俺の記憶が正しければ、最後にその場所を訪れたのは彼女と海に行った夏の日まで遡る。
俺の記憶が正しければ、最後にその場所を訪れたのは彼女と海に行った夏の日まで遡る。
学校から漕いできた自転車を停めると、季節を巡って再び暖かくなった春風が優しく出迎えるようにして吹いていた。
俺は足を止め、営業中のお店の外観をなんとなく見渡してみた。
どこにでもあるようなファミレス。
いつでも立ち寄ることができたはずだけど、妙な懐かしさを感じてしまうくらいにすっかり行かなくなってしまっていた。
いつまでも変わらずに存在するであろうもの。
もしかしたらそういったものこそ特別で、いつかはなくなってしまうものなのかもしれない。
そんな未来への想像をちょっとだけしつつ、俺は彼女のもとへと繋がっているはずのドアをゆっくりと開けた。
店内はざわざわと騒がしかった。あっちこっちと忙しく動き回るお店の従業員や楽しげに食事をするお客さんで相変わらず賑わっていた。
待っていると、すぐに女性の店員さんがやってきた。どうやら新入りのようで、初々しく「お一人様ですか?」と尋ねてきた。
俺は丁寧に首を横に振り、待ち合わせている人がいることを伝えた。
まだ姿は確認できないけれど、きっと彼女はそこにいるはずだから。
事情を軽く説明した後、俺は店の奥のほうへと歩き出した。
入り口からはちょうど死角になっている窓際の隅の席。
いつだって俺たちはこの定番のファミレスに来るとその席に座って勉強していた。
だからこそ、もし彼女と再会できるときが来るとしたらそこが一番ふさわしいだろうと、勝手にずっと思っていた。
「元気だったか?」
席に到着すると同時に声をかけると、一人で静かに待っていた彼女は振り向くようにして顔を上げた。
「遅いですよ、先輩」
二つ年下の後輩、千歳皐月はわざとらしくお叱りの言葉を述べてから、懐かしむような柔和な笑みを浮かべた。その風貌は俺が知っている彼女よりもだいぶ大人びて見えた。
「突っ立ったままでどうかしたんですか?」
「いや、別に……」
「もしかしてわたしの顔、忘れちゃいましたか?」
「そんなわけないだろ」
照れくささを誤魔化すように顔を逸らしながら、素早く対面のソファー席に腰を下ろした。
「先輩、お久しぶりです」
「久しぶり。夏のとき以来だな」
一言、二言と短い挨拶を交わした。
それで少し落ち着いて、俺もやっとまともに彼女と向き合うことができた。
「勉強はちゃんとやってるか?」
「えー、いきなりそれですか? もっと他に訊くことあると思うんですけど」
「思いついちゃったんだからしょうがないだろ。で、どうなんだ?」
「まあ一応、少しは努力しています。無事に進級もできましたし」
「じゃあ、来年度からは高校二年生になるわけか」
「はい。ていうか、わたしのことよりも……」
制服姿の千歳は居住まいを正して、改めてといった感じでこちらへお辞儀をした。
「先輩、ご卒業おめでとうございます」
可愛さを残しつつも凛とした態度だった。目の前の後輩は告げ終えると、満足そうに輝く笑みを湛えた。
「……どうもありがとう」
俺は小さく呟くようにお礼を述べた。
安堵感や寂寥感、いやあるいはもっと違った感情だろうか。当てはまる言葉が思いつかないが、とにかく彼女の姿を見ていたら涙が出そうになった。
でも、せっかくの再会の場を湿っぽい雰囲気にはしたくなかった。そこは先輩としての意地もあって必死に泣くのを堪えた。
代わりに俺は吐息混じりに微笑んで、「とりあえず何か食べようか?」と愛すべき後輩に提案した。
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