第34話 甘里啓斗の生き方

 そのあとはびっくりするほど何もなかった。


 帰り道で突然襲われるだとか、刺されるだとか、それこそ朝みたいに頭上から植木鉢が落ちてくるだとか。そんなことを想像し、少し身構えていた僕が馬鹿みたいに思える。


 こんなことを考えているなんて、普通の人なら「厨二病か」と言われてもおかしくないものだと初めて認識する。



 どんな形であれ非日常が欲しかった。



 でも「非日常」を欲しがるくせに、その「非日常」について深く考えることは無かった。どんなものであるとか、イメージを浮かべることはしなかった。


 ただぼんやりと、それが欲しいと願っていただけなのだ。


 いつの間にか家についていて、非日常の時間は終わったのだと自覚する。でもまた明日には非日常の世界に触れることができる。すぐ手の届くところにある非日常。



「ただいま」



 誰もいない家に向かってそう言う。ふざけているのではない。返事が返ってくることを期待しているわけでもない。習慣なのだ。


 僕は洗面所で手を洗ってから、自室に戻り鞄を降ろす。


 何より今日は早く寝たい気分で、何もかもを急いでいた。


 一人暮らし用の小さな冷蔵庫。冷凍室の部分を開けると、電子レンジでチンするだけのお弁当が入っている。僕はそれをよく見ず手に取り、手順通りに準備してから電子レンジに入れて、指定された時間だけ加熱する。


 しばらくして、ピーピーと電子レンジから音がした。


 僕が熱々になったお弁当を取り出し、フタを取り外す。よく見なかったせいで、何が入っているか一切確認していなかったため、ここで初めて今日の晩御飯と対面することになる。


 今日は鶏ごぼうごはん、牛すき煮、もやしとほうれん草のおかか和えの入った「からだにやさしいお弁当」という商品だった。


 一見、普通の男子高校生には足りないのではないかと思うが、これが僕にとってちょうどいい量で、同じシリーズの商品を自動購入している。冷凍食品というのもあって、店に取りに行かなければならないが、その手間があってもここの冷凍弁当は美味しいから特に気にならない。


 箸の準備を忘れていたことに気付いて、キッチンまで取りに行く。そして再び部屋に戻って「いただきます」と小さく言って食べ始めた。


 いつもと変わらない美味しさを満喫した後、スマホの画面が光っているのが見えてそれを確認すると、〈チョコチャット〉にメッセージが来ているようだった。



 内容は僕も知っているものだった。



 現在発動している〈役〉、〈十界〉と〈砂時計〉の説明。そして、要注意人物として一ノ瀬陽菜の名前と写真が送られていた。理由としては「死亡する可能性が高いため」だそう。



 確かに彼女は自殺する可能性が高い。しかし彼女は、自分の行動を貫くほどの意志がなかった。もし本当に強固な意志を持っていたら、彼女はあの場で飛び降りていてもおかしくなかった。



 注意している分には大丈夫だろう。僕はそう思っている。けれど同時に僕は「絶対に〈群青システム〉で人が死んではならない」とも思っている。


 迷いだってある。誘惑だってある。罪悪感だってある。ただ、〈群青システム〉と僕との関係をいつまでも考えていても、結局答えは見つからない。もう何度だって悩んだ。そろそろやめるべきだ。



 これもまた覚悟の一つだろう。複雑なことを考えないようにして、ただ一つの目的を達成するために努力する。




 誰も死なせないために、僕は動く。




 自信も何もない。根拠も無いし、責任を取るほど僕の力は強くない。それでも、このことだけは絶対にやってやるという信念があった。



 一ノ瀬は死なせない。そして誰であろうとも死なせない。

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