Ep.4 アルトの嘘つき観察

第17話 [lie] [lay]

 ピピピピピ……。


 さっさと起きろと言わんばかりの音量で、部屋の中に鳴り響く。


「……夢……じゃない。次の日、か」


 寝転がったままスマホを確認する。


 〈緑繊ガーデン+〉のアイコンをタップする。〈不確定要素〉以外の人たちは、この動作を終えた途端に洗脳されるという。


 もしかしたら、と思いタップするが感情の変化も思考の変化も何もない。無駄な高揚感があるわけでもなく、冷めきったままの感情はいつもの僕と変わらないようだった。


 一応、〈チョコチャット〉もタップしてみる。


 そこには三人の友人と、一つのグループだけが表示されている。



 大丈夫、夢じゃない。



 今日はいつもより早く学校に行こうと思って、少しだけ早めに目覚まし時計を鳴らしたのだ。ベッドで寝転がっている場合じゃない。僕は勢いをつけて体を起こす。


 洗面所で顔を洗うついでに、鏡を見る。白銀の髪があっちやこっちに跳ねている。今日の寝癖は異常に元気らしい。思わず鏡の前で笑ってしまう。


 ああ、早く学校に行きたい。






 はやく、その異常な温度に触れたい。






 そこからは早かった。


 遅刻しそうでもないのに朝食のパンを急いで飲み込んで、一気に牛乳で流し込む。慣れた手つきで制服を無駄な時間なく着る、靴を履く。パルクールで空間を駆ける。


 早すぎるという訳では無い。度々同じ制服を着た生徒らしき人を見かけるが、僕はそれを気にせず駆け抜けた。時々、痛いような視線を感じることもあったけど問題は無いだろう。


 柵の上を走っていると、シオリによく似た後姿を見かけた。でも、別人かもしれない恐怖で挨拶をしようと思えなかった。のに。



「あ、おはよう! 甘里くん」



 作ったような明るい声と、貼り付けたような明るい笑顔で挨拶をされるとは、思わないじゃないか。



「お、おはよう」


 どうやら別の女子と話していたようで、キャラを作っているようだった。


 でもきっと、この別の女子は本当のシオリを知らない。


 柵の上で一瞬足を止めたが、僕は再び走り出す。流石に学校が近くなったらパルクールはしない。たまに、学園の門に先生が立っていることがある。見つかって注意でもされたら面倒だ。


 学校が近づいているため、柵を下りる。それでも走ることは続ける。


 門が見えた辺りで、人が普通校舎に集まっていた。


 非日常か⁉ と思い、その足を余計に速める。僕の予想は当たっていた。






 普通校舎一階の窓が、全て割られていたのだ。






 目でヒイラギを探す。


 何となく、この高揚感を誰かに伝えたいと思ったのだ。でも、彼は見つからない。シオリもまだ来ないだろう。かなりゆっくり歩いていたから、まだ時間がかかるはずだ。


 イフは論外。会ったことも無い人を探せるわけがない。


「これはひどいねー」

「どーやったらこんなに割れるんだ……?」


 野次馬が何かを言っているようだが、気に留めない。




 ガシャンッ!





 真上で音が鳴る。咄嗟に見上げる。

 もう、遅い。



 横から身体に衝撃が送られる。

 人間に近い温度を感じる。



 ズサッッッ……。



 服、地面、皮膚。それらが擦れる音がする。

 無意識に目を瞑っていたようだ。





 目の前には。

 僕に抱き着くように伏せっている緑色の髪の人間がいた。




「大丈夫か⁉」


 男性教員の大きな声でハッとする。僕は目の前の人間そっちのけで、状況を確認しようとする。


 僕が先ほどまで立っていた場所には、幾つかのガラスの破片と歪んだ消火器が落ちて、液体が漏れていた。これが頭に激突したら……考えるだけで背筋が凍る。


 それを助けてくれた、この男とも女とも取れない人間は、何者だ?


「ああ……えっと、大丈夫です、けど……大丈夫?」


 僕は緑色の髪の人に声をかける。


 すると目の前の人は顔を上げ、僕の方を不自然な金色の目で見つめる。


「…………」


 その目は、息をしていないように見える。死んだ目とはまた違う。でも死んでいる。だが、生きながらにして死んでいる、そんな表現が似合いそうな目だった。


「…………怪我、ない?」


 中性的な顔だが、何となく女子だと思った。


 それにしても、イフに声が似ているような気がする。


「ないよ。それよりも……ありがとう。あのままだった死んでた」



 穢れの無い清らかな声。嘘も見栄も偽善も無い。真っ直ぐで純粋な声。

 その全てがイフを思い出させる。


「退くね」


 彼女は立ち上がる。僕も同じように立ち上がり、土を払う。


 彼女の膝からは血が出ていた。


「だ、大丈夫? 保健室に……」


「行かない。気にしない。それよりも……」


 緑一色の髪かと思えば、どうやら違ったらしい。


 左髪は真っ白で、それ以外は緑。メッシュを入れているようにも見える。でも、あちこちに白い髪が散らばっていることから、もしかしたら天然の髪なのかもしれない。




「イフじゃないよ。私はライ」




「っ……⁉」


 そのままライと名乗った彼女は群衆に消えていく。僕は咄嗟に追いかけることができなかった。






 というよりも、ライは「イフ」と確かに言った。


 僕がイフのことを考えているのが見抜かれたのか、そもそも〈不確定要素〉のことを知っている人なのか。まさかとは思うが、洗脳計画を見抜かれているのかもしれないが、この状況が良くないことには変わりない。


 「ライ」……彼女は一体、何者なんだ。

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