第23話 夢の囚人。あなたは自分
廊下。階段。アルト。ヒイラギ。私。名前。囚人。先生。
デジャヴ。デジャヴ。デジャヴ。
考えるだけ無駄だ。そう思いながら廊下を進み階段を下りる。
二階に着くと、休憩しているアルトの姿があった。
「ごめん、遅れた」
「いや、いいよ。大丈夫」
ああは言っているが、正直大丈夫には見えない。
自分より少し大きな男性をここまで一人で移動させたのだ。その力は褒められるべきものだろう。でも、今の私にその余裕はない。
「何か探し物でもしてたの?」
そう言われた時、正直に話してしまうか迷った。
話しても話さなくてもいい内容だ。彼が知っても知らなくても、私には何の関係もない。
「前来た時に、忘れ物をして」
「そうか。見つかった?」
「うん……」
苦しさも何もない、眠るように気を失っているヒイラギ。
胸の奥が締まるような感覚も無く、いつも通りか、と平和ボケしている自分がいる。
「……アルト」
「何?」
「姫乃栞奈。私の名前。もう知ってた?」
「……いや。えっと、甘里啓斗です」
こんな会話を出会った頃もしていたような気がする。あの時は、お互い偽名だったけれど。
わかる人は、姫乃という苗字を聞いただけでピンと来る人もいる。
クラスメイトで、芸能界に関わりのある人なんかは知っている人が多い。
超有名占い師の子供だということに。
「苗字……」
この人も知っているタイプか。そりゃそうか。
結構テレビなんかでも出てるし、知らない人の方が珍しいか。
「苗字も名前も、なんかキラキラしてていいね」
「…………え?」
アルトは垂れる汗を自身の制服の布で拭う。
「キラキラネームって言ったわけじゃないよ。ただ、昔読んだ小説にそんな名前のキャラクターがいたなぁって思って」
「……どんな人だった?」
彼はチラチラ、ヒイラギの方を見てはやめ、を繰り返していた。
気を失っているとはいえ、放置していることを良く思っていないのだろう。
「えーっと、〈夢暮らしの囚人〉っていう作品に出てくるキャラクターで、……あらすじ無いとよくわからないけど、聞く?」
「そこまで言ったなら聞く」
彼は自分の中で言葉を纏める時間を取った。それは十数秒ほど。
「〈夢暮らしの囚人〉は主人公がある日突然、「囚人となり牢獄に閉じ込められた夢」を見続けるようになる。でも、あまりに長い期間だったからその原因を探るべく、夢の中を探索するんだよ」
夢、か。
私の家族、親族の中に夢に関する力を持った人はいただろうか。多分、いない。
「その主人公が見ている夢の中の囚人に、
「似てる……というより、ほぼ同じ」
「苗字は母音が一緒だしね」
私たちがそんな雑談をしていると、何かの用でやってきた先生にその場を目撃された。
先生は一瞬こちらを見た後、倒れているヒイラギに気付き二度見してこちらに声をかけた。
「おい! そこの倒れている人は……」
他人に話しかけられて、まるでスイッチが切り替わったかのような感覚に襲われる。
抵抗する間もなく、「自分らしい自分」は消され、「誰もが必要とする素晴らしい自分」に置き換わる。
半開きだった死んだ目は、ぱっちりと開いて目に光を灯す。
すかさず、私は返事をする。
「今、運んでいた最中なんです。他の先生方を呼んでいただけませんか? 二人じゃどうにもできなくて……」
「わ、わかった! 息はあるんだな?」
「はい、その点は大丈夫です」
冷静に、かつ、声のトーンに必死さを交えて。まるで本当の悲劇に立ち会ったように。
このことをできるだけ隠しておきたかったが。〈不確定要素〉の前くらい、「自分らしい自分」でいさせろ、と叫びたい。
「あ、あのさ……姫乃さん」
「何? 甘里くん」
「疲れない? それ」
軽い。とにかく軽い。私がこの問題を深く手を出しづらい問題だと認識していたのが間違いだったのかと思うくらいには軽い。
「疲れる。でも、今更……」
「僕は何も言わないけど、しんどそうだなって思って」
「そう」
自分でも思うところはあった。しんどいとか、辛いとか、面倒だとか。
でも、この「誰もが必要とする素晴らしい自分」の仮面がないと、余計に面倒なのだ。
親の前でも、クラスメイトの前でも、この「自分」がとても役に立つのだ。
もう本当の自分なんて。
そんなことを考えているうちに先生方が到着し始める。
担架を運んできた先生、保健室の先生、よくわからないけれどたくさんの先生が来た。
これは恐らく、この咎峰柊という人間の価値の分だけやってくるのだと思う。
彼は日本中を轟かせる文才を持っている。彼が失われると、その経済打撃はきっと大きい。
案外、この学校は金で動くのだ。
「すいません、先生。ありがとうございます」
「後で話は聞くとして……とりあえず、彼を運びましょうか」
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