第16話 天は俺を、悪は俺に

 俺自身、何がしたいかよくわからなかった。


 イフの中の「俺」が歪みつつある。


 最初はシオリを守ろうとするための策を考えていた「良い奴」のイメージだっただろう。





 でも今はどうだ。




 自分の欲のために誰がどうなろうと構わない、そんな人間では無いだろうか。


 本当なら、ここで否定に入って弁明すべきだろう。


 俺は違う、そうじゃない。ここに来た理由は、ただ俺が臆病者で……と。


「ああ、零時だ。ちょうど今、群青システムの一ページ目が開かれたね」


 そう言われ、教室の壁に掛けられた古い時計に目をやる。彼女の言う通り、ちょうど零時を指していた。



「あーあ、アルトも呼べばよかったな」


「……どうしてだ?」



 呼ぶ意味が分からない。俺の醜態を全員に晒したいのか、辱めたいのか、陥れたいのか、そんな理由しか思い浮かばなかった。


「言葉の濁りが分かるらしい。あの子。それで君の心の奥の本音かどうか、判断してもらえたら話が早かったのになーって。まぁそれだけ今ボク、イライラしてるんだけどさ」


 仮にアルトがここに居たら、俺は相当不味いことになっていただろう。


 見栄を張る俺。情けない俺。臆病者の俺。


 どの「俺」も咎峰柊には似合わない。






 じゃあ、一番、咎峰柊に似合う「俺」は?






 俺というキャラクターに、ピッタリな役は何だろう。






 仮に俺の人生を物語にしよう。いや、主人公は俺でなくてもいい。


 そうだな、一番主人公らしく、しっくりくるのはシオリだろう。現世で滅多に見られない、才能でも何でもない能力者だ。それに、長い間見てきたからわかるが、知れば知るほど奥深く興味深い性格をしている。


 女主人公の幼馴染。面倒ごとに巻き込んだトラブルメーカー。そんな役が似合うか?


 でも一応、俺という人間には小説家という肩書がある。もう少し捻りを加えられそうだ。



 見方によっては、洗脳計画に巻き込んだ悪役とも取れないか?





 その力に目をつけ、それを悪用しようとする悪い奴。


 ああ、それだ。


 それが一番しっくり来た。


 これが俺か。


 俺が演じるべきは「悪役」か。






「最初は、友情を優先してた」


「……」


 強く睨みつけるイフを見て、笑みを零す悪役。


「だってさ、ずっと一緒にいたし、その力のせいで目をつけられてたりもしてさ。悩みに寄り添って、協力して、解決していったこともあったよ。過去の話だけど」


 最後の一言を強調する。強く暗く言うことによって、何か揺さぶりをかけられたら良いのだけれど。


「でも、やっぱ、刺激足りないじゃん。つまらないし、今の俺、全然この後が楽しみじゃないし。ねー」


「……は、あ。そうですか」


 呆れを交えたような返事をもらう。そうだ、そうだ。それでいい。

 もっと俺に失望して俺を悪役にしろ!






 ダサいキャラクターなんて、いらない。






「だから、こっそり上げちゃおうと思ったんだけど、イフがいたよ。残念」


 しばらくは、沈黙の時間だった。


 イフも、イフで、一生懸命考えているのだろう。けれど、正直言って俺は真実に辿り着けるとは思えない。


「パラメータは、要相談で決めれるようにシステムを変えるよ。そうする」


 イフは俯いたまま、そう言った。


「残念。イフが帰った後で変えようと思ったのにな」


 俺にとってそれは都合が良かった。


 ここでイフだけが帰って、俺が取り残されたとしよう。


 変更の形跡が見られない、もしくは下げられているとなったら、流石にイフもおかしいと思うはずだ。だからこそ、操作できない環境にしてくれた方が俺の役は守られる。



 利用されていると気づかないまま、悩んでいくと良い。



 一生結末には辿り着けないから。




「そんな男とは思っていなかった。正直失望した」


「勝手に期待するそっちが悪いんだろ」


「ああ、そうだね。そうだね」


 言葉を噛みしめるように、俯いたまま、表情が一切見えないままスラリスラリと返事をしてくれる。魂が入っていないようにも、思えた。


 失望は、人の心を空っぽにする。確かにそこにあったものを、無かったものにする力がある。彼女は今きっと、その虚しさに浸っているのだろう。全身で。


 イフが不自然な動作をする。


 眼鏡を外し、目に指を近づける。


「っつ……」


 息を呑む。




 俺には一瞬、自分の目を抉り出そうとしているように見えたのだ。


 俯いているのもあって、まともな動作を視界は捉えていない。


 ただ、イフが自身の目に対して、指を使っている。触っている。







 声が変わった。

「ごめん、自分は君を嫌いになれない」







 目の前の人間の背後に、大きな月が見える。明るい月が彼女を照らし、彼女の存在を大きく見せる。


 夜の学園というのもあって、目の前の人間の姿を正しく捉えることができなかった。



 せいぜい俺が認識できたのは、彼女の目は黒色では無かったということ。それだけ。


「……は、……だ」


「どうしたの?」


 その声で話しかけないでくれ。頭がおかしくなりそうだ。


 イフなのに、イフじゃない。絶対どこかが違う。でもイフだ。


 目の前の人間をイフと呼びたくなかった。別の何かだと思った。



「お前は……誰だ」



「自分は、ずーっと、ずーっと自分のままだよ」



 優しい笑みを浮かべる目の前の人間が怖くて仕方なかった。


 このままアイツの目を見ていると、頭が壊れてしまいそうで、おかしくなってしまいそうで。ぐにゃぐにゃのアイツの輪郭が歪んでいって、頭が痛くなってきて。


 ……そのまま、地面に頭をぶつけた。


 何も理解できぬまま。


 天井だけが、俺を見つめていた。




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