第4話 俺の幼馴染が心配する




 あの二人、手助けくらいしてくれても良いだろ?

 失笑する二人を一瞥いちべつして、俺は渋々と勝負を挑んできた男子生徒に向き合うことにした。




「好き勝手に言うのはお前の自由だが、俺は椎名をたぶらかしてなんかいないぞ?」

「分かりきった嘘なんてつくな! お前が付き合ってもいない成瀬さんを強引にはべらせてるのは、この2週間でみんな分かってるんだぞ!」




 自信に満ち溢れた男子生徒の発言に、俺は素直に困惑していた。

 もし彼が本気でそう思っているのなら、割と真剣に目の病気を疑いたくなった。

 学校内で俺と椎名の普段を少しでも見ていれば、嫌でも分かると思う。一緒に登下校して、一緒に昼飯食って、授業間の休み時間も一緒にいれば、普通は仲が良いと思うだろう。

 それがどうしてそんな判断できたのか。この手の妄想を抱く人間を中学時代に数多く見てきたが……俺はその理由が今だに分からなかった。

 



「お前……俺が椎名に無理強いしてるように見えたのか?」

「当然だ! 成瀬さんの弱みでも握って無理強いさせてるんだろ! そうでなきゃお前みたいな奴の隣に成瀬さんがいるわけないっ!」

「それ分かるわ。すごく分かる」




 朝子。お前、後で覚えておけよ?

 背後から聞こえた朝子の声に、俺は少しイラっとした。




「それ、椎名に直接聞いたのか?」

「お前に逆らえない成瀬さんがそんなこと言えるわけないだろ! 馴れ馴れしく成瀬さんを呼び捨てにしやがって! お前みたいな最低な男が優しい彼女の隣にいるのは相応しくないッ!」




 自分の言葉に相当な自信があるらしい。堂々と断言するこの男に、俺は頭痛がしそうだった。

 よくもまぁ、そんなひん曲がった思考になったと感心すらしてしまう。どう考えたらそんな考えになるのか、真剣に一時間くらい問いただしたいくらいだ。

 俺はげんなりとしながら、肩を落とした。別に椎名の隣が俺が相応しくないとか勝手に色々と言うのは自由だが、コイツの言い方はかなりしゃくに触った。

 



「まるで自分が相応しいみたいな良い草だな」

「違う! 俺は純粋に成瀬さんを助けたいんだ! お前のような最低な男の言いなりに彼女がずっとされてるなんて、あまりに酷い仕打ちじゃないか! 彼女にはお前や俺よりも、もっと相応しい人がいる! お前はその邪魔をしてるのが分からないのか!?」




 はい、全く分かりません。俺は真顔で目の前の男子生徒を見つめていた。

 この男が校庭で叫んでいた所為せいで、いつの間にか俺と男子生徒の周りに他の生徒達が集まって来ていた。

 顔の知らない同級生や上級生達が何事かと物珍しそうに見物している。

 中学が一緒だった奴らに関しては、絶対に面白半分で俺達を見物していた。

 そんなざわざわと騒ぎながら向けられる生徒達の視線に、俺は面倒なことになったと顔を強張らせた。




「ねぇねぇ、あーちゃん? しょーくん、どうしたの?」

「椎名は黙って見てなさい。その方が絶対面白……話が進まないから」




 そしていつまで経っても合流しないことに痺れを切らしたのか、いつの間にか椎名が朝子達のところまで戻って来ていた。

 椎名が来たことで、男子生徒は勢いを増して叫んでいた。




「成瀬さん! 絶対に俺がこの男から解放してあげるから安心して!」

「えっ? どういうこと?」




 意味が分からないと椎名がきょとんと首を傾げる。

 当然の反応だった。椎名なら特にそうだろう。一切心当たりのない話を急にされれば、彼女の反応も当たり前のものだった。




「この男の言いなりにされてるのは分かってる! 今なら正直に言っても大丈夫だよ!」




 しかし諦めが悪いのか、この男はめげずに椎名に叫んでいた。

 彼の中では、椎名は俺に無理矢理言うことを聞かされている。そんな彼女が大勢の生徒達がいるこの場でなら、自分に助けを求められるとでも思っているのだろう。




「……?」




 だから何の話と困惑する椎名だったが、件の男子生徒は顔を引き攣らせていた。

 悔しそうに歯を食いしばっている。予想外の椎名の反応にようやく彼も自分の勘違いを認めたのかと、俺が思った時だった。




「やっぱりこの男が怖くてハッキリ言えないのか……!」

「いや、そうはならないだろ? お前、馬鹿なのか?」

「馬鹿なのはお前だ! 女の子を脅して言うことを聞かせるなんて最低なことする奴が馬鹿じゃなきゃなんだ!」




 この男の思考回路が壊れているとしか思えなかった。

 椎名を見れば、怖がっている様子などなかった。むしろ俺を見るなり嬉しそうに手を振っている。

 しかし周りに群がる生徒達は、俺が悪者だと野次を飛ばす生徒とわざと件の男子生徒を面白半分で応援する始末だった。

 誰も俺を手助けしてくれる気はないらしい。現状に我慢できず、俺は深い溜息を漏らしてしまった。




「はぁ……もう突っ込むのも面倒くさいから、それで良いか」

「ようやく自分の非を認めたなっ! 今この場で成瀬さんに謝って金輪際彼女に二度と近づかないと約束するなら、俺との勝負はしないでやっても良いぞ!」

「……椎名と離れる気なんてねぇよ」

「まだ彼女を自由にしないのか! なら俺と勝負しろ!」

「勝負ね、勝負。はいはい、分かりました。やります、やればいいでしょ?」




 俺の言葉を都合良く解釈して、勝手に話を進めている。

 良い加減、流石に腹が立ってきた。ここまで自分の考えを信じ込んでくる奴は、昔を思い返してもいなかった。




「え? しょーくん、私に何か悪いことしたの? 二度と近づかないって勝手に言われても私、無理矢理でもしょーくんに抱きつくよ?」

「だから椎名は黙ってなさい。黙ってた方が面白……じゃなくて、勝也がちゃんと収めてくれるわ」




 絶対、後で朝子の頭に拳骨を叩き込もう。俺はそう決意した。

 椎名にも後で事情をちゃんと説明しておこう。

 とにかく、俺は騒ぎになっている現状を収めようと話を終わらせることにした。




「それで? お前はどんな勝負をしたいんだ? まさか喧嘩でもするのか?」

「喧嘩なんて乱暴なこと成瀬さんが望むわけないだろ! 聞くところによるとお前は勝負事に自信があるのは俺も知ってる! だからお前の自信あることで勝負してやる!」




 どこで聞いたか知らないが、事実だった。

 確かに勝負事に関しては、俺も自信はある。

 果たして、この男はどんな勝負を挑んでくるのか?

 そう思っていると、目の前の男子生徒は胸を張って告げていた。




「この俺と――将棋で勝負だっ!」

「え……将棋?」




 意外な勝負方法に、俺は反応に困った。

 周りに群がっていた生徒達も「え?」みたいな反応を見せていた。

 決闘と言わんばかりの態度だったから、スポーツでもさせられると思っていた。




「よりにもよって勝也と将棋で勝負かよ……」

「……なんでそこはバスケとかサッカーじゃないのよ」




 俺の後ろで浩一と朝子が呆れていた。

 勝負を挑んできている男子生徒は知らないみたいだが、俺のことを知っていればそんな反応にもなるだろう。




「自慢じゃないが、俺は子供の頃からずっと将棋をしている! お前なんかに負けるはずがない!」

「あー、そうだな。じゃあ、それで良いよ」

「潔く俺との勝負を受けたな! なら俺が勝ったら成瀬さんを解放することをこの場で約束しろ!」

「わかった。お前が勝ったら、二度と椎名に近づかない」




 俺が勝負を受けたことで勝ちを確信したらしい。男子生徒が勝ち誇った顔をしていた。

 しかし俺も、黙って受ける気なんて更々なかった。




「その代わり、俺も勝った時の条件を出す」

「……なんだと?」

「なんだ? 負けるのが怖いのか?」

「そんなわけないだろ! お前の条件はなんだ⁉︎」

「お前が負けたら、二度と俺に椎名絡みで勝負を挑んでくるな」




 俺の条件を聞いて、男子生徒の顔が一瞬歪んだ。しかしそれでも自分が勝つことを疑ってないのか、すぐに目を鋭くして俺を睨んでいた。




「良いだろう! お前が勝ったら、俺は二度とお前に成瀬さんに関しての勝負を挑まない!」

「ちゃんと聞いたからな? それで勝負の時間は?」

「今日の放課後! 将棋部に来いっ!」

「いや、どこにあるんだよ。将棋部」

「部室棟の二階だ! ちゃんと来いよ! 来なかったらお前の負けだからな!」




 そう言って俺の返事を聞かずに男子生徒が走り出すと、そのまま校舎の中へと消えて行った。

 その光景に周りの生徒達は唖然としていたが数秒後、一斉に騒いでいた。女子生徒の黄色い声が響き、男子生徒の野次が飛び交った。

 成瀬椎名を賭けて決闘が始まった。そんな話をして、その場にいた生徒達が校舎へと慌ただしく向かっていく。

 きっとこの様子だと、すぐに学校中の噂になるに違いない。騒ぐ生徒達を眺めながら、俺は面倒だと心底思った。




「ねぇ、しょーくん? なんかかなり面倒なこと言われてなかった?」




 そんな時、椎名が俺のところに来ると心配そうにしていた。




「別に大したことじゃないって。ただ帰るのがちょっと遅くなるだけだ」

「……将棋するんだよね?」

「そうなったな」

「勝てそう?」

「……お前に負けるまで、俺が他の誰かに負けるわけないだろ?」




 俺はそう言って、椎名にわざとらしく肩をすくめて見せた。









――――――――――――――――――――




この作品の続きが気になる、面白そうと思った方、レビュー・コメント・応援などしていただけると嬉しくて執筆が頑張れますので、よければお願いします。




――――――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る