第5話 俺の幼馴染は食べさせたい



 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。先生が教室を出て行く姿を、クラス全員が見届ける。

 先生がドアを閉める音が教室に響くと、それが授業の終わりの合図になった。

 これでようやく午前の授業が終わった。座りっぱなしで硬くなった身体を、俺は両手を上げてうんと伸ばした。


 次の時間は昼休み。つまり、昼飯の時間が訪れた。


 それは全生徒の誰もが待ち望んだ時間だった。授業が終わると、すぐに教室は騒がしくなっていた。

 各々が昼飯を食う為、学食や購買に向かう生徒や弁当を机で広げる生徒達の賑やかな声が校内を賑やかにする。

 昼時になれば、勝手に腹は空く。俺も昼飯にしようかと席を立とうとした時だった。




「勝也? お前、今日の飯は?」




 コンビニ袋を片手に、浩一がいつの間にか俺の前まで来ていた。

 運が良いのか悪いのか、見知った顔が同じクラスにいると高校に進学した気がどうにもしない。浩一と朝子、そして椎名も一緒なら中学校の頃と何も変わらないのだから。

 浩一の疑問に、俺はとある人物へ視線を向けながら答えた。




「今日も椎名」

「その言い方だと椎名を食うみたいになるぞ?」

「そんなわけあるかよ、馬鹿が」




 くだらない男同士の会話だった。

 しかし椎名と朝子が来たタイミングが悪かったらしい。俺達のところに来るなり、朝子がまるでゴミを見るような目を何故か俺だけに向けていた。


 多分、あの目の原因は……間違いなく俺達の会話だろう。

 もしくは何か授業で分からないことがあったのかもしれない。頭が良い朝子には間違ってもない可能性だが……


 思わず俺が会話の発端になった浩一を睨むが、自分は関係ないと不自然に明後日の方向へ顔を向けていた。




「ねぇ、勝也。今の話、もう一度私にも聞かせてもらえるかしら?」

「……何の話だ? 俺達は何も話してないぞ? 朝子の気のせいだろ?」

「浩一、言いなさい」

「椎名が昼飯だって勝也が言いました」




 お前いつも朝子に歯向かってる癖して、こういう時に限って率先して協力しやがって……

 言い方に悪意しかない。というか浩一が語弊を招く言い方をしただけの話だ。

 しかし一度生まれた誤解を解くのは難しい。それは朝子の目を見れば、一目瞭然だった。




「……変態だわ。椎名、気をつけなさい。この男は変態よ」

「はわわ……!」




 更に運が悪く、椎名にも聞かれていたらしい。朝子の小さい背中に隠れた椎名が顔を真っ赤にしていた。

 そんな真っ赤な顔で、椎名が朝子の背中から少しだけ俺に顔を見せてくる。そして俺と目が合うと、気恥ずかしそうに笑っていた。

 正直言って、写真撮りたいくらい可愛かった。




「お前らなぁ……」




 しかしその欲望をどうにか我慢して、俺は朝子と浩一に呆れた顔を見せていた。




「椎名に変なことしたらぶっ飛ばすわよ」

「しねぇよ。まだ付き合ってもいねぇのに」




 相変わらず、朝子は椎名のことになると過保護になる。それも慣れたが、朝子の中学時代のことを知ってれば仕方ないことだった。

 特に仲の良い友達には、人一倍の心配をするのが朝子の良いところなのは俺も知っていた。




「付き合っても駄目よ。私が許さないわ」

「お前は椎名の母親かよ……」

「絶対、許さない。絶対許さないわ」





 二回も言うなよ。やっぱりコイツ、もしかしたら俺と椎名の仲を邪魔する悪魔なんじゃないか?

 俺がそんなことを思っていると、いつの間にか椎名達が周りの椅子を俺の机に集めていた。




「私はしょーくんと色々したい」

「駄目よ。そういうことは大人になってからにしなさい」

「えぇ……ダメ?」

「駄目よ」




 そして俺の周りに三人が座れば、早速朝子と浩一は自分の昼飯を机に広げていた。

 浩一がコンビニで買ってきたおにぎりとパンで、朝子は手弁当が昼飯らしい。椎名も朝子と同じ手弁当だった。

 椎名の前に、赤い小さな袋と青い大きな袋の二つが置かれていた。




「はい! しょーくん、今日のお弁当だよ!」




 そう言って椎名が、その青い袋を俺に渡してきていた。

 高校に入学して2週間。この時間になると必ず椎名が渡してくるようになったソレを、俺は素直に受け取った。

 その袋の中身が何か、それは言うまでもなかった。




「……面倒なら用意しなくて良いんだぞ?」

「全然面倒じゃないよ。私の料理を毎日しょーくんに食べて欲しいだけだもん」

「その毎回やってる会話なんだけどさ。いい加減砂糖吐きそうになるからそろそろやめてくれない?」




 俺の隣で浩一が何か言ってるが、無視しておく。

 にこにこと笑う椎名から弁当を渡された俺は、彼女に「ありがとう」と伝えて早速青い袋から弁当を取り出した。




「……ここまで手間掛けるなよ」

「折角だから今日は気合い入れちゃった」

「いや、絶対面倒だろ?」

「私が楽しいから良いの!」




 弁当の蓋を開けると、その中身に俺は苦笑していた。

 からあげ、タコさんウインナー、トマトなど一般的なおかずが入っていて、極めつけが白いご飯の上にハートの模様が丁寧に描かれていた。




「完全に愛妻弁当なんだよな、それ」

「ねぇ、勝也。提案なんだけど、私の弁当とそれ交換しない?」

「うるせぇ、黙って食わせろ」




 野次を飛ばしてくる外野の二人をとりあえず黙らせる。

 椎名が満面の笑みで俺が食べるのを見つめているが、気にせず俺は最初にからあげを口に入れていた。




「今日のはどうだった?」

「めっちゃ美味い」

「良かった~!」




 俺の感想を聞いて、椎名が嬉しそうにしている。

 実際、本当に美味いんだからそれ以外の言いようがなかった。

 安堵した椎名が自分の弁当を開く。そして自分の弁当のおかずを箸で掴むと、何故かそれを俺に差し出していた。




「どうした?」

「はい! あーん!」

「は、え……」




 それが何を指す行動が、嫌でも分かった。

 このパターンは初めてだった。思わず、俺は反応に困った。

 まさか浩一と朝子。そしてクラスメイトがいる教室で、そんなことをしてくるとは思わなかった。

 朝子が鬼のような顔をして、浩一がからかうような悪い笑みを見せている。更に教室にいたクラスメイト達が揃って騒いでいた。




「いつもお熱いねぇ~!」

「ひゅ~!」

「成瀬さんだいたーん!」




 中学からの知り合い達からは煽られ、




「なんであんな奴が成瀬さんにあんなことされてんだよ……!」

「あれで付き合ってないとか頭おかしいだろ……!」




 俺と椎名の付き合っていない理由を知らない奴からは、妬ましい視線を向けられていた。

 すごく居心地が悪い。流石にそれはやめた方が、と声が出そうになった。




「しょーくん! あーん!」




 だが幸せそうな顔で、椎名は急かすようにおかずを俺に向けていた。

 きっとそれを俺が断ると落ち込むんだろうな……

 そんな思考が頭に過ぎると、俺は断れなくなっていた。

 俺は意を決すると、差し出された椎名のおかずを口にしていた。

 その瞬間、クラスの女子からドッと黄色い声が教室に響いた。




「えへへ~、美味しい?」

「めっちゃ美味い」




 もう周りは無視しよう。顔が熱くなるような感覚があったが、俺はそれすらもどうでも良くなっていた。

 これで終わったと思ったが、更に椎名は何を思ったのか俺にその小さな口を開けていた。




「え、どうした?」

「わたひにも!」




 口を開けたまま、椎名はそう答えていた。

 え、もしかして今の流れ、俺もやるの?

 流石にやりたくないと思ったが、それだと椎名が悲しむことを想像すると断れなかった。

 震える手で、俺は箸でおかずを掴む。そして椎名に向けて、ゆっくりとソレを動かした。




「あーんわ?」

「……」




 それも言わないと駄目なのか?

 しかも周りが見ている中で、新しい羞恥プレイにしか思えなかった。

 しかしそれでも、椎名がやりたいと言うのなら……俺は心を鬼にした。




「……あーん」

「はむ」




 分かりやすい声を出して、椎名が俺の差し出したおかずを食べる。

 もこもこと口を動かして食べた後、椎名は頬を少し赤らめながら嬉しそうに頬を緩めていた。




「やばい。これ、すっごいしあわせ」

「……死にたくなってきた」

「しょーくんが死んだらやだ。それなら私も死ぬ」

「……死にません」




 多分、顔が赤い。俺は隠すように両手で熱い顔を覆っていた。




「しょーくん! 今のもう一回やりたい!」

「今日は勘弁してくれ……」




 流石にもうこれ以上はできそうにない。

 教室に響く黄色い声と嘆く声を聞きながら、俺はひたすら首を横に振っていた。




「こんなの2週間も見てたら普通分かるだろ。なんで朝のアイツが勝也に勝負申し込んだか、マジで分かんねぇわ」




 そんなの俺が聞きたい。面白いとけらけら笑う浩一の言葉に、俺はただ頷くしかなかった。






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