第26話 死者は何の夢を見る?
放課後になる頃には、私は〈緑繊ガーデン+〉に載せられたアンケートのことなどすっかり忘れてしまっていた。
きっと原因はアレに違いない。
放課後になった途端、突然隣のクラスのテニス部員が私のクラスにやってきて、こう言った。
「テニス部ー! 今日ミーティングあるって!」
もともと今日は部活が無い日だ。しかし何が起きたのか、急に先生がミーティングをすると言いだし、それを伝えに来てくれたのだ。
「わかったー」
私含めた何人かがそれに返事をする。苛立ちを露わにする人もいれば、私のようにただその事実を受け入れる人もいた。
私達テニス部は大急ぎで準備をして、ミーティングが行われる教室へと向かう。
一体何の話をするのかと思いきや、どうやら最近テニス部の更衣室の使い方が悪いとお叱りを受けるだけのミーティングだった。
私達部員からすると、その犯人は明確でわかりきっている。男子の方はわからないが、女子の方は全員がわかっているような状況だった。
明日以降、彼女らに居場所はあるのだろうか。
犯人に居場所が無かろうと有ろうと、私にそれを救う義務はないし私は仏ではない。ただ、悪いことをした人には罰が当たると考えている。それだけだ。
結局ミーティングは十五分程度で終わり、私はそのまま帰宅した。
家に帰ると母親がキッチンで今日の晩御飯を作っていた。
妹の
「あ、ねえねおかえり」
「……ただいま。朱理」
母親と血の繋がっていない男の間に生まれた朱理。
私はどうも彼女が好きになれない。
黒髪を肩のあたりまで伸ばして、さらさらの髪を揺らしながら鼻歌を歌い絵を描く。
その姿はとても無防備で……。
「陽菜ー? 今日の晩御飯、餃子だからあんまり間食しないようにねー?」
「もう高校生だよ? わかってるって」
母親は嫌いじゃない。だからと言って好きじゃない。
私的にはこの母親と男に抱いている感情は、反抗期のせいだと思っている。
保険の教科書に書いてある通り、私たちの時期は多感な時期で不安定だ。そんな中、生活の大部分を占める家庭に変化が訪れた、なんてしたら地盤が崩れるに決まっているだろう。
だから私は悪くない。
あの男を拒絶しようが、妹を好きになれまいが、私は何も悪くない。
きっといつか私と彼らが打ち解ける日が来る。
それが何年後だろうとも。
「ねえね! 見て!」
私が二階の自室に戻ろうとしたときに朱理から引き留められる。
すると朱理は満面の笑みで先ほど描いていたであろう絵を見せてくる。
白い紙には学校らしき灰色の建物がクレヨンで描かれていた。きっと何かの本で見てそれを参考にして描いたのだろう。
「上手だね」
心にもない言葉を放つ。それを本人は気づいていない。
「とくにね、ここ! ここ見てほしいの!」
と言って指を刺したところは空だった。
青色の空ではなく、緑色の空。灰色の校舎と緑色の空は少し現実味がない。
「緑色だね」
「うん。ねえねの学校もこう?」
「うーん……。学校はともかくとして、空は青色かな。オレンジ色だったりもするよ」
「おかしいなぁ。ねえねの学校もこれはずなのに」
どこか納得のいかない部分があるらしく、そのままリビングに戻って違う紙で絵を描き始めた。
幼い子は何を考えているか全くわからない。
でも、緑一色の空も悪くないと思っている自分がいる。
私はそのまま自室に戻る。
私服に着替えて今日予習する分の教科書とノートを出す。そういえばスマホの充電が無かった。充電ケーブルは棚の上。何も考えずにそれを取り、コンセントに刺して暫く放置の予定。
ああ、えっと、あとは、なにを。
「陽菜ー! ちょっと手伝ってー!」
一階から母親が呼びかける。どうせ餃子の準備だ。
いくら反抗期とは言え、断る理由もない。
「はーい」
私はやるべきことを思い出せぬまま一階に降りる。
気が付いたら五月十八日。零時を上回って次の日になっていた。
気が付いたら、なんて言葉じゃ足りないくらいに今日という日はあっという間だった。
家族と男でご飯を食べて、朱理を風呂に入れて、夜更かしをすることのないようちゃんと寝かせた。そして私も後からお風呂に入って、ちょうとあがったところで男に話しかけられ愛想を振りまいた。本当は無視をしても問題ないが、こればかりは仕方ない。
自室に戻って予習をして、読書をして。
意外とやることをやっている。思い返せばそうだと気づいた。
「あ」
そういえば、〈緑繊ガーデン+〉にアンケートがあるっていう話を聞いていた。
充電が百パーセントになったスマホを充電ケーブルから抜いて、意気込むことなく気楽に操作する。
〈緑繊ガーデン+〉にも慣れたものだ。はじめは使い方がよくわからず、何度か先生に聞くこともあったが、今はもうそんなことはしなくてもいい。
アプリをタップする。起動する。
突然周辺が真っ暗になって、一人ぽつんと取り残されたような感覚に襲われる。
実際私はそんな場所にいないと分かっていながらも、幻覚に飲み込まれたかのようにその風景から抜け出せない。
身体が急にだるく、重くなる。息が詰まる。まるで私の中から何かが出てきそうだ。
ふと、背中を女性のような手で押される。それも、軽く。
押された途端に身体の重さや苦しさが浄化されるようになくなった。
「……あれ? ね、てた……」
気が付くとベッドの上。スマホを持ったまま横になっている。画面は暗い。
疲れていたのかな。私はそう考える。
私はアンケートに答えて、すぐに寝た。
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