「先輩、最後に一つだけ訊いておきたいんですけど」
「先輩、最後に一つだけ訊いておきたいんですけど」
夕陽が完全に沈みきる前、夜の帳が下りて辺りが薄暗くなり始めた頃、隣の千歳の声が優しく俺の耳に届いた。
視線を向けると、淡い闇に包まれた顔が妙に大人びて見えた。
巣離れしたような後輩の少女はいずれやってくる自分の未来を受け入れるみたいに、こちらに向けてそっと言葉を投げかけた。
「受験勉強って大切ですか?」
囁くような声で尋ねられ、俺はただ呆然とするしかなかった。
千歳はそんな俺の様子を見て微かに笑みを湛えると、ほんのわずか誰にも気づかれないくらいに小さく首肯した。
「わたし、追試頑張ろうと思います。先輩にここまでしてもらって結果を出せなかったら申し訳ないですし。それからもう二度と赤点を取らないように普段の勉強もちゃんとやります。だから、先輩も受験勉強頑張ってください。合格を祈っています」
覚悟を決めた後輩の宣言に、俺は「了解」とだけ呟いていた。
千歳はもう一度、今度は大きく頷いた。そして、体ごと視線をこちらに向けると、完全に置いていかれた状態の俺に向けて深く丁寧に一礼した。
「今までいろいろとお世話になりました」
「……どういたしまして」
何一つ間違いなどないはずなのに。これで良かったはずなのに。
どうしてだろうか。これほどまでに悲しい気持ちになったのは。
夕陽は最後のシーンにふさわしく水平線の向こう側へと消えていき、後に残ったのは確かにそこに何かがあったことだけを示す残照。
そんな薄暮の空を見ながら俺が密かに泣いていたことに、果たして千歳は気づいていただろうか。
でも、もし知らなければそれでいい。
昔話のラストはそんな感じであることが、多分きっと一番いい。
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