Ep.5 シオリの内情破壊

第22話 箱舟のデジャヴ

 教室。私。違和感。掃除用具入れ。横倒れ。生気。人。



 この教室に入った時から違和感があった。


 私は一応、霊媒師の占い師の間に生まれた娘というのもあって、本来、人が中々発揮することのできない第六感とやらがやけに発達している。そしてそれを扱うことができる。


 私の第六感は「霊感」と「気」。そして「洗脳」。


 この「洗脳」は第六感に入れるのは少し厳しいだろう。どちらかというと能力に近い。


 一応、原理というのも存在しているし、コツというのも何となく把握しているが、それをわざわざ人に説明する機会なんて滅多に無い。割愛する。


 この教室に入った途端に感じ取ったのは「生気」。


 私たち以外に誰か生きている人がいる、または、生霊が漂っている、の二択。

 私は幽霊が見えるので、生霊が漂っていたらすぐにわかる。




 つまり結論は、この部屋に誰かいるということ。




 別に誰がいたって、私は構わないのだけれど。〈群青システム〉について知られるのは面倒だった。


 私は出来るだけ怪しまれないように発言に気を付けたつもりだが、アルトの発言はどうだっただろう。多分、そこまで重要なことは言っていないはずだ。


 一番、「生気」が強く感じられたのは掃除用具入れだった。


 この部屋を歩き回った後に、私たちの存在に気付いてこの掃除用具入れに入って身を忍ばしているのだろう。


 問題は。




 開けるべきか、否か。




 こういう時、私は判断したことが無い。


 できるだけ他に人がいるならば、誰かに選択を託すから。


 基本その役割はヒイラギが担当してくれているのだが、今日ばかりは事情が違う。




 私はできるだけ足音を立てないようにして、掃除用具入れに近づく。


 突如として掃除用具入れがガタガタと揺れ始め、少し身を引く。


 覚悟を決めて、掃除用具入れを開けようとしたとき。




 バァンッ!




 掃除用具入れの中に入っている人の手によって、扉は開かれた。


 ただ、開いたといっても扉がこちら側に来てしまっているので、その中身は見えない。


 私を怖がらせようとしているのか、その扉の淵に細い指がかかる。まるでホラー映画のように。ただ、その手の血色の悪さが電気をつけていないこの教室でも目立っていた。


「怖かった?」


 ひょっこりと顔を出してきたのは、見たことのない人だった。


 全体的に緑色の髪で、私から見て右側の髪が真っ白。長い髪は後ろでくくられている。


 違和感のある、黒色の瞳。


 なんとなく、この人がイフなんじゃないかと思った。声が似ていたし。


「……ホラーはあまり興味無いから」


「ああ残念」


 イフは空の掃除用具入れに入ったまま立つ。


 彼女の制服はスカートタイプじゃなかった。スラックスだった。


「イフ?」


「ああ、そうだよ」


「何をしに?」


「カッコよくパスワードを渡しに来たよ」


「それのどこがカッコイイの……?」


 ちょっとイフは、私よりも独特な感性をしているみたい。


「はい、これメモ。絶対に無くさないよーに」


 そう言い笑顔で四つ折りのメモを渡してくる。


 そこには数字と英語の羅列があった。本当にパスワードなのだろう。


 イフは掃除用具入れから出て、教室の入口に向かう。


「もう、どこかに行くの?」


「……そーだね。多くは語りたくないし。素性もあまり、ね」




 どうしてだか、デジャヴを感じる。


 前にもこんなことあったっけ? 誰かを引き留めて、正体を当てる、なんてこと。


 あった、あったような、ない、ないような。




 でも。




 私はこの人を知っている。


 でも、イフのことは何も知らない。





「素性なんて、最初から気にしてないように思えるけど」


 私は無意識にそんなことを口走っていた。


「ボクが何者か知ってるってこと?」


「……いや、名前とかは知らない。でも、顔がバレても、名前がバレても、何も気にしていないように思える。あえてヒントを残しているようにも、思える」



 一応隠す気はあれど、どこか当ててほしそうにしている。


 イフの振る舞いはそんな感じ。感じじゃない。きっとそうに違いない。


 自分が誰か、当ててほしいんだ。



「ボクの名前なんて、そこのパソコンでいくらでも知れるよ」


「……ああ、一覧表とかあったね」


 存在を忘れていた。でもわざわざイフがそんなことを言うのなら、きっと当ててほしいモノはそれじゃない。


 なら何だ。何を当ててほしいんだ。


 胸の奥を騒めかせるデジャヴと違和感がいつまでも消えてくれない。



「知るのはもう少し先でいいよ。あと三年もあるんだよ? 急いでもつまらないって」


「……いつか、教えてくれる?」


「……教えない。栞奈なら絶対に辿り着ける」


 こんな、重要な時に。わざわざこの人は私を本名で呼ぶんだ。



 ずるい。



「面倒。相談してくるならまだしも、私から首は突っ込まない」




 思わず反抗的な態度になってしまう。無理もない。


 私はこの本名を認めていないから。




「あ、そうだ。忘れてた」


「何が?」



「ヒイラギの件なんだけどさ。あれ、ボクがうっかり手刀キメちゃって。どーしよっかなーって悩んでたところを放置してただけなんだよね。助かったよ」


 何があったら、うっかり、で手刀をキメて人を気絶させるんだ。


「護身術でもやってたの? 本当にうっかり? ヒイラギが何かやってきた?」


「護身術は体が覚えてるから、うっかり。ヒイラギは多分何もしてないけど、攻撃的な発言をしてきたから結構イラついてたんだよね。後で謝らないと」


 このひょろい身体で護身術が有効活用できているのだろうか。


 本来の力の五十パーセントも出無さそうなのに。……流石に失礼か。


「一応信じとく」


「ありがと。アルトを追いかけなくていいの?」


「……追いかけるよ。またね」



 私はイフの返事を聞くことなく小走りで教室から出た。


 あのデジャヴと違和感を、早く消してしまいたかったから。

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