このあと俺たちは食事をしつつ、お互いの近況や思い出話を語り合った。
このあと俺たちは食事をしつつ、お互いの近況や思い出話を語り合った。
話したいことは無限にあった。
けれども時間は有限だから、俺は卒業生として在校生の彼女に思いつく限りの助言を伝えた。
不思議なことに、後ろ向きな出来事を話しているときですら前向きな気持ちになれた。
例えば、第一志望の大学に落ちて滑り止めで受けた大学に行くことになったという盛り上がりに欠ける話も、千歳に聞いてもらっているとそんなに悲しい気分にはならなかった。
卒業の日にふさわしく、俺はいろいろあった高校の三年間をとりとめもなく振り返っていた。
やがてメインディッシュを食べ終え、テーブルの上には食後のデザートが並んだ。
千歳はケーキを美味しそうに頬張りながら、これからの高校生活について想像を膨らませ始めていた。
「やっぱり先輩の話を聞いていても高二って大事みたいですね。わたしも今から気合い入れていこうと思います」
「どの学年が特別ってわけでもないけどな。まあ、とにかく頑張って勉強しろよ。じゃないと俺みたいになるぞ」
「なんだかやけに実感がこもっているような……。ていうか、先輩はすぐそうやって勉強のほうに話を持っていこうとするんですから」
俺の力説に千歳は呆れつつも、次の瞬間には真面目な顔になって深く俯いていた。
「でも、確かに不安なことは事実なんですよね。いろんな意味でこれから先やっていけるかどうか」
悩めるお年頃。特に高校生くらいの人間に対し、世の中ではそんな言い方をすることがある。
だが実際は、そういった表現で一括りにできないほど心配事というのは多種多様にある。
俺は何か建設的なアドバイスをしてあげようと試みるも、なかなか提示すべき言葉が思い浮かばなかった。
すると、悩んでいた彼女のほうが先に明るい表情に戻り、考え込む俺に向かってクイズを出題するみたいに言った。
「というわけで、先輩には約束を果たしてもらいます」
なんのことだと俺は首を捻る。千歳の台詞の意味がまるでわからなかった。
そんな様子を見たせいか、こちらを窺う彼女の顔が不満げになった。
「約束ですよ、約束。もしかして忘れちゃったんですか?」
「約束……ああ、約束な。えっ、約束?」
そんなのしたかなと時間を稼いで考えてみたが、動揺もあってか一向にそれらしき答えが出てこず、最終的には逆に尋ねる形になってしまった。
「もう先輩、0点ですよ!」
その結果、可愛くも恐ろしい後輩の千歳先生に、どんなに苦手な科目でも取ったことのない点数を突きつけられてしまった。
為すすべなく狼狽えていると、彼女はむっとした表情をちょっとだけ緩めてくれた。
「まあ、しょうがないですね。できれば自分から言い出したことは自分で思い出してほしかったんですけど、どちらかといえばわたしのほうが頼む立場ですからね。約束さえ果たしていただければ不問にします」
そう言いながら、千歳はソファーの上に置いてあった自らのバッグを手元に寄せた。
未だになんのことかわからず、ただ黙って彼女の動きを目で追っていたら、何やら紙の束のようなものが鞄から取り出された。
その瞬間、即座に思い出した。
千歳はちらっと窺うように俺のことを見てから、おずおずとそれを差し出してきた。
「……漫画……みたいなもの、描いたので読んでください」
そうだった。俺は千歳皐月と確かに約束をしたのだ。
彼女が描くそれが完成したら必ず読む、と。
「ごめん。今思い出した。読むって言ったよな、俺」
「そうですよ。『いつになっても構わない』ってかっこよく決めポーズして」
「いや、決めポーズはしてないだろ。……してなかったよね?」
「さあ、どうでしょうね」
俺の問いかけに、千歳は悪戯っぽく笑みを浮かべた。
まあ、仕方ない。仮に俺がどんなポーズをしていようと過ぎてしまった過去は変わらないのだから。
それよりも今は、目の前の彼女の作品だ。
「ちなみに、ストーリーはどんな感じなの?」
ついつい気になり、あまり良くないことだと理解しつつ先に概要を訊いてみた。
それに対し、千歳は実に堂々たる答えを返してきた。
「ヒーローが最強の敵と戦う話です」
さらに、彼女は挑戦的な笑顔を浮かべて続けた。
「どうです? 興味が湧いてきましたか?」
俺はこくりと頷いた。やはり何かを言うのは読んでからにするべきだった。
「完成させるのは大変でしたけど、描いている間もすごく楽しかったんですよ」
千歳のほうもそこまで言うと、喋るのをやめて俺を見守る体勢に入った。
どうしてだろう。
楽しみだけど、なんだか妙な緊張感がある。
けれど、それはきっと読まれる側も同じ。
だったら、どんな物語だろうと最後まで真剣に向き合おうじゃないか。
――俺は約束を果たすため、彼女が描いた『世界』に手を伸ばした。
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