第9話 姫の奇跡、そして群青
全く面倒な案件が来た、と、ボクは表情前面に不快感を出していた。
ああ言ったものの、ボクの専門は個人情報の収集ではない。
ボクが一番得意としているのは、「システムへの潜入、及び痕跡を残さない」こと。
同じ要領で仕事をすればいいのは構わない。しかし元ハッカーが、現役かどうかもわからないハッカーを探すのは少し気が引ける。
一歩間違えれば、自分もそうだったかもしれないから。
「それで? ボクへの案件はそれだけ?」
「ああ、今のところインフォちゃんに頼む依頼は無いからな」
「ふぅん」
興味がない、そんな風を思わせる態度を取って、どこから〈Bubble〉を探そうかと悩んでいる。
「それなら、帰るけど」
「ああ、すまないな」
すんなり了承してくれた。
隠し事がある時は、やっぱり一人になりたいよね。
何かを追求するでもなく、ボクは素直に探偵事務所を出た。
この短時間の会話のために、往復二時間しなければならないと思うと、ちょっと気分が下がる。
どこかに寄り道してもいいと思えたが、生憎買いたいものも無ければ、行きたい場所も無い。ひとりぼっちのボクに何かを与える気にもなれない。
真っ直ぐ帰るか。そう決めた時だった。
道の反対側でボブの金髪が揺れたように見えた。
何故か見覚えがあるようで脳内で必死に誰なのかを探しながら、もう一度金髪を目に収めようと振り返る。
その場所に、彼女はいなかった。
「……」
移動速度が異様に早いのか、どこかの店に入ったのか、それとも角を曲がったか。一瞬の視線に気づいて逃げたなんてことは無いだろう。流石に。
今になって思考が追い付いてきた。
あの金髪ボブは〈不確定要素〉のメンバーの一人、シオリだ。
ふと、初めて彼女をディスプレイ越しに見たことを思い出した。
ボクは基本的に、依頼人の素性を調べてから依頼に取り掛かる。その際に、シオリも調べたのだ。
始めは画像。
外国人を思わせる爽やかな金髪と活力に満ち溢れた青い目が印象的だった。
後に、彼女の生き生きとした青い目は他人と関わる時専用の仮面だと知った。音声データや口調、ステージ発表の様子から見るに、性格ごと入れ替えているんじゃないかと思うほど、差があったのだ。
別に、その点で嫌いになるとかは無かった。逆に、親近感もあった。
次に本名、住所、生年月日などの個人情報の類。
本名、
シオリという名前は、栞奈の栞の部分から取ったのだろう。案外そのままだった。
最後に、普段はあまりしないが家系を調べることがある。保護者の情報や、その家族の情報。それらが必要な時もある。
今回は稲橋さんとの関係が知りたくて調べた。親あたりを探ったら出てくると思ったからだ。
どうやら姫乃栞奈の両親は全国を飛び回る仕事のようで、普段は家に帰ってこないようだった。
母親は超有名占い師。ほぼ百パーセント当たると評判で、よくテレビ番組などにも出ている。ボクも聞いたことのある人でびっくりした。
それに加えて歴史ある家計のようで、母親は六代目姫乃家当主、姫乃栞奈は七代目に当たるらしい。彼女の未来を考えると、ちょっと頭が重くなる。
父親の方は霊媒師。幽霊が見えて祓えるため、全国の心霊スポットや事故物件に飛び回っているらしい。
胡散臭さも感じるが、こちらも代々続く霊媒師のようで、父親は狩野原家八代目当主の夫婦(つまり姫乃栞奈のお爺さん夫婦)の次男に当たる人らしく、家系を継ぐ対象の人ではないようだ。現在九代目である長男が主に活躍しているらしい。
次男とは言っても、その力は絶大なものである。狩野原家の血筋はほぼ全員強い力を持つらしく、不動産会社などが絶賛していた。
……つまり、姫乃栞奈は占いができて、霊視ができて、幽霊を祓えるということ。
ハイブリッドにも程がある。科学で説明できない能力では、彼女が一番強いのではないかと思うほど。まるでアニメの主人公みたい。
稲橋さんとの繋がりは父親だった。霊媒師という立場、何かと死体を見つけることが多いらしい。それでよく警察にお世話になって、探偵にもお世話になるということだ。
稲橋さんと姫乃栞奈の父親が仕事話をしているうちに情報屋のことをうっかり話したらしい。
こうしてバレた経由がよくわかったのだ。
それと同時にボクの中の満足度は満たされていた。
何故なら、これほどまでに面白い人間は滅多にいないから。
そんな面白い人間が面白い計画を提案しているんだ。参加しない訳が無い。
代々力が強い家系が混ざったお陰で、姫乃栞奈本人に新たに宿った力もあるのだろう。その力とやらが今回の洗脳計画のカギとなる。
洗脳計画のカギ、即ち「洗脳そのもの」。
彼女はいつからか自分が他人を洗脳できることに気付いてしまった。
それにヒイラギの欲望が混ざって、洗脳計画の骨組みを立てた。
そして技術者が加わり、システムが完成した。
最後の重要人も、偶然的に発見し仲間に引き入れた。
数多の奇跡が重なって、学年洗脳システム〈群青システム〉は完成した。
「無意識にここまで来てしまったか」
ふと気づけば自分は本州と〈IF ガーデン・アイランド〉を繋ぐモノレールの駅にいた。
非常に危ないのだが、道には迷っていないようだ。
ボクは鼻歌を歌いながら改札を通っていった。
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