第14話 盲目の意識
俺と栞奈はレストランを出て、そのまま解散することになった。
栞奈は本来の目的を達成して満足しているようだし、俺の不快な気分もどこかへ去っていた。今回の食事はお互いにとってwin-winなものだったのだ。
二人の家は晴夏地区にあり、しばらくは同じ帰り道。同じ電車に乗って、他愛のない雑談をする。
傍から見ても、学園を洗脳する計画を立てている人には見えないだろう。
栞奈の方が先に降りる。
「おつかれ、また今度」
「ああ、また今度。じゃあな、栞奈」
返事を聞く前に扉は閉まる。ふと電車の中を見回すと、案外人はおらず空いていた。
ずっと立っていたこともあって、そのまま移動して座った。
少し、考え事がしたかった。
ずっと引っかかっている言葉がある。
——外部のモノが内部の人間に干渉なんてしちゃダメなの。
俺に憑いている幽霊を祓ったときに、彼女が放った言葉。
どうしてだか、ずっと胸の奥で響いている。
理由は多分、自分が外部のモノになってしまう可能性があるからだ。
もちろん、外部のモノが幽霊を指す言葉として栞奈が使ったのはわかっている。
だが、自分には違う様にも聞こえたのだ。
例えば。
外部のモノを「洗脳」として、内部の人間を「学園内の人」とすれば。
洗脳そのものを計画している俺たちは、一体どんな最低な奴だろう。
自分から提案して、ここまで来て、明日実行というのに。
どうしてここまで、胸が高鳴るんだ。
そうだ、最低な奴だ。人の人生を狂わすかもしれない。誰か死ぬかもしれない。
小説家は、仮定の世界で幾千幾万もの可能性を試行し、現実を決める者。
だからこそ、俺は、この現実世界でも幾千幾万もの可能性を試行してしまう。
正常な思考力は無い。
判断力も無い。
理性も無い。
胸の高鳴りを永遠に感じる。
押し留める何かがいる。
でも、それ以上に俺は興奮している。
誰かの現実を奪ってしまう可能性が、俺にとって一番怖い。
俺はその痛みを、知らない。
でも、痛み以上に怖いものはない。
可能性に囚われる咎峰柊はいなくなっていた。
その代わり、より強く痛みに囚われる咎峰柊が生き残っていた。
次の駅は自宅の最寄り駅。
降りる気はなかった。
このまま行けば、学校に辿り着く。
通知が来た。どうやら通話が始まったようだ。
俺はワイヤレスイヤホンを耳に着け、通話に入る。ミュートにして、こちらの音声は届かないようにした。
『聞こえる? ああ、早いね。もう全員集まった』
イフが独り言のように話す。
『聞こえますよ。操作方法についてですよね?』
『ああ、そうだ。画像付きで説明するよ。よぉく聞いとけ』
イフがそういうと二枚の画像が送られてきた。
『まず、そもそも〈群青システム〉の操作は一体どこで出来るのか、というところからだな。結論から言うと、特別校舎三階の、あの教室にあるパソコンから可能だ。』
個人の携帯にはそういう権限を入れる気はないらしい。少し面倒だと思うが、一つに絞ってしまえば管理が楽なのかもしれない。
『あのパソコンの中には、まるでRPGゲームのようなアイコンの〈群青システム〉というものがある。それをダブルクリックすると、一枚目の画像のような画面が出てくる』
一枚目の画像は、左側に〈群青システム〉と清涼感溢れるかっこいいロゴが大きく表示されている。そして右側には「パスワード」と書かれた文字の下に、何かを入力する欄。そしてその下の左には設定ボタン、右には「スタート」の文字がある。
『パスワードを入力すると操作画面に行く。パスワードは、あの部屋の中にある紙と君たちに渡す紙の二枚で成立する。推理はいらない。部屋の中にある紙に書いてある文字を前に、渡されたのを後にしてくっつけるとパスワードの完成だ』
『あ、あのー、いつ僕たちにパスワードを渡してくれるんですか? 全員違うパスワードなんですか?』
アルトが不安そうにそんな質問をする。
『いつか渡す。まるでスパイ暗号のようにかっこよく渡してやるさ。あと、人間に渡す紙の内容は全部一緒だ』
『そうなんですね……』
アルトは通話越しでも感情が伝わりやすい話し方をする。わかりやすい。
『次に操作画面について説明しよう。パスワード入力後、スタートボタンを押すと二枚目の画像の画面が出てくる』
二枚目の画像はいたってシンプルで、六つの四角い枠があり、その枠の上段には「1」「2」「3」、下段には「4」「5」「戻る」という文字だけが書かれていた。
『まず、「1」について。これは〈役〉一覧だ。十七回生全員の個人情報と〈役〉が見れる。検索機能もあるし、〈役〉の効果も見ることができる』
ふと電車内のアナウンスで気が付く。次の駅が、緑繊学園の最寄り駅だ。
『「2」は、〈役〉変更。その名の通り、個人を指定してから好きな〈役〉を選ぶことができる。……が、できればこの機能はあまり使ってほしくない』
『どうしてですか?』
アルトが質問すると、少し控えめな声でイフが答える。
『心に大きく負担がかかる。それに、何が起こるか分かったら見てるこっちだってつまらないだろう。〈役〉変更はどちらかというと最終手段だ。人が死にそうとか、そーいうときにつかうやつ』
『ふむふむ……』
緊急時専用の設定という訳か。俺もそうだが、イフも死人は出したくないようだ。
『次、「3」。これはパラメータ。今からもう一枚画像を送る』
通知音と共に、一枚の画像が送られてくる。またも、画面上に「1」「2」「3」とだけ書かれた四角い枠が三つある。
『「1」は洗脳強度。0%から200%まで設定可能。初期値は100%。どこくらいの影響を与えるかわからないから調節用として設定した。数が多ければ多いほど、シオリの負担が増える。上げるときは要相談だ』
徐々に電車のスピードが弱まる。あと三十秒もしないうちに駅に着くだろう。
『「2」は影響範囲。十七回生から十九回生、それに加え学年に紐づけられた教員にも可能だ。初期設定は十七回生と十七回生の教員』
電車が完全に停止し、俺は電車を降りる。ここからは歩きながら話を聞くことになる。
『「3」は台本設定。個人、または〈役〉を指定して行動を決めることができる。自殺や他殺を止める最終手段だと思っていい。この機能の強度は恐ろしいから、シオリの負担もかなり大きい。これも要相談だ』
『……でも、洗脳による身体の負担ってそこまで大きい訳じゃない』
シオリがそう言うと、イフは少し呆れたように返事をする。
『ただでさえ、プログラムと洗脳というちょっと無理のある構造になってるんだ。負荷は少ないに越したことはない、だろ?』
『そういうのなら』
夜道は誰もおらず、ただ街灯の明かりとスマホのみが俺を照らす。
月も雲に隠れ、風もあまり吹いていない。不気味ではあるが怖くない。
『はーい、じゃあ二枚目の画像に戻ろう。次は「4」これはゲームソフトの終了。戻るボタンでも終了できるし、右上のバツ印でも消せるけど、まぁオマケみたいなものさ。これを押しても十七回生にかかってる洗脳は解けないから安心して』
コンビニの明かりがやけにまぶしい。でも中に客はいないようだ。
『最後、「5」。これは基本的に君たちが使うことは無いかな。万が一、この操作画面自体がバグったときのあれこれが表示されるくらいだよ。これで説明は以上!』
俺はミュートを解除して、イフに問う。
「それで、いつこれを実行する?」
『明日の零時。もうすぐさ』
「……わかった」
時刻は10時を指していた。
流石に家族が心配するか? と思ったが何も連絡は来ていない。
『他に質問が無いなら解散だよ。それじゃあ、良い夜を』
質問させる気など無いかのように、強制的に全員の通話をイフが切った。
そして、俺の足はいつの間にか学園の正門まで辿り着いていたのである。
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