第15話 俺の、俺の、俺の?

 緑繊学園にはある程度監視カメラや警報装置が設置されている。

 俺は起きているであろうイフに電話をかける。


『……』


「イフ、頼みごとがあって……イフ?」


 イフの返事がなく、少し焦る。


『仰せのままに』


 俺は何も言っていないのにも関わらず、監視カメラや警報装置のランプが消えた。


『データごと消しとくよ』


 その言葉を聞いた直後に電話が切られた。


 監視カメラで俺の行動を常に把握していたなら、推理力で俺の要望を汲み取ったのかもしれない。というか、常に監視ってストーカーみたいで気持ち悪いな。


 彼女の行動に感謝しつつ、俺は堂々と校舎内に入り、特別校舎を目指す。


 わざわざ上靴に履き替えるのが面倒だったため、校舎内に入る時は靴下で行くことにした。そして、何となく音を鳴らさぬように歩いた。多分、足音が聞こえても問題は無いのだが、どうしても俺の気が持ちそうにない。


 一階、二階、三階と階段を上っていき、目的の階に辿り着いた時には、雲が晴れて月が見えるようになっていた。半月だった。


 つい最近も出入りしたからか、埃の量が少し減っていた。綺麗なことは良いが、ここは埃が積もっている方が良い。


 そういえば、どうしてイフは特別校舎三階のあの教室にパソコンを置いたのだろう。あの場所が誰も来ることが無いと確信を持っているのだろうか?


 そんなことを考えながら、何も気にせず例の教室の扉を開けた。






「対面するのはお初だね。やあ、ヒイラギ。はじめまして」





「っ……!」


 意外な状況に俺が動けなくなっていた。


 イフの声がする。目の前にいる人間はイフか? きっとそうだろう。


 緩く後ろで纏められた緑色の髪の束が肩の上に乗っている、そして左の顔周りにある一房の白髪が目立っている、違和感があるが恐らく天然モノだろう。一部分の白髪はばらついて、あちこちから見えている。


「ボク、AIじゃなかったでしょ?」


 わざとらしさの残る黒い目。カラーコンタクトレンズを入れているように見える。そして、細い黒縁のメガネを身に着けている。わざわざ眼鏡をかけるくらいなら、度の入ったコンタクトレンズをつければいいのに。


 そんな彼女は教室の真ん中で、椅子に座っていた。椅子の背をこちらに向けて、両腕を椅子の背の上に置いて、子供のように。


「何しに来たのかな?」




「パラメータの、変更に。洗脳強度だ」




 ヘラヘラと笑いながら質問してきたイフの顔が急変し、真顔になった。目は生きている。


「シオリを苦しめるの?」


「さぁな」


 はぐらかされて不快なのか、こちらを睨むイフ。


 突然イフが立ち上がって、椅子に隠れていた服の一部分が見えるようになった。どうやらちゃんと、緑繊学園の制服を着ているようだった。


「〈生贄〉なんて言葉が出てきたときは本当にびっくりしたからね? もー」


 話をはぐらかせにきた。別に俺だって、意味もなくあの言葉を使ったわけじゃない。


「あの時は、あんな奴……」




「〈生贄〉にしても問題ない、とでも思ってたんだろ。知らないけど。きっとそうだ」





 イフがあまり強気でないことに驚いた。いつもなら、自分の言っていることが一番正しい、なんて思っている感じで言ってくるのに。


「〈生贄〉は確かに強力だ。不完全な群青システムを支えてもおかしくないほどには強い。……が、あれは人柱みたいなものだろう……いや、まさか……本気で?」




 ここで俺はイフがミスリードをしているということに気付く。




 恐らくイフは、俺がパラメータを上げに来たと思ったのだろう。


 そう判断する理由がないわけでもない。一つは彼女が言う通り、アルトと初めて出会った時に放った〈生贄〉という言葉。


 そもそも〈生贄〉とは洗脳強度を大幅に増幅させる人柱。いつの間にか、方法そのものを指して言うようにもなったが、両方の意味で使われている。


 仕組みは案外簡単。シオリが洗脳の力を〈生贄〉に大きく与える。そして、また〈生贄〉から洗脳が強く放たれるという、伝達方式。言い換えれば、中間地点のように使うのだ。


 この方法を使うと、シオリの負担が大幅に減少するが、〈生贄〉になった人物は少しずつ心が壊れていき、最終的には重度のうつ病などになってしまうというリスクがある。


 一応、〈生贄〉に相応しい人物の条件というものもある。それは真っ直ぐで純粋な心の持ち主ということ。まさにアルトが当てはまる。これ以上ない、逸材なのだ。


「さぁ、どうだろうな」


 不自然じゃないように返事をする。


 そもそもこの〈生贄〉という洗脳を広めるシステムは、俺とシオリしかいないときに開発した案で、シオリの負担を減らすことが目的だった。それなので人の道からは外れている。


「…………だとしても、お前のやりたいことがわからない。〈生贄〉はシオリのために考えた方法だろう? なのに、シオリの負担を増やすようなことを……する、のか?」


 相当イフも混乱しているようだった。俺も混乱しているというのに、この状況を誰が説明しようか。


 ただでさえ、最近は精神状態がよろしくない。


 情緒不安定で、思考もうまくまとまらず、執筆も手が止まっているような状況。幸いにも締め切りはまだ先だが、早く本調子に戻さなければいけないのは事実だ。


 何が俺をここまで不調にさせるのかわからない。もしかしたら計画の実行に対する不安かもしれないし、楽しみすぎて気が狂いだしたのかもしれない。冷静さは微塵もない。



 上げるのはダメだ。ひとまず下げて様子を見よう。




 そう思った矢先にこれだ。




「結局お前は何がしたい……?」








「俺は……」

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