思う。

 だから俺が高校生になるのを機に、両親は仕事を増やした。以前から断ってる仕事もあることは俺も知っていた。

 両親が仕事で家を空ければ、それだけ一緒に過ごす時間は減る。あの二人と一緒に居れば居るだけの時間分、俺は二人に腹を立てる。

 精神的な安息を求めるなら、あの二人はたまに家に居ない方が俺にはちょうど良かった。

 夕飯を食べて、リビングのソファで呑気にテレビを眺めるのも悪くない。暇な時間があれば意気揚々と親が俺を負かしに来るのだから、堪ったもんじゃない。




「しょーくんのお義父さん達、しばらく帰って来ないんだっけ?」




 そう言いながら、今日の当番の皿洗いを終えた椎名が俺の隣に座っていた。

 今では当然のように俺の家には椎名がいた。毎日夕方以降になると、俺の家で椎名が過ごすのは昔から変わっていない。

 椎名の家が俺の家から徒歩2分も掛からない距離だから椎名の親は何も言わないし、俺の親も普通に彼女に家の鍵を渡してるくらいだ。もはや娘のように接している。

 俺もたまに椎名の家に行くと、まるで息子のように椎名の両親に迎えられる。もう家族みたいなものだと思われているらしい。

 椎名の家の合鍵も椎名の親から渡されそうになったが、女の子の家の鍵をもらうのは流石に遠慮した。




「前に聞いたけど……確か一か月くらい帰って来ないらしい。どっちも大会出るんだってさ」

「流石は世界プロの二人……お義父さんもも普通に優勝するんだろうなぁ」

「だから俺の母さんを師匠って呼ぶなよ」

「だって本当のことだもん」




 事実でもかなり複雑だった。普通にお義母さんで良いだろう。まだ椎名と結婚してないけど。




「師匠は分かるとして、お義父さんの方は?」




 椎名に訊かれて、俺はその答えを思い出せなかった。

 持っていたスマホでさくっと調べると、その内容を見ながら俺は答えた。




「ああ、これとこれか……父さんのはポーカーだった」

「ほんと、お義父さんって何でも強いよね」

「そりゃそうだろ。あの化物みたいな親が負けるかって、俺だって一回も勝ったことないのに」




 今までの記憶を思い出す限り、俺は両親に勝負事で一度も勝ったことがない。子供の頃ですら、容赦なく負かされた記憶しかなかった。

 新藤家の子供は、代々そうやって育つらしい。俺が負けず嫌いになったのも頷ける話だった。




「確かにお義父さんが負けるの見たことないかも」

「そう簡単に負けないからな。負けた回数なんて片手で数えられるくらいだろ。その内の一回は母さんだけど」




 俺の父さんの仕事は、プロの勝負師だった。読み合いなどの頭を使うことになると、尋常じゃない強さを持つ。

 ポーカーから始まり、色々な競技の大会に俺の父親は出場している。そのほとんどが好成績で、海外ではかなり有名人らしい。

 日本ではあまり有名ではない競技が多いから、日本だとその知名度は意外と高くない。

 そんな父親が負けた数少ない相手が、俺の母さんだった。




「当たり前だよ! だって師匠強いもん!」

「チェスであの父さんに勝った母さんも十分化物だけどな」




 そして俺の母さんは、プロのチェスプレイヤーである。世界大会で平然と好成績を残すプレイヤーとして、母さんも父さんと同じく海外だと有名人だったりする。

 しかしチェスも日本だと馴染みがないので、日本だと知名度がないのは父さんとまったく一緒だった。似た者同士という言葉があの二人にあるモノだと思いたくなる。

 ちなみにさっきから椎名が俺の母さんを師匠と呼ぶのは、彼女が俺の母さんにチェスを教わってるからだ。

 俺に勝つ為に、堂々と世界のランカーにチェスを教わる椎名もどうかと思う。しかし俺も簡単に負けるつもりはないので、どうか彼女には俺に勝てるように頑張ってほしいと心から応援していた。




「良いなぁ、私も早くしょーくんに勝ちたい」

「馬鹿みたいに強い母さんでも、あの父さんに勝つのに数年掛かったんだ。焦ったって結果なんて出ないって」

「そんな呑気なこと言ってると私がお婆ちゃんになっちゃうかもよ?」

「それまでずっと待っててやる」




 何気なく言葉にしたが、普通に恥ずかしいことを言っていた。

 恐る恐る椎名を横目で見ると、顔を真っ赤にした椎名と目が合った。

 まぁ、そうなるよな。椎名が俺から目を逸らして、恥ずかしいと顔を手で覆っていた。

 この様子だと落ち着くまで時間が掛かりそうだ。俺はそんな椎名を放置して、スマホに視線を向けることにした。

 適当にニュースサイトを指を動かして見ていると、ふと目に留まった記事があった。




『全日本チェス選手権に向けて、海外で活躍している天才女子高生プレイヤーの遠野栞子とおのしおりこが来日』




 そんな記事と一緒に写真が掲載されていた。

 ロシア人の血があるのか銀色の髪に、綺麗な顔の女の子が写真に写っていた。確かにチェスがよく似合いそうな、まるで令嬢のような子に見えた。

 記事を読むと、コイツはどうやら16歳らしい。俺と同じ歳でこんな奴もいるんだな。

 その記事を俺が眺めていると、ふと唐突に俺の頭が割と強い力で掴まれていた。




「え……?」




 頭に感じる小さな痛みに、俺が横目を向けるとジト目の椎名が俺を見つめていた。




「なんでしょーくん、女の子の写真見てるの?」

「いや、ただニュースの記事見てるだけだぞ?」

「確かにその子、綺麗だよね? そういう子が良いの?」

「いやいや、そんなわけないだろ?」

「……ふーん?」




 じっと睨むように椎名に見つめられて、俺は困った。

 完全にそう来るとは思ってもいなかった。

 椎名から見れば、俺がスマホで女の子の写真を見ているように見えるかもしれない。俺のスマホには、銀髪の女の子の写真しか映っていなかった。




「私以外の他の子に目移りするんだ?」

「してないって、椎名がいるのにそんなことするわけないだろ?」

「そんなの信じられませーん!」




 予想外にも椎名が拗ねていた。不機嫌だと言いたげに、わざとらしく口を尖らせている。

 俺が困ったと顔をしかめても、椎名は不機嫌そうにじっと俺を見つめているだけだった。




「そんなつもりじゃないから拗ねるなよ……お前の好きなことさせてやるから、許してくれって」

「なんでも……?」

「……変なことじゃなければな」

「じゃあ、こうする」




 そう言って、椎名が自分の膝の上に掴んでいた俺の頭を引っ張っていた。

 流されるまま、俺の頭は椎名の膝の上にストンと乗っていた。

 スカートを履いている所為で、椎名の柔らかい膝がダイレクトに顔に当たっていた。




「あの……椎名さん? なにこれ?」

「えへへ~。今日の朝、あーちゃんに膝枕させたらって言われてたの思い出したの」




 言われれば、朝子がそんなことを言っていたな。




「でもスカートで膝枕するのはどうかと思うぞ?」

「しょーくんが見たかったら、見ても良いよ?」

「絶対見ないからな」

「えー、別にしょーくんなら良いのに」




 俺の頭の後ろに、があるのは知っている。

 しかしわざわざ振り返ってまで見るのは、どう考えても違う気がした。




「と言うか流石に恥ずかしいから、もう起きて良い?」

「ダメ。私が良いって言うまでこのまま」




 さらっと頭を撫でられて、俺は居心地が悪くなった。

 家に俺達以外に誰もいないのは知っていても、恥ずかしいのは変わらない。

 椎名は俺に膝枕をしているのが楽しいのか、不機嫌な顔から幸せそうな笑顔に表情が変わっていた。




「こういうの夫婦みたいだね?」

「夫婦でもしないだろ?」

「私のお父さんとお母さん、たまにやってるよ?」

「娘にそんなの見せるなよ……」




 顔を強張らせる俺だったが、椎名は不思議そうに首を傾げるだけだった。

 俺がそっと頭を上げようとしても、上から手を当てられてそれを拒まれる。




「ゆっくり二人でのーんびりテレビ見てよ? 後で私と勝負するまで、ね?」

「……お好きにどうぞ」

「なら遠慮なく撫で撫でしちゃう〜!」

「はぁ……まったく」




 小さな溜息を吐いて、俺は渋々と頷いた。

 椎名がしたいなら、そうさせよう。

 頭を撫でられ、頬に感じる柔らかい膝の感触を感じながら、俺は変な気持ちにならないようにテレビに意識を向けた。







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