第三十話「先輩」


時は戻って

ゼウスがリードと戦い始めた頃


リーシャとスハラは結界の術式解除のためネオンテトラの最西に向かっていた。


「スハラさん方向合ってますか?」

「あぁ情報通りならこっちで合ってるはずだよ」

「では、急ぎましょう!」


二人は走った。そして辿り着いたのはネオンテトラの最西にある街壁の大きな門

そこは、たくさんの人が集まるからか広場のように開けていた。

そこにポツリとあったのは人よりも大きい魔石、その下には魔法陣も描かれていた。


「あれですね!」

リーシャは魔石を見つけて結界を解除しようと急いで走った。


「危ない!」

だが、スハラが手を掴んで止める。


ドオォォオオオン


リーシャがいたところは黒い槍のようなものが突き刺さっていた。

そして、リーシャは急に止められたため尻餅をついてしまう。

「ありがとうございます。スハラさん」

「気をつけな」


二人は黒い槍が飛んできた方向を注視する。

そこは、門の警備にあたる騎士が休むための小屋だ。そこから出てきたのは、ほっそりとした赤毛の男、空虚な眼窩には赤い瞳が煌々と輝いている。


「あなたは誰!」

スハラが大きな声で誰何する。聞かれた男は

呆れたようにため息を吐いた。


「私が誰かなど、これから死ぬ君たちに言う必要があるかね?…いや、君達を殺す者の名を知らずに死ぬのも可哀想だ」

本心から憐んでいるような口調で男は言う。そして、面倒くさそうに名乗る。


「私はギルド《亡者の鎌》:ギルド長ディザド・ショルカ。この事件の首謀者だ」


ディザドは鷹揚に手を広げる。この場の支配者のように。

リーシャはたまらず叫んだ。

「なぜ!…なぜこんなことをするの!」


問われたディザドは、こいつは何を言っているんだと言わんばかりに呆けてる。


「なぜ?それは当然、強大な力を得るためだからだ。そのためならこの程度の犠牲など些細な物だろう。逆に感謝して欲しいな、神に選ばれし私の力となれるのだから。まぁアインの力を吸収できないのは勿体無いが、あいつがいると計画が失敗する確率が上がるからな、でも…」

とディザドはつらつらと話し続ける。

リーシャは絶句していた。ディザドの当たり前かのような態度に。世界の常識かのように話す姿に。

自分のすることを話すディザドに。自分の事を神に選ばれし者と言うことに。


絶句した


もう、リーシャはディザドのことを人として見れていない。人の形をした何かにしか見えなかった。

それは、スハラも同じだったようで怒りで握った拳から血が垂れている。


「おっと話すぎたようだ。では終わらせようじゃないか」

ディザドは散歩するようにリーシャ達に向かって歩き始めた。


「気を抜かない事だよリーシャ!前衛は私がやる。後ろでサポートを頼んだよ!」

「はい!描くドロウ魔法マジック魔法鎧マジックアーマー!」

リーシャの独自オリジナル魔法によってスハラの体が淡く光り防御力が上がる。


「第二階梯・鋭利化シャープアップ!」

リーシャの魔術でスハラの剣が魔術によって鋭利さを増す


描くドロウ魔法マジック狼たちウルフズ!ダブル!」

そして、独自オリジナル魔法で狼を十匹召喚し八匹はスハラのサポートに残りはリーシャの護衛に残す。

「強化魔法も掛け終わりました!」

「ありがとうリーシャ!さぁ始めようか!」

二人とディザドの戦いは始まった。



         *



戦いが始まってからすぐに二人は苦戦を強いられていた。

まず戦いが始まるとともにディザドの範囲魔術でスハラのサポートの狼たちは大半がやられてしまった。リーシャはスハラの回復を主に攻撃魔術を繰り出すがディザドの防御魔術が思いの外固く、今は攻撃ではなくスハラの強化やサポートを召喚している。


だが、ディザドは強敵であり召喚してもすぐに倒されスハラの負担が増えていく。

スハラは職業上、ここまで剣を扱うことは少ない。今は冒険者としての経験と反射で避けている。それにディザドの魔術によって中々近づくことができない、近づけても魔術で距離を取られてしまう。負担が増えるスハラは此処で自分の得意分野を使う。


「もう使うしかないか。第三階梯・揺れる現像」

魔術を発動したスハラが五人に増える。


幻術使いイリュージョナーか」

「ご名答、さぁ見破れるかな?」

五人のスハラがディザドを襲う

幻影達は範囲魔術を受けないように等間隔に並んで間を空けている。

そして、同時に踏み込むスハラたち。

ディザドの前方180度をスハラの攻撃が覆う。


バン!!


近づいて一体一体の間隔を狭めたスハラの幻影に向けて範囲魔術で攻撃しようとした時に幻影が光の魔術になりディザドを強い光が襲う。だが、ディザドはすぐさま後ろに振り返り闇の魔術を放った。


ディザドが放った闇の魔術である「第四階梯・暗黒槍」は空間を貫いた。そこに現れたのは透明化したスハラで血を吐きながら後ろに倒れかける。

「なぜ…」

血を吐きながら問いかけるスハラ


「前方からしか攻撃が来ない時点で怪しんでいた。まぁ光の魔術は少し驚いたがな」

とディザドが話しているとスハラがニヤリと笑う


「何を笑っている?」

そんなスハラを怪しんでいたディザドの背後に剣を振り上げるスハラの姿があった。



         *



ブォッ!!

剣が振られる、鋭い剣がディザドの背中に当たるか当たらないかの一瞬


ガギンッ!


スハラの剣とディザドの背中の間に真っ黒な靄のかかった剣が割り込んできた。


漆黒の剣を持っていたのは当然ディザドだ。

「私が近接戦をできないといつ言いましたか?」

「チッ!」


スハラは飛びのいて距離を取る。

(ブラフのブラフを見抜いていたのか、これは少しキツイ戦いだね。リーシャの強化がなかったら魔術も避けられないだろうし。)


スハラは頭の中で次の一手に思考を回す。

ディザドがゆるりとこちらに振り向く

「今の攻撃は良かったですね。前方の幻術でを気を引きつつ光魔術で目潰し背後の攻撃はブラフで光魔術に紛れて前方の攻撃と、場慣れしてますね。私のギルドに欲しいぐらいだ」


「お褒めに預かり嬉しいよ」

スハラは吐き捨てるように言う。


「だが、君は分かってない。二人で戦ってることに」

「そんなの分かってる…」

その時スハラは何故か怖気がした。

そして、ディザドが取り出した黒い物から目が離せなかった。

それは黒く、持ち手に筒状のものがついている。言葉で表すことが難しい、見たこともない形をしていたのだから。


ディザドは右手に剣を左手に黒い何かを。


ディザドは黒い何かの筒状になっている先端を私に向ける。


いや…それは微妙に私からずれていた。

私の後ろにいる彼女に向いている。


パァァアアン!


炸裂音がその場に響く

スハラの体は勝手に動いた。黒い何かの射線を遮るように。


スハラの左胸から赤い液体が流れる。

「スハラさん!!」

スハラはその場に倒れた。



         *



倒れたスハラにリーシャが駆け寄る

「スハラさん!スハラさん!」

リーシャはスハラの体を抱き上げる。


「スハラさん!しっかりしてください!」

スハラの服は赤く染まっている。


「ハァ…ハァ…リーシャ」

「無理に話さないでください!」

スハラはリーシャの腕を掴む。


「ごめん、リーシャ。こんなふざけた私が教育係で。ちゃんと教えられなくて」

「そんなことないです!私にとってスハラさんが唯一の教育係で、初めてできた先輩です。スハラさんは私に冒険者の楽しさを教えてくれました!だから、これからも教えてください!」


スハラはリーシャの言葉に惚けた顔をする。

「ハハッ…ありがとうリーシャ。あなたの教育係でよかった。初めての後輩があなたでよかった。だから、負けるな。あいつに勝ってくれ。それが私の頼みだ」

「わかりました!スハラさんも諦めないでくださいよ!」


スハラからの返事はない。

「スハラさん?」


体を揺らしても返事がない。

「なんで…諦めないって言ってくださいよ」


スハラの腕は力なく垂れている。

「スハラさん!」


ディザドがゆっくり歩いてくる。

「あぁ…哀れだ。お前如きを助けるために優秀な幻術使いが一人減ったのだ。まぁ神の使徒からいただいた《じゅう》で死ねるのだから、その者は感謝してるだろう」


リーシャはディザドに殺気を込めた強い瞳を向ける。

「あぁ怖い怖い」

ディザドはふざけるように言う。その全てにリーシャは怒りを覚えた。スハラと過ごした日々は少なくも濃厚な日々を過ごした。


冒険者登録をしたその日にクラーケン退治に行かされたり。


ギルドで酔い潰れて介抱したり。


リーシャの家で酒盛りを開いたり。


最初の討伐依頼を一緒に行けなかったからと一緒にもう一度行ったけれど食料を落としてリーシャに泣きついたり。


楽しい日々を過ごした。リーシャにとって手のかかる姉のようであり、先輩であり、友達だった。そんなスハラを殺して尚ふざけるこいつが許せなかった。怒りが込み上げる。

膨大な魔素が怒りと共にあふれる。


そんな時、何故か突然飲みの席で言い出したスハラの言葉を思い出した。


『怒りという感情は悪いものじゃないよリーシャ。怒りでいつも以上の力を使えるようになる人がほとんどだからね…だけど怒りに呑まれるのはダメだ。怒りは静かに燃やす物だよ…リーシャ』




「はい。先輩」

リーシャの怒りで溢れた魔素が洗練された物になる。

怒りに呑まれたリーシャを見て余裕を見せていたディザドは少し焦りを見せる。

「なんだその魔素は!ありえない!」


リーシャの魔素が静かに燃え上がる。


リーシャは静かに力強く言った。


描くドロウ魔法マジック白龍ホワイトドラゴン



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