第12話 あらゆる可能性とクマ
俺自身が知っている、この痛みに関することを誰にも言ったことが無い。
誰にも共感されないのはわかっているし、多分誰にも信じてもらえないだろう。
どうしてほぼ全ての痛みを知っているのか、自分でも理由がわからない。
不気味で、怖くて、でも何故か知っている俺がいる。
どうしてか、家に帰る気分じゃなかった。
理由など考えなくてもわかるのだが、わかりたくなかったため思考を放棄した。
日も暮れてきているが、二十一時には遥かに遠い。どこかで時間をつぶそうにも、俺の身は未成年であるため何かと制限がかかってしまう。
不良少年になるつもりはないため、俺ができることは限られていた。
「……家に帰るか」
こんな独り言、聞かれても問題なんて微塵もない。
いつもと比べたら遥かに遅いペースで駅に向かう。顔はやや下向きになり、無表情で固められていく。瞳は十分、濁りきっていた。
晴夏地区にある自宅に戻るため、駅に着いた。
なんとなく立ち止まり、再び歩き出して改札を通る。なんとなく階段を下りる。そして、なんとなく電車を待って、死んだ耳でアナウンスを聞く。耳から耳へ通り抜けていく。
そして、なんとなく死んだ目で到着した電車の扉の前に立つ。
見知った顔がいた。
「……柊」
静かに、落ち着いた声で俺の本名を呼ぶ。
金髪ボブの、死んだ目の少女。
そして俺と同じ〈不確定要素〉のメンバー。
「……栞奈」
俺も無意識に彼女の名前を呼んでいた。
姫乃栞奈、別名「シオリ」。
彼女は確か、今日本州に行ってお店巡りをしてきたはず。これはその帰りだろう。
死んだ目のまま電車を降りて、俺が乗ろうとすると彼女は俺の腕を強く掴む。まるで、行かないでというように。
「死んだ目は、私だけでいい……よ」
栞奈は俺の腕を引っ張って、俺を無理やり歩かせる。
あのまま電車の扉の前にいるのは邪魔だと思ったのだろう。
そして、俺をどうにかして帰らせまいとしたのだろう。
でも、どうして。
「ご飯、食べに行こう。一緒に」
「……ああ、いいよ」
俺は駅のホームの椅子に座って、スマホを取り出して操作する。
母親宛にメールをする。単純に「友達に晩御飯誘われたから行ってくる。連絡遅くなってごめん」とだけ書いて、送信ボタンを押した。
「どこにご飯を食べに行くんだ?」
俺がそう栞奈に問うと、彼女は簡潔に答える。
「どこでも」
「じゃあ〈クマゼリア〉で」
〈クマゼリア〉。大手チェーン店で、全国各地にある格安レストラン。学生の財布に優しい値段設定で、実際友達と打ち上げをするときなんかはここだったりする。
そんな〈クマゼリア〉はこの〈IF ガーデン・アイランド〉にも複数店舗存在し、どの地区にも二店舗以上はある。財布の距離も、物理的距離も近い、素晴らしいレストランだ。
俺は何度か粋春地区の〈クマゼリア〉に行ったことがある。
俺と栞奈は駅内を移動し、別のホームに移動した。
ここから二駅進んだ先の駅付近に〈クマゼリア〉があったはずだ。
「何か最近、疲れやすいとかない?」
ふと栞奈がそんなことを聞いてくる。
「ん? さぁ。別に」
栞奈の方を一度も見ずに返事をする。
「そう」
栞奈は昔から口数が多い人間ではなかった。〈不確定要素〉を作ったその日から少しずつ増えているとはいえ、二人の時、または、活動していないときはどうしても少なくなる。
ホームにアナウンスが響く。どうやらもうすぐ電車が来るらしい。
「ねぇ、柊」
栞奈が前を向いたまま話す。
「ん?」
「ここで数歩飛び出したら、どうなる?」
幾百もの可能性を考える。
死ぬとしたら? それは一体どんな風に死ぬ?
ぶつかって腕や足が変な方向に曲がって血を流して倒れる? 車輪と線路の間に挟まれて真っ二つ? 真っ二つどころじゃない、三つかもしれない。
文字にしきれないほどの可能性が頭の中を駆け巡って、終いには頭痛が俺を苦しめる。何故か肩も重くなって、息苦しい。
「苦しんだ?」
「え? ああ……」
「現実は、奥深くないから。暮谷空のセカイみたいに深いセカイじゃない。ただ、単調に減少が起きていくだけの世界だから」
一瞬、栞奈が何を言いたいのかわからなかった。
「難しく考えすぎ」
「あだっ」
デコピンをされた。思った以上に本気を出してきて、ちょっとヒリヒリして痛い。
「現実くらい、気抜けば?」
「……善処する」
昔から、小説を書き始めてからの癖なのだ。
可能性をある限り考えるというのは。
俺らは電車に乗って、二駅先で降りた。
そのまま何かを話すことなく改札を出て、交差点を渡って、数回、道を曲がる。
少し複雑だが穴場スポットのように〈クマゼリア〉がそこに存在していた。
お互いを見ることなく店に入る。
「何名様ですか?」
「に」
栞奈が丸く優しい柔らかな声で返事をする。思わず笑ってしまいそうになる。
それに気づかれたのか、栞奈はこっちを睨む。ごめんって。
案内されたテーブルに荷物を置いて、対面で座る。四人用の席に通された。
「なんか、食べよっか。私お腹空いてるんだよね」
「カフェ巡りしてたのに?」
「巡ってない。一店舗だけ。時間も空いてるし、お腹も空いてるんだよ」
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