第13話 境目の干渉
「俺、ハンバーグセット」
二人でメニュー表を見ながら、それぞれ食べたいものを口にする流れを作る。
「じゃあ、私デミグラスソースのふわとろオムライス。あ、ドリンクバーは?」
「いる」
即答。水だけでやり過ごすのはちょっと寂しいような気がした。
そう、ここは〈クマゼリア〉。格安が売りのレストラン。なのにとても美味しい。どういうことだ。満足できるまで楽しもうじゃないか。
そんなことを考えるくらいには、思考は明るくなってきたし、少しずつ気分も晴れてきた。それに、いつの間にか俺の死んだ目も治っているような感覚だったのだ。
「じゃあ店員さんを呼ぼう」
ピーンポーン。
レストラン特有のベルの音。その数十秒後に店員さんが俺たちのテーブルに来る。注文を聞かれたので、俺は栞奈の分もまとめて注文することにした。
「ハンバーグセット一つと、デミグラスソースのふわとろオムライス一つ。ドリンクバーは二つでお願いします」
注文を繰り返し読み上げられ、問題が無かったので店員さんは奥へ消えていく。
「あのさ、柊」
何かを言い出したそうにもじもじとしながら俺に話しかけてくる。
「何?」
「最近誰かに恨まれた?」
「何でそう唐突に……」
普段の俺の人間関係を振り返る。
恨みの感情を全面に出してくるような人間はいない。だが、人間の感情なんていくらでも隠せるわけで、普段ニコニコしているが実は殺したいほど憎んでる、なんてことがあっても怖くない。
でも、俺がした行動を振り返っても、何一つとして思いつかなかったのである。
「無いな。俺の記憶の限りでは」
とても小さな音で何かが破れる音がした。別の席の人だろうか?
「そう……」
「もしかして、俺に幽霊か何か、憑いてる?」
「ううん、別に。それはきっと大丈夫」
やけに心配してくる栞奈。昔から心配性だったが、最近はよりエスカレートしている気がする。
〈不確定要素〉として活動を始めて、実行の時が近いからか?
「あ、もうすぐ来るよ。ハンバーグ」
栞奈がそういうと、奥から店員さんがハンバーグセットとオムライスの皿を持ってやってきた。
「ご注文の品は以上ですね」
「はい」
静かに、少し明るい声で返事をする栞奈。目に光は灯っていない。
「ドリンクバー、取りに行くよ。何が良い?」
「アイスティー。ガムシロップは二個」
「わかった」
そうして俺は席を立ち、ドリンクバーに向かって行く。
言われたとおりにアイスティーを入れ、ガムシロップを二個取る。俺は考えるのが面倒だったので、リンゴジュースをコップに注いだ。
手持ちがいっぱいいっぱいになっているときに、ふと栞奈が座っている側のテーブルの下を見る。
破られた小さな紙が落ちていた。
「おっと」
席に戻る時に、あえてガムシロップを一つ落とす。
ガムシロップを拾うふりをして、その紙ごと拾った。
「新しいの、持ってくるよ」
「中身が汚れてないなら気にしないよ」
そんなことを言ってくれたおかげで、ドリンクバーへの往復が一回減った。個人的にはありがたい。
そして、まだ冷めていないハンバーグセットを食べる。
俺が食べ始めたのを見て、栞奈も食べ始めたようだ。
食事の時は無言で、お互い食べることだけに集中する。
にしても、〈クマゼリア〉のハンバーグセットはいつ食ってもうまい。
「ごちそうさまでした」
「ご馳走様でした」
幼さを含む声で栞奈がそう言う。俺も後に続くように言った。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
俺は席を立つときに小さな紙きれをポケットに入れたままトイレに行った。
そして、トイレの中に入って誰もいないことを確認して、紙きれを取り出す。
どうやらただの紙ごみではないようだ。
人為的に破られた紙には、筆で書かれた小さな文字が規則正しく並んでいる。まるでお札のように。
確信まではいかない。でも、彼女が何をやったかまではわかる。
俺は用を足すことなく、手だけを洗いトイレから出た。
テーブルに戻って椅子に座った時、彼女は帰ろうとしていた。
「なぁ、もう一回聞くけど、俺に何か憑いてたか?」
「え? だから何も……」
「これは?」
そういって、先ほどの紙切れを出す。
栞奈の顔が驚いた表情で満たされた。予想は合っていたようだ。
「まぁ……隠すことでもないかも」
「幽霊か? 悪霊の類か?」
「悪霊かなぁ……見たことのない感じで、負のオーラが強かったから、一時的に遠ざけたの」
栞奈はコップの中に少し残っていたアイスティーを飲み干す。
「一時的?」
「もう一度来るかもしれないし、もう来ないかもしれないから」
「ふむ……」
心当たりを聞いたのはそう言うことだったのか、と腑に落ちる。
見たことのない感じというのは、遭遇したことのないタイプということ。彼女なりに生霊も疑ったのだろうか?
「外部のモノが内部の人間に干渉なんてしちゃダメなの。強引だったと思うけど、許して」
「いや、許すなんてとんでもない。ありがとう」
そうして、俺と栞奈はテーブルを去った。
レジに行き、栞奈が会計を分けようとする。
「俺が払う。あの件はありがとう。普通は有料だろ?」
俺の言葉に呆気に取られて、彼女は動かなかった。
その隙に俺が全額支払ったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます