Ep.3 ヒイラギの透明
第10話 空の美しさ
特別校舎三階を去って、授業に参加するため教室に戻ろうとしていた。
すると突然、シオリが立ち止まった。
「どうした?」
俺が聞くと、表情一つ変えることなくこう言った。
「テンション上げるの面倒だから……帰ろうかなって。それに行きたいお店もあるから久しぶりに本州に行こうかなって……思った」
「行きたいお店って、どんなお店ですか?」
アルトが聞くと、シオリは少しだけ笑みを浮かべて返事をする。
「和菓子のお店でね、抹茶も頼めて、最近有名になってきたお店なんだけど」
死んだ目のまま、口調だけが喜びに溢れている。
恐らく口の方が本心なのだが、どうも俺らといると目が死んでいるのは変わらないようで、例え本人が好きなジャンルの話になってもこうなるのだ。
「いいんじゃね? 別にそのまま休んでも、問題無いだろうし」
「それじゃあ……行ってくる」
そう言ってシオリはそのまま校門に向かって歩いて行った。
その背中を見守った後、アルトが不意に俺の肩を叩いた。
「そういえば、ヒイラギって何年何組何ですか? そういえば、何にも知らないなって思って……」
「…………え? マジ?」
待って待って待って待って待って。
え?
「あ、あれ……? 僕何か変なこと、言いました……?」
自分が所属するクラスを忘れたわけではない。
ただ、ただ、純粋に悲しさが勝ってきた。
「俺……一年一組なんだけど」
「え? 僕も……ってえええ⁉」
俺、
俺はこの学園に入学した時から、将来〈不確定要素〉のメンバーになるであろう男が同じクラスであることを知っていた。
それにアルトだって、今朝俺と会ったときに気付いているものだと思っていた。
中々俺のことを本名で呼ばないのは、あくまで〈不確定要素〉として活動しているから、といういつの間にかできた謎ルールを守っているのだと思っていた。
それがまさか、覚えられていないなんて。
「いや、あの……ごめん」
素直に謝られると余計に悲しくなるだろ! やめろ!
「……はぁ」
「あ、ほんとに、ごめん……」
本気で謝られているのもあって、二人の間の空気が完全に死んでいた。
お通夜かな?
「俺、咎峰柊。学校じゃ、シュウって気軽に呼んでよ……この際さ」
半分の諦めと、もう半分の悲しみで自己紹介をする。
かつて、こんなに悲しい自己紹介があっただろうか?
「甘里啓斗です……よろしくお願いします……」
うん。知ってる。
仏のような優しい笑みでその自己紹介を受け入れる。
「啓斗。教室、行こうぜ」
「うん……」
そう言って俺らは教室に行こうとした。
ちょうど俺らが教室前に着いたのは三時間目の授業が終わった直後だった。
チャイムが鳴り、「起立、礼、ありがとうございましたー」というクラスメイトの声が聞こえた。
俺らはタイミングを読んで、その数秒後に入った。
「あ! 咎峰じゃん、特欠取ってたから仕事?」
俺の前の席の
茶髪のセンター分けで、ワックスを使って塗り固められた後ろ髪はチャラ男を彷彿とさせる。薄紫の目がギラギラと光を持っているようにも思える。そんな容姿だった。
「ああ、参考になりそうな事があって、ついでに啓斗にも手伝ってもらったんだよ」
「へえー。超真面目じゃん」
「学校休んでるから真面目じゃねぇよ」
そんな他愛のない話をしていると、ふと啓斗の席に目が行った。
彼は自分の席でブックカバーのついた本を読んでいた。
甘里啓斗という男は、くすんだ銀のような色の髪を持つ。毛先が綺麗に整っていて、男子には珍しい、サラサラと指を通せるくらいの少し長めの髪、でも決して長すぎることが無い。少し邪魔そうに横髪を耳に掛ける。
彼の瞳はちょっと変わったものだった。髪色と同じようにくすんだ銀色かと思えば、光の入りようによっては金色にも変わる変化の瞳。
あれはあれでモテそうだな、と素直に思ってしまった俺がいた。
俺は自分の席から立ち上がって、啓斗の元へ行く。
啓斗は近づいてくる俺に気付いたのか、本を読む手を止めて、栞を挟む。
「何読んでんだ?」
「ん?
この男は、無知というかなんというか、色々な偶然を引きすぎている。
イフが選んだ理由は、こういうところにもあるのか? と一瞬そんな考えが頭を過るが、彼女は画面の向こうでしか彼を知らないはずだ。無い無い。
「俺の小説、読んでくれてどうもありがとう」
「えっ⁉ えっ⁉」
典型的な驚きの反応。ここまで真っ直ぐな感情の持ち主はいない。言い方を変えれば、ひねくれていないということになるのだが、予想通り過ぎて逆に笑えてくる。
「暮谷空って、俺。イフとかに教えてもらわなかったのか?」
「小説家ってことは教えてもらえてたけど……名前までは」
「あのな、啓斗。その反応、ここにいるみんな一か月前にやってんだ。お前……興味無さ過ぎだろっ。あははっははっ」
笑いは堪えきれなくなり、ありのままを見せつけながら笑った。
いつもの、一歩引いた笑みではなく、本心で、心の底から。
久しぶりだった。
心の底から、何かを感じられるのが。
「逆に才能あるよ。あははっ! あーはははっ……もうっ、こんなに笑ったの久しぶりだ」
「え、え、もう、皆知ってたんだ……」
本人はショックが大きいようで、まだ戸惑っている。
キーンコーンカーンコーン。
「あははっ、やべ、チャイム鳴った」
笑いすぎて、チャイムが鳴ったのに動き始めるのが遅くなってしまった。
そうか、これなら。
俺でも彼を選んでいたな、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます