第20話 嘘と二面性

 僕は言ってから後悔した。


 ライは驚いたまま動かなくなってしまったし、表情一つも変えてくれない。


 僕の優しさで、汚れた言葉を吐かないようにした結果がこれだ。逆に、汚れた言葉を吐いた方がライの心は救われたのかもしれない。今となってはどうにもできないけれど。


「……そう」


 彼女が返事をしたと思ったら、僕の方を一度も見ることなく、僕の側から離れていった。


「嫌われたかな……」


 僕はそのまま階段に座った。何故だか心の奥が抉られて、すごく胸が苦しい。


 あんな奴どうでもいい、あんな奴最低だから気にしない。そう思える相手なら良かった。


 少なくとも笑顔は素敵だったし、ちょっとイフに似ていて興味も沸いていた。


 心の底から悪人だったら。心の底から人の死を願っていたら。こっちだって心の底から嫌ってやれたのに。


「イフとの関係が……悪化しなければいいんだけど」


 僕はスマホを取り出して、〈チョコチャット〉を開く。

 三人いる友達欄からイフをタップし、個人チャットを開く。




【君の家族に、ライって子はいる?】




 嘘つきかどうかも知るため、一応聞いてみる。ここから会話を広げればいい。


 するとすぐに既読が付いた。やっぱり、一日中部屋でパソコンやスマホを触っている人間なのだろうか。異常に速い。僕は放課後まで返事を待ってもよかったのに。



【いるけど、なに? 出会った?】


【うん。ただ、ちょっと度が過ぎる言動をしてたから厳しく言っちゃって】


【ああ、別に気にしないよ】




 始めは「出会った?」と他人のように言っているのに、最後は自分の事のように言っているのが少し不自然に思えた。家族だからそんな風に言うのだろうか。



【あんまり人との関わりを持ってない奴だから、多分よくわかんないんだろうな】

【ああ……】



 パソコンに一日中向かっているイフの家族だ。失礼だが、どこか納得してしまう。



【悪い子じゃないんだ、距離感がよくわかってないだけで。頭もいいし】


【後で会えたら謝ろうと思うんですけど……】


【やめとけ。本人もわかってるだろうし、多分今は距離を置きたがるだろうから】



 本当は謝りたかった。軽率だったと思っている。

 でもライの言葉は毒だった。一体僕は何をすれば正解なのだろうか。



【ボクからもうまく言っておくよ。流石にアルトが可哀想だ】


【ありがとうございます、授業があるのでこれで】


【ん】




 イフとのチャットは一旦そこでやめて、教室に戻ろうとした。


 その時に、スマホがバイブ機能で揺れる。通知が来たようだ。後で切っておかないと。


 通知は、イフからの一言だった。




【そうだ、ヒイラギは】


【来てないですよ】


【特別校舎三階、例の教室。時間があるなら見に行ってくれ。放課後でも構わない】



 ヒイラギのことと、特別校舎三階のあの教室。


 一体何が関係しているのだろうか。気になる。


 だが……。





 キーンコーンカーンコーン。




 授業開始五分前を告げるチャイムが鳴る。


 幸いにも次の授業は移動教室ではない。だが、ここから特別校舎三階に行って、更に返ってくるとなるとかなりギリギリの時間になる。


 そこでトラブルなんかがあったら、僕は確定で遅刻だ。




【誰かの命が揺さぶられますか?】




 命が関係するなら単位を捨てる。この調子で単位を捨てていったら卒業できなさそうだなと思ったから、人の命が関わる時以外はできるだけ休まないようにしたいのだ。



【いや、〈群青システム〉の設定が弄られたかもしれない】



 ヒイラギに、だろうか?

 何か心当たりでもあるのかもしれない。



【そっちで確認できないんですか?】


【生憎、ボクは今家に居ないんだよ】


【なら放課後確認しますね】




 早速僕の放課後の予定が決まってしまった。


 それよりも、イフが外出しているという事実が少し意外だった。


 僕の勝手な妄想で、彼女は引きこもりと認定されていたからなのだが、そろそろ認識を改めないといけないかもしれない。でも、まだいいや。





 今日は六時間目までなので、古典、数学Ⅰの授業を終え、そのまま放課後となった。


 僕は用事があるのだが、それ以前にシオリを探そうと思った。


 少なくとも一組の人ではない。本名は知らないが、顔を見ればわかるはずだ。


 二組を覗くが人はまばらで、半分以上の人は帰っていた。この調子だと、どのクラスを探しても見つからないかもしれない。朝会えたことが奇跡だったのかも。


 次に三組を見ると、そこにシオリがいた。



「あ、シ……」



 シオリ。そう呼ぼうとした。


 よくよく考えたらシオリは本名じゃ無いかもしれない。


 どう呼びかけよう。


「あ、甘里くん。わざわざ来てくれたの?」


 全力の爽やかな笑顔を僕に向けてくる。




 ……やっぱり、いくら出会って数日の人でもこの温度差は慣れない。




「ちょっと、用事が」


 一瞬だけ目の光が消え、僕以外に人には聞こえないような小声で、耳元で話してきた。


「十分後に、特別校舎の入口で」


 すると彼女は少し離れ、目に偽りの光を灯す。


「ごめんっ! 後でね!」


 シオリはそう言って、クラスメイトの元へ戻っていく。




 二面性のある彼女は大変そうだった。

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