第29話 わたしのためのステージ
異常な一日。先生たちも対応に追われているせいで、一時間目になっても授業が始まらなかった。
生徒は自分のやりたいように過ごし始める。大声で喋り、お菓子を食べ始める。
中には、教室を出て勝手にどこかに行く人達もいる。
「ちょ、ちょっと勝手に出ていくのは良くないよ」
私でも副委員長でもない男子生徒の声が教室に響く。
その声を無かったことのように耳も貸さず出ていく。
「「……」」
耳川ツナギはずっとニコニコして予習をしている。
教室の荒れ具合なんて全く気にしていない。ただ自分の世界に入って、自分のやりたいことをやり、それが一般的な優等生の模範になっている。
ここにきて優等生を演じるのか、と思い少し睨む。睨むと言ってもバレないように、バレないように、慎重に。他の人は良くやるんだ、私がやってもいいじゃない。
「私が、呼びに行こうか。先生」
私が立ち上がって皆に提案する。しかし、誰もいい表情をしない。
わかっていることだ。みんな、授業なんてしたくないんだ。知っている。わかっている。
ガラガラガラッ。
「いやぁすまん、遅れた」
そう言って教室に数学の先生が入ってくる。五分遅れだ。
「ん? 何人かいないな」
そういえば、さっき教室を出ていった生徒は先生と鉢合わせなかったのだろうか。時間的に出会ってそうだが、先生の反応を見るに出会っていないのだろう。
この学校の校舎、そこまで複雑な構造をしていないのにどうして会わなかったんだろう。どこかで隠れてやり過ごしたのだろうか。
「欠席か? まぁ今朝の騒ぎもあるしな……」
足りない人のことをそこまで深く捉えない。まぁその件でぐだぐだ言われると、最終的に私が怒られる。何で止めなかったのか、とか、お前がしっかりしてないから、とか。
先生はいつも通り、昨日の続きから授業を始める。
いつもなら真剣に、真面目に、授業態度もばっちり満点で優等生になって授業を受けるのに、今日ばかりは、どうも、やる気が出ない。
必要最低限のノートを書いて、出来るだけ黒板を見ているふり、もしくはノートに一生懸命メモをしているふりをする。これぐらいやっていれば特段成績が下がることは無いだろう。
常に百パーセント全力で頑張れなんて馬鹿げている。
この授業が、特に今日の授業がつまらないと思う心当たりは十分ある。逆にそれ以外がないくらいに怪しいのがある。
はやく、ひるやすみになればいいのに。
四時間分の授業を終えて、昼休み。
待ちに待った昼休み。
「ねぇ陽菜ちゃん、よかったら一緒にお弁当食べない?」
普段仲のいい女子グループが、珍しく全員お弁当を持ってきたという。
私もお弁当を持ってきている。昨日までの私だったら、二つ返事で了承しているだろう。
「ごめん、今日はちょっと先約がいるんだ」
「ああそうなんだ……って、もしかして彼氏?」
「ううん、そんなんじゃないよ」
苦笑いでやり過ごす。その後も何度かしつこく聞かれるが、その全てをかわした。
正直それだけでもう疲れた、と全てを投げ出したいくらいだがナニカが強く私をとどめる。この場を乗り切ってしまえば、お父さんに会えると思えば何でもできるような気がした。
ようやく女子グループが私のことを開放してくれた。私の顔に張り付いた笑みが引きつったままになりそうで辛かったんだ。
かといって仮面を完全に剥がせるわけでもなく、屋上に行くまではずっと警戒しておかないといけない。道中、誰に話しかけられるかわからないし、どんなことを言われるかもわからない。
備えあれば患いなし。朝は少しだけ表に出ていたような気がするけど、今は注目を集めるものが他にない。目の前の人の視線は目の前にいる私だけに向く。
廊下に出て移動する。この校舎にはいくつか階段があるが、その中でも屋上に直結する階段に向かう。
また外では騒ぎが起きているようで、窓側に集まって所々に人だまりが出来ている。
階があがるごとに人が減っていく。
「ようやく会えるね……お父さん」
私のために用意されたステージのように感じられて、高揚感が心に満たされていた。
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