第18話 嘘つきの家族

 僕は教室に入っても、クラスメイトと話したりして時間をつぶさない。


 言ってしまえば、このクラスにヒイラギ……咎峰柊以外の友人がいないのだ。そもそも〈不確定要素〉の繋がりがなければ僕は誰とも友人になっていないだろう。


 その分、静かに学校生活を送ることができていたのだが、どうやら非日常というものは僕を置いて行ってくれないらしい。


 僕の周辺はいつも静かだったのに、今日はより騒がしかった。


「なーお前? 今朝頭に消火器降ってきたやつって」


 何か見たことあるけど名前も知らないし関わりも無い、そんなクラスメイトが話しかけてくる。


「……まぁそうだよ」


 うざったい。面倒臭い。でも会話はしないといけない。


「へー! やば!」


 しょうもない会話。しょうもない時間。


 無駄すぎる愚行に、時間を費やす必要なんてない。




 キーンコーンカーンコーン。




 ああ、そんなことをしているから。


 朝のショートホームルームを告げるチャイムが鳴り、僕の周辺にいた人たちが散らばっていく。




 この教室に、ヒイラギの、咎峰柊の姿はなかった。





 それから四時間ほどが過ぎ、お昼休みとなる。


 毎度毎度休み時間に群がってきた人たちは、食堂に行ったり弁当を食べたりと、各々で過ごしているようだった。それが何よりも、僕にとって救いだった。


 助けたあの人は誰だ、とか、怖かった? だとか、あのまま死んでたらどうする? だとか。未来の話と知らない話しか持ってこない。


 もう教室が嫌になった僕は、財布と水筒だけを持って教室を出た。少しだけ走りながら。


 走った理由は特にない。行き詰って、早く逃げだしたいと思ったのかもしれない。いつの間にか僕の精神状態は少しずつ悪化の方向へと向いていたのだと、自分で推測する。


 食堂にある購買でパンを買うか、もしくは自販機でパンを買うか。僕は今パンの気分だった。


 勢いよく階段を下りて角を壁ギリギリのところで曲がる。




「あっ……」





 ドンッ。





「だ、大丈夫?」


 自分自身もかなり痛かった。だがどうしてか、僕の脳は誰かを心配するのを優先する。


「……あ」


 この声に聞き覚えがあった。そうだ、朝の。


 緑色の髪に、白色の目立つ横髪。散らばった白髪が目に付く。


 イフのことを知っていて、かつ、イフの声に似ている。そんな少女。





 ライ。





「だい、じょうぶ」


 言葉を詰まらせながらそんなことを言うライ。


 ここでイフのことを聞いてしまおうか、そんなことをふと考えた時だった。


「あの、ごめん。一緒にご飯……食べない? 申し訳ないから……お母さんが作ったスポンジケーキ持ってきてるんだ、けど、多いから」


 僕の欲しい言葉だった。一緒にいる時間が増えれば何かと会話が生まれる。


 まるで僕の心を見透かしているかのように、欲しいものを与えてくれる。


 そんな風に感じた。不気味だな、どうしてだろう。


「スポンジケーキ? くれるの?」


 純粋さを前面に出しつつ、汚れも含めた興味の言葉を吐く。


「うん。いっぱいある」


「ありがとう。どこで食べよっか」


「穴場、知ってるんだ。そこ、行こ」


 そう言うと、ライはかなり強引に僕の手を強く掴み、穴場とやらに行かせられた。





 穴場というのはやはり屋上だった。正確に言うと、屋上には下の階から続く階段を包むように屋根のあるスペースがある。名前があるのかどうか、知らないが、その場所にもたれかかるように、青空の下で食べるのだ。


 今日は少しだけ風が強くて、身体に張り付くような温度を攫っていく。


「はい、どーぞ」


 そう言って、百均ショップで売ってそうなプラスチックの容器に入れられたスポンジケーキを差し出してくれた。


「あ。えっと、何味が良い? チョコとか、抹茶とか、プレーンもあるよ」


「ああ、じゃあ抹茶で」


 それはともかく、あなたは学校に何個スポンジケーキを持ってきているんだ?


 それを聞こうとした瞬間に、僕は彼女のお昼ご飯とやらを見る。


 お弁当箱の中身も、全て色とりどりのスポンジだった。


「もしかして、お弁当ってスポンジケーキだけ?」


「え? うん。だって美味しいから」


「栄養……大丈夫?」


 純粋なる心配であった。普段の食生活までもこんなんじゃないかと心配になる。


「家のご飯は、いつもちゃんとしてる。でも、今日は急に学校に行くことになったから、お弁当無くて。家にあったものを詰めたらこうなっちゃった」



 たんぽぽのわたげ。ふとそんな言葉が思い浮かぶような優しい笑み。


 心臓が急に心拍数を上げ、何もしていなくてもドクドクと身体に響く。


 これは、何?



「そ、うなんだ」


 あ、結局食堂でパン買ってない。


「もう一個あげる。お弁当無いんでしょ? 一緒だね」



 ふわふわとしているのに、溶けるような優しく甘い笑み。


 待って、ナニコレ。



 いつの間にか僕の手には抹茶のスポンジケーキとプレーンのスポンジケーキが乗っかっていた。いつの間にもう一つを置いたんだ。


「そういえば、聞きたいこと、ありそうだけど。大丈夫?」


 甘い笑みが、一瞬でクールな笑みに変わる。


「あ、えっと」


 心の中を読まれている? それとも、わかっていてこんなことを聞いている?


 疑問は生まれるばかり。だったら行動に移してしまう以外の方法はない。





「……イフとは、どういう関係?」





「家族」





「えっ⁉」





 決死の思いで質問した内容に、呆気なく答えられてしまった。


「か、家族?」


「家族」


 にわかには信じ難いものだった。


 でも、ライの純粋な言葉は嘘つきでないことを証明する。


 少しだけ、あの謎のイフに近づけたのだ。

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