第21話 いのちの天秤
指定された場所に向かう途中。僕はシオリのことを考えていた。
何があったら、あのような二面性のある人間になってしまうのかと。
僕は他人の過去に踏み入るような勇気はない。少なくとも今は、知り合ったばかりの今は、深く考えても無駄だということもわかっている。
時間をかけて知る。それ以上でもそれ以下でもない。
それでも闇の入り口を見つけてしまったら、気になってしまうものだ。
シオリに限った話じゃない。
ヒイラギだってそうだ。何を考えたら学年全員を洗脳したいと思うのだろう。
イフだって、それに協力し、実現不可能に近い計画を実行する技術を持っている。
シオリのようにそれぞれが深い闇を持っているとしたら。それが洗脳計画にどう影響してくるだろう。
自分の利益のためだけに使うとか、誰かを恨み殺すだとか。
もっと、凶悪な犯罪に近づいてしまうのではないか。
ふと気づいたことがある。
僕はどうやら人が死ぬのが嫌みたいだ。それに、犯罪行為も嫌いみたい。
確かに〈群青システム〉は犯罪行為だろう。
何の罪に当てはまるかまではわからないが、きっとそういう情報に関する法に何かしら触れているはずだし、人の意識をぐちゃぐちゃにしているのだから、そういう意味でも何かあるのではないか。
〈群青システム〉は許せて、〈群青システム〉に影響された人が犯す罪と首謀者の我々が人を殺めることを許せないのは、一体何が違うのだろう。
〈群青システム〉だって、人が作った悪いシステムなのにこれだけは許せるんだ。
非日常の入口の招待してくれたのが〈群青システム〉だから?
〈群青システム〉が無かったら僕は空っぽのままだったから?
感謝の気持ちでもあるのだろうか。〈群青システム〉は許せる。
「わからない……」
僕は嫌いなものと、わからないものが多すぎるみたいだ。
「……ごめん、遅くなった」
それから十五分後くらいにシオリが特別校舎の入口に来た。
「友達と喋ってたんですよね? 大丈夫ですよ」
「あのさ」
シオリが伏し目がちに話を切りだす。
「そのたまに出る丁寧語、やめて」
「……ああ、じゃあ、お言葉に甘えて」
いつも何となくで話していた。
敬語の時もあれば、攻撃的でこれといった敬語をつけずに話していたときもある。僕自身、使い分けも特にしていない。無意識だったのだろう。
「それで、何」
「ヒイラギが今日学校来てなくて、そのことをイフに伝えたら「放課後でいいから特別校舎三階に行け」って言われて、ついでに誘った」
「……アルトに人間味があってよかった」
シオリが僕の数歩前を歩いて特別校舎の中に入る。僕はそれについて行く。
「人間味? 〈不確定要素〉の誰よりも普通の人間やってるような気がするけど」
「堅苦しい奴だと思ってた。でも、遊ぶ心あるんだなって」
「まぁ、そう見えてもおかしくないかもね」
そんなことを喋っている間に三階に着いた。二階から三階に行く途中は無言だったけど。
「何を確認するの」
「〈群青システム〉の設定が弄られたかもしれないって」
「……ヒイラギが来てない件と、何か関係が……」
特別校舎三階。僕たちの秘密基地。例の教室。扉を開ける。
部屋の入口近くに、ヒイラギが倒れていた。
「……え」
僕は何も考えずヒイラギに近づく。脈はある。呼吸もある。
「ヒイラギ? ヒイラギ! 咎峰……! 咎峰柊! 返事をしろ!」
ただ、呼びかけには一切の反応が無い。
ふとシオリの方を振り返る。
冷静な瞳で、床に伏しているヒイラギを見つめていた。
驚きで動けないんじゃない、これは……。
「もしかして、よくあること?」
「昔から身体弱いから……」
「……そうなんだ。とりあえず、どうしたらいい?」
「「特別校舎の一階で倒れてました」って言って保健室の先生に預ければいい、と思う」
「……わかった」
僕はヒイラギを運ぶ準備をする。するとシオリが何かを言いたげにしている。
「どうかした?」
「イフに頼まれたこと、しなくていいの?」
「……ヒイラギを少しの間放置して、命に影響がないのなら」
「ないよ。いつも通りなら、貧血か、眩暈か、立ち眩みか、気絶だから」
「……その安心感が全くないバリエーション、どうにかならないかなぁ」
命に影響がない、と昔から一緒にいるシオリが言うのだ。心配だが、イフに言われた件を済ましてしまうことにした。
シオリがパソコンを操作する。
「群青システム」と書かれたゲームアプリのようなアイコンにカーソルを合わせ、ダブルクリックする。すると本当にゲームのようなログイン画面が表示される。
「あ……」
「何か問題でも?」
「パスワード、探さなきゃ。アルト、持ってる?」
「あ……そういえば、まだ渡されてない」
確か、「かっこよく渡してやる」みたいなことを言われたような気がする。朧げな記憶が多分そうだと言っている。
「……あとでイフに文句言おうよ」
「いいよ、そうしよう」
シオリはパソコンの電源を落とし、ヒイラギの元へ向かおうとする。
僕は彼女より早くヒイラギの元に向かう。
「私じゃヒイラギを運ぶことはできないから……先に降りててくれる? 後から行く」
「ああ、わかった」
僕はヒイラギを背負うような形で持つ。でも中々安定しなかったので、持ち変える。
仕方ない。肩で担ごう。
僕は長いものを持つように、ヒイラギを担いで階段を下りて行った。
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