第3話 俺の幼馴染は人気者である





「成瀬さーん! おはよー!」

「うん! おはよー!

「成瀬さん! おはようございます! 今日も可愛いです!」

「私なんて褒めても何でも出ないよ? でもありがとっ!」




 学校に到着そして早々、これである。

 校門を抜けると、椎名の存在に気付いた一年生達が彼女に声を掛けていた。それに嫌な顔ひとつせず、むしろ嬉しそうに応じる椎名も相変わらずだ。

 小学校、中学校と男女問わず人気者だった椎名だからこそ起きる、朝の登校時で見慣れた光景だった。

 新しく入学した高校でも、それは変わらないらしい。椎名に挨拶している生徒の大半は、俺と中学が一緒だった奴が多い。

 しかし俺も見たことがない生徒も椎名に声を掛けているのを見る限り、高校から彼女を知った生徒も多いんだろう。

 高校に進学して2週間、まさか声を掛けてくる生徒全員の名前を椎名も把握していないと思う。流石に2週間程度で高校に在籍している生徒全員を覚えられるわけがない。

 友達でもなく、クラスメイトですらない人間から急に挨拶をされるのは普通に考えれば気味が悪い。だが、椎名はそんな人間からの挨拶にも嬉しそうに応じていた。

 当の本人はきっと新しい友達が沢山増えるかもと喜んでいるかもしれないが、女子生徒はともかく、椎名に声を掛けている男子生徒は単に彼女とからという理由だけではないだろう。

 椎名に声を掛けている名前も知らない男子生徒の視線を追うと、俺はその視線の流れに幻滅した。

 椎名の顔から下へ移動して、に向けられたその視線。見ていて非常に不愉快だった。

 椎名本人は気づいていないかもしれないが、俺はそんな視線を向けている男子生徒を思わず睨んでいた。




「相変わらず高校でも人気だな、椎名は」

「当たり前でしょ。あんな良い子」




 そんなことを思っている俺の前を歩いていた浩一と朝子の二人が、椎名を眺めながら呑気にそんな会話をしていた。




「中学が一緒だった男子はまだ良いとして、必要以上に頑張って椎名にアピールしてる男子もいるみたいけど……あの様子だと無駄なことだって気づいてなさそうだわ」

「ははっ、間違いねぇ。アイツには愛しの王子様がいるからな」

「それについては理解しかねるわ。あと視線がバレバレなのよ。椎名は気づいてなさそうだけど、あれは女子からすれば……胸ばかりに視線が行くのは下の下の最底辺。あれで希望があると考えてるんだから、きっと頭に花でも咲いてそうだわ」




 二人がそう言って、俺をチラリと見てきた。

 にやにやと笑う浩一はどうでも良い。しかし朝子の軽蔑するような鋭い視線が、何故か俺を見つめていた。




「……なんだよ」

「別に、アンタがさっさと椎名に負ければ良いだけだなんて思ってないわ」




 その話をされると耳が痛い。背を向けて歩く朝子に、俺は溜息を吐いていた。

 負けれるなら、もう負けている。頭を使う勝負だと壊滅的に椎名は弱い。運が絡む勝負でも、不運な椎名は何故か負けてしまうんだからどうしようもないんだ。

 わざと負けることだけは、絶対にできない。それを朝子も知ってるからこその言葉だった。




「うるせぇ、別に良いだろ」

「良くないに決まってるでしょ……私だって何度も言いたくないわよ」

「じゃあ言うな」

「アンタねぇ……」




 朝子がわざとらしく深い溜息を俺に見せつけてくる。

 浩一は俺を見ながら面白そうに笑っているだけで、俺の味方になってくれることはなさそうだった。

 そして俺達の先で今だに生徒達と挨拶している椎名を、朝子はじっと見つめていた。




「あんな性格良くて、すっごく可愛くて、巨乳でスタイル抜群なら男どもが群がるに決まってるでしょ? いい加減、そろそろ誰かに取られても文句言うんじゃないわよ?」

「それなら中学の時でもう取られてる」



 

 それで俺を煽っているつもりなのだろうが、朝子の言葉は俺の焦りを生まなかった。

 もし仮に椎名が俺以外の男子のことを好きなるなら、とっくの昔に誰かに惚れている。

 本当に椎名が俺のことを好きなのは知っているが、不安があったのも嘘ではない。

 いつまでも俺に勝てないから諦めて他の男子に目を向ける日が来るかもしれない。そんなことを思ったことも、確かにあった。

 だけどそれは中学時代で綺麗に吹き飛んだ。本当に椎名は俺にしか目が向いていないのだと、分からされていた。




「中学の頃、軒並のきなみフッたからなぁ。確か卒業式の日もあったじゃん。サッカー部のイケメンで有名な奴とか色々と」

「浩一の言う通り、全然りてなかったわね。なんでそこまで椎名がこんな男のこと好きなのか、私には全く理解できないわ」

「しれっと俺を馬鹿にするな」




 小学校から中学校卒業まで、椎名はとんでもなくモテた。同級生や上級生、そして下級生と幅広く男子に人気があった。まぁ、朝子の言う通り、容姿と性格を見ても椎名がモテない理由が見つからない。

 そんな人気者の椎名に彼氏がいないと聞きつけた男子達が、自分こそが彼女に相応しいと告白するのは自然の流れだろう。

 しかしその告白の全てを、椎名は全て断っていた。大好きな人がいる、そんな単純な理由で。

 告白した男子の中には、男子の俺でも素敵だと思う奴もいた。流石に中学生にもなれば、椎名の気も変わるかもと思ったくらいだった。

 俺だって不安になる。だから何気なく椎名に訊いたことがあった。俺じゃなくて、他の男が良いと思ったことはないかと。

 そう言った俺に、椎名はきょとんとした後、いつものように笑いながら答えた言葉で――俺はかなわないなと痛感した。

 まるで日常会話のように、あまりにも自然に彼女は言っていた。




『昔も今も、私がずっと大好きなのはしょーくんだよ。どんな人よりも、どんなに好きだって言われても、私はしょーくん一筋だもん。だって私の心の中には、しょーくんしかいないから』




 そう言われれば、俺が返す言葉なんてなかった。

 だから俺はどんなに椎名が他の男子に言い寄られても、彼女を信じることにした。それくらいしか、俺にできることがなかった。

 きっとそれも椎名の同性の朝子も知っているだろう。女子だけの恋愛トークで、椎名がそれくらい平然と言っていそうな気がした。




「勝也をあんまり馬鹿にすんなよ? 間違って椎名に聞かれてみろ? 絶対後悔するぞ?」

「アンタに言われるまでもないわ。アレは御免よ。あんなの毎回聞いてたら気が狂いそう」

「俺も御免だ」




 浩一と朝子がげんなりするのも、俺は知っていた。

 過去に数回、椎名の前で俺が好きな理由が分からないと朝子が何気なく口にした時、椎名が暴走したことがあった。

 その度に小一時間以上、椎名が俺のどこが素敵かを永遠と語られて、朝子がギブアップしたことがある。そんなことがあって以来、朝子は椎名の前でだけ俺のことを小馬鹿にしてこなくなっていた。

 と言っても、ふと無意識に口に出してしまい、椎名からマシンガンのように俺の魅力を語られることも多かった。

 俺がそれで困ることがあるとすれば、椎名が朝子にその話をする時、毎回俺本人がその場にいることだろう。

 流石にそれも今では慣れたが、最初の頃は恥ずかしくて仕方なかった。なんで椎名が他人に俺の好きなところを永遠に語る場面を見ていなければならないのか。

 全くもって疑問だった。正直、俺も御免だった。




「あれ? みんなー? 早く行かないと遅刻するよー?」」




 俺達三人が揃って顔を引きらせていると、気付けば随分と先まで歩いていた椎名が俺達に向かって手を大きく振っていた。

 いつまでも突っ立っているわけにもいかない。俺達三人が顔を合わせて、さっさと行くかと肩を竦め合った時だった。




「おい! 新藤勝也! 俺と勝負しろっ!」




 突如、俺達の後ろからそんな叫びが聞こえた。

 名前を叫ばれて俺が振り向けば、一人の男子生徒がお前だと俺に向けて指を指していた。その生徒のブレザーのネクタイの色は赤。それは俺と同じ一年生を示す色だった。




「なんでお前と俺が勝負しないといけないんだ?」

「お前が成瀬さんをたぶらかす男なのは知ってるんだ! 俺が勝ったら成瀬さんを解放しろ!」




 そう言われて、俺は面倒だと分かりやすく顔をしかめていた。

 俺に勝負を挑んでくる同級生なんてまだいないと思っていた。

 まだ高校に入学して2週間しか経っていないのに、早過ぎる。中学の頃でももう少し経ってからだったのに……




「おぉ……久しぶりだな、あんな奴」

「そうね。中学で見たこと人だから、きっと高校で椎名のこと知った人よ」

「あぁ、なるほどね」


 


 呑気に俺の後ろでそんな会話する朝子と浩一。

 困る俺を手助けするつもりはないらしい。薄情な奴らだと俺が一瞥して二人を睨むが、痛くもないと二人は失笑していた。










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