第19話 どうしようもない毒
「本当に家族なの?」
何度も何度も同じ質問をした。
信じられないというのも一つの理由だし、何より、イフがそう簡単に自分自身に近づける証拠を残すとは思えなかったのだ。
どうしてだか、僕はイフのことを「絶対に会うことのできない黒幕的存在」だと確信していた。
それこそ、〈群青システム〉が暴走した時や、大量の死人が出た時などにようやく姿を見せるものと言っても良いだろう。
僕にとっては本当にそれくらいの人間だったのだ。
「家族だよ。これで聞くの六回目。もういい?」
「ああ……まぁ、そうだな」
何回聞いても彼女の言葉に濁りは無い。清らか過ぎて逆に疑うレベル。
黒い思想も、嘘も、何もない。こんな人間見たことない。
「私の家、家族が多いの」
「何人家族?」
「いち、にー、さん……。ええと、八人家族かな」
「本当に多いね……」
僕の家は一人っ子。三人家族。
兄弟が一人もいなかった僕にとっては、賑やかな家族はちょっぴり羨ましかったりするのだ。
「ねぇ、イフって家ではどんな人?」
「……うーん、あんまり家で見ないからわからない」
「そっか」
普段から家を空けているとなると、どこか別の場所に活動拠点を置いているのだろうか? それとも、家に居ても部屋にこもりきりで、ほとんど出てこないか。
どちらかというと後者の方が理由としてはありそうだった。
「イフは悪い人? 良い人?」
そんな抽象的な質問をしてみる。ライはどう答えるか。
「……わからない。犯罪者かもしれないし、多くの命を救っているかもしれない」
犯罪者……救世主……。
学校のアプリにウイルスを流し込むという犯罪をやっている。これは多くの人を救っているとは思えない。
でも、それだけの技術があるならばホワイトハッカー的な、インターネットに強い仕事もやっているかもしれない。あのイフが誰かを救うとは思えないが。
「やっぱりイフって不思議な人だね」
僕はそう笑って見せた。
ライは少し不思議そうな顔をして、僕につられるように笑った。
ダッダッダッダッ……。
急に階段を駆け上る音が聞こえてきた。
僕は無意識に屋上の扉の方に注目する。ライも同じようにその方向を見ていた。
「……誰だ」
知らぬ間に僕が漏らした独り言。
それに答えるように音の主は現れる。
黒髪ショートヘアが特徴的な女子。制服のスカートが屋上の風でなびく。
顔は見えなかった。
「一年一組、委員長。
「そ、そうなの?」
言われれば、その後姿をどこかで見たような気がする。しかし、顔も見ずに後姿だけで誰かわかるなんて、ライはもしかして記憶力が良いのだろうか?
それよりも僕の心の中は恐怖が広がっていった。どうして他クラスの人まで覚えているんだ。
僕はもう一つの可能性を考慮して、小声で聞く。
「知り合い?」
「ううん。この学校に来てから存在を知った」
もう一つの可能性は呆気なく砕け散った。
もう一つの可能性というのは、その一ノ瀬とかいう女と同じ学校だったとか、幼馴染だとかという可能性。
まぁ、何もかも潰された今。僕はライという人物についてもう一度考えること以外できない。残念ながら。
一ノ瀬は何も見えていないかのように振る舞い、屋上に設置されている柵ギリギリのところでいきなり止まる。
その向こうを見据えて。
ライが急に立ち上がる。
「飛び降りたいの?」
大声で、一ノ瀬に問いかけた。
「えっ⁉ だ、だれ」
「……さぁ?」
「邪魔しないでくれる? 関係ないでしょ」
大ありなんだよなぁ。これが。
「飛び降りたいなら止めないよ。さぁ死んで」
「⁉」
てっきり僕はライが自殺を止めるのかと思っていた。だからこそ、そんな発言に驚きを隠せなかったのだ。
「えっ……」
一ノ瀬も流石に意外だったのだろう。驚いたまま、そのまま動かなくなってしまった。
「さぁどうぞ。早く、いいよ」
止まらない。彼女の催促は一ノ瀬に毒だ。
彼女は平然と、毒を、そのままの意味で毒を吐いている。
「っ……」
僕は無理やりライの腕を掴み、そのまま屋上を去ろうとした。
「な、なに」
ライも抵抗するが、それよりも強い力で引っ張る。
それにしても抵抗力が面倒なほどに強い⁉
「チッ」
僕はライを脇に抱える。まるでライを荷物のように扱い、足で屋上と下の階を繋ぐ階段の扉を開ける。
「ごめんなさいっ、ライ……」
僕は、僕たちは屋上から逃げるようにその場を去った。
五階建ての校舎。僕達は三階にいた。
僕がそのままライを担いで二階分の階段を下りたのだ。
特に重いだとかは感じず、女子らしく柔らかくて軽いなと思って、大して気にしていないかった。
「どうして逃げたの」
「……あのままだと、一ノ瀬さんが危ないと思ったから」
「これから死ぬ人間が危ない……? 君は何を言ってるの?」
僕は彼女の疑問に答えず、スポンジケーキをもぐもぐと食べる。普通に美味しい。
抹茶らしい苦みもありながら、全体的に甘くまとまっている。チョコもそうだ、濃すぎることなくちょうどいい塩梅で混ぜられていて、手にチョコが付くことも無い。美味しい。
「僕は」
食べ終わって、水筒の中の水を飲む。
「人の言葉の濁りが分かる」
「……」
「あなたの言葉は毒だった。だから」
イフに似たような人間に、家族に、こんなことを言うのは良くない。
自分で今から毒を吐こうとしているのが分かった。
じゃあせめて、毒じゃないようにしよう。
純粋な、嫌悪を。
「毒の言葉を吐く人は、嫌い」
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