Ep.6 アルトと甘里啓斗の決意

第32話 盗聴は常にされてると思え

 やるべき仕事があったのに、どっかの誰かが肝心のパスワードを渡し忘れ、結局仕事ができなかった。何故かヒイラギは倒れているし、それを助けたら先生に事情聴取されるし、どうしてだか今日はついてないように思える。


 それもそのはず、今日は狂気の最初の日。これからずっとこの異常が続いていく。これも〈群青システム〉のお陰とも言えるだろう。


 その分、何か面倒事をやらかした時の代償は大きくなってしまった。


 ただの人助けも疑惑の目で見られ、完全なる善意として受け取ってくれない。完全に先生たちが生徒たちを信用していない状態が出来上がっている。これはこれで面白いのだけれど、それで僕たちの自由が無くなるのは大違いだ。


 ……仮に自由が無くなっても、彼らは自分が主人公だと信じてやまないのだけれど。


 ただ、いくら主人公とは言え、それが犯罪に抵触するものであったり、その人の人生を終わらせるものはいけないと思う。そう、ずっと僕は善と悪の狭間で苦しみ続けている。



 人生を終わらせる、の定義。


 例えば、この学校で問題を起こして成績が下がった。だから志望校に行けなかった。

 これは「人生を終わらせる」に当てはまる人もいるし、当てはまらない人もいる。この例に関しては、その人の価値観と家庭事情によるもの。僕はどこの大学に行っても問題無いと思っているが、この学校には由緒正しき家系に生まれた人がたくさんいる。そんな人たちにとっては、「人生が終わった」ことになってもおかしくない。


 ただ、こんなことばかり言っていれば保守派も同然。非日常は善の心では耐えれらない。



 この話題を考えるのも何度目だろう。ずっと、ずっとだ。囚われ続けてぐるぐる。



 結局答えが出ないまま、シオリと出会い、そのままそれぞれ帰宅する流れになる。

 いつもの僕なら、そのまま真っ直ぐ靴箱に向かうだろう。すぐに帰った方が、自分の時間が多く取れるから。ただそれだけの理由。




 でも今は違う。何か嫌な予感がする。


 そしてもう一つ。誰かがずっと僕を見ている。


「かくれんぼ?」


 誰もいない空間に向けて言う。当然返事をする人はいない。


「僕が見つけたら僕の勝ち。僕が諦めたら僕の負け」


 勝手にルールを決めて勝負をするのは、ちょっぴり気が引ける。

 でもこうすることで、自分に鞭を打つことができ、面倒だと思うことでもやり遂げるようになる。



 僕は僕の使い方を知っている。



「用意、スタート」


 一見ただのやばい奴。他人の目を気にしていちゃ、この非日常で生き残れない。


 死角になる階段の横、誰もいない空いたままの教室、果てにはトイレの出入り口。そのどこにも人影はない。


 僕のことを監視する必要のある人物……。人物さえ絞れば隠れる部分もわかるのではないかと思ったが、僕がその人を全く知らない場合は意味が無い。


 今のところイフくらいしか思いつかない僕はどうやら身内を信じていないらしい。


 イフなら直接僕を見ようとは思わない。きっと小型ドローンとか監視カメラとかを使って僕のこと見るはずだ。でもここは校舎内。建物の中に監視カメラは無い……。


「……もしかして」


 嫌な予感がし、僕は鞄からスマホを取り出す。起動すると充電残量のマークの横に見たことのないマークが表示されている。


 するとイフから電話がかかってくる。


「ねぇ」


 少しだけ怒りを混ぜてそう言ってみる。


『よくわかったね。君の勝ちだよ』


 全く物怖じてないところから、無意味だったと思う。


「どこから聞いてたの?」


『最初から。変な独り言も全部。事情聴取もぜーんぶ』


「……はぁ。それで、お得意のハッキングで盗聴?」


『そうだね。それに別のことを聞きたかったんだ』


 別の事、か。やはり仕事の事だろうか。


「〈群青システム〉にログインしたかったんだけどパスワードが無かったんだ」


『ああそっちじゃない。ボクの家族――ライについてだ』


 一応メッセージで伝えていたけど、やはり本人はご立腹だったのだろうか?


『あいつ、どこまでボクのことを話した?』


「……え? えぇと」


『言えないことなのか?』


「いや、言える。ちょっと待って思い出すから……」


 イフと家族ということ。イフは八人家族のうちの一人。イフは家であまり見ない。イフは犯罪者かもしれないし救世主かもしれない。


 ただ、それだけ。核心的なものは何一つとして聞いていない。


「イフとライが家族で、八人家族。家でイフはあまり見ない。イフは良い人かもしれないし悪い人かもしれない。……っていうことぐらい」


『……なんだ、それだけか。あー良かった。内心ビクビクしてたんだ』


 ずっと廊下の真ん中で電話をするのはどうかと思い、移動し始める。

 放課後なので携帯を使ってもいいということにはなっているが、気は引ける。


「そう? 途中で邪魔が入ってそれ以上のことは何も聞けなかったよ」


『邪魔……。ああ。えっと。女』


 この姉妹、片方は記憶力全振りで、もう片方は技術全振りと……。偏りのある姉妹だな。


「一ノ瀬陽菜。うちのクラスの委員長。自殺を助長しようとしたのがライ」


『〈群青システム〉に洗脳されている人に〈役〉が与えられる話はしたよな?』


「うん」


『隠していたんだが、〈群青システム〉の〈役〉には、洗脳が発現する優先順位というものが付けられているんだ。これはあれだ、色んな事件が同時に、大量に起きたら対応しきれないと思って付けたオプションだ』


「一ノ瀬陽菜は最初に発現する〈役〉ってこと?」


『ああ、そゆこと。正確に言うと大枠なんだ。アイツ個人じゃない。ちなみに私が覚えている限り、最初に発現する〈役〉は〈十界じっかい〉と呼ばれる大枠だ』


 順番があるのはありがたい。しかし、今日一日で起きた事件の数々は全て〈十界〉が引き起こしたということなのか。


『〈十界〉に割り当てられたのは十人。それ以上の事件が起きてるのは……まぁ地震でいう余震みたいなものだ』


「じゃあ、その〈十界〉に一ノ瀬陽菜の〈役〉があると?」



『そうだ。じゃあそもそも十界とは何かっていうのを説明しようか』

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