第二章 餓える者に響く言葉
Ep.ログ 一ノ瀬陽菜の純愛
第25話 何一つとして疑問を持たない日常
◆
母親が再婚する際に引っ越しが決まり、私たち家族は〈IF ガーデン・アイランド〉という人工島に住むことになった。
ちょうど受験の時期で、かなり手続きと受験校に悩まされたが、結局〈IF ガーデン・アイランド〉内に建てられた緑繊学園に入学することになった。
知り合いも誰もいない、そんな独りぼっちから始まる学園生活。
何も起きないはずがない。
ふと私は、今の役職についた時のことを思い出していた。
一年一組。四月。それぐらいの時期に委員、係決めがあった。
日光が窓から入り込み、風が隙間を抜けていく。
教室のどこからかくしゃみの音がする。春の花粉だろうか。私の席は窓側だったので、それを気遣う様に窓を閉める。とは言っても、他のところは開いているので花粉症の誰かにとっては些細な変化でしかない。
先生が黒板に委員と係を書いていく。
委員長。副委員長。保健委員。図書委員……。どこの学校にもありそうな委員の最後に、とんでもない委員があったのを覚えている。
確か名前は……。
「監視委員だって、何するんだろう」
周辺の席に座っている女子がそんなことを呟いた。その言葉をハッキリと耳に聞いた。
何を隠そう私も同じようなことを考えていた。
「えー……委員と係はこれだけだな。何かわからないものはあるか?」
担任の先生がそういうと、お調子者の男子が手を挙げて「先生!」と呼びかける。
「何だー?」
「監視委員って何ですか? 誰を監視するんですか?」
「ああ、それについてか」
先生は教卓の上に広げられた書類を何枚かどけて、目当てのプリントを手に持ちそれを読む。
「えー……、監視委員とは。一度校則を破った者や不祥事を起こした者を徹底的に監視し、再発防止に努める委員だ。基本、不祥事が起こらなければ仕事が無い委員だな」
比較的校則が緩く、自由を重んじているこの学校。
それでも万が一不祥事が起きた時に、反省、改善を求めるのが監視委員というわけか。
にしても、そんな委員が設立されているということは、過去に何か大きな事件が起きたのだろうか。その事件のせいで、かつての先輩のせいで私たちが縛られるのであれば、それは全くの見当違いだと言いたい。
けれど、そもそも私は問題を起こすような生徒では無いし、これからも起こすようなことはないだろう。
「じゃあ決めてくぞ。まず委員長。誰かやるかー?」
ほんの数刻の沈黙。打ち破るように私が手を上げる。
「はい」
「お。一ノ瀬か。他、誰かいないかー?」
数十秒の沈黙。誰も手を上げる気配がない。
「じゃあ、委員長は一ノ瀬に決まりだな。じゃあここから先は頼む」
「はい。わかりました」
時は戻り五月中旬の夕方。
そんな経緯を思い出しながら私は提出用ノートを教室に運んでいた。
ちょうど先日提出したものが返却され、職員室前の配布箱に入っていたのでそれを運んでいるという訳だ。
「陽菜ちゃん、手伝うよ」
同じクラスの副委員長、耳川ツナギちゃんが声をかけてくれた。
「大丈夫だよ。そこまで重くないし」
「嫌だ運ぶ」
「仕方ないなぁ。本当に大したことないのに」
茶髪のボブ。髪の内側は明るい黄緑色で染められている。本人曰く、黄緑色というのは好きな色で、自分の瞳と同じでお気に入りらしい。実際、彼女の瞳の黄緑色というのはエメラルドのような深みのある黄緑色。
それが人を惹きつけるほどに美しい。
制服もある程度自由なこの学校。耳川ツナギの制服も他にはないものになっている。
白のカッターシャツに黄緑色のネクタイ。ネクタイには斜めに白色の線が入っている。そして、大きめの白いパーカーを羽織っている。
私は制服を着崩さない。学校指定のものだけを身に着け、それ以上何かを加えることはしないし、減らすことも無い。それを堅苦しいという人もいるが、それ以上にアレンジを思いつかないのが現状である。
「ねぇ陽菜ちゃん」
「どうしたの?」
ちょうど階段に差し掛かったところでツナギが話しかけてきた。その様子はいつもと違うというか、どこか纏っている空気が違うような気がした。
「私、陽菜ちゃんと一緒にいるとすごく楽しいよ」
「何? どうしたの突然」
「ううん。日頃から感謝しなくちゃなって。この最高の出会いにさ!」
昨日まではこんな性格じゃなかったのに、ツナギはどうしたのだろうか。いや、でも私たちぐらいの年齢は精神的に不安定で、ツナギの中にある何かが変わってこうなってしまったのかもしれない。
きっと暫くしたら戻るだろう。
「そういえば、陽菜ちゃんは〈緑繊ガーデン+〉見た? 先生がアンケート入力してって言ってたよ?」
「まだ見てないかな。あとで見るよ。ちなみに何のアンケート?」
「学習実態調査? だったかな……」
「へぇ、そうなんだ」
そんなことを話している間に教室につく。今日はこの配布物を配って
「みんなー、席について。SHR始めるよ」
一年一組の教室に、委員長たる私の声が響く。彼らは私の声を聴き、指示に従い行動してくれる。この微々たる愉悦が私のおやつなのだ。
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