祭りの喧噪から少し離れた場所。

 祭りの喧噪から少し離れた場所。


 闇夜の中にひっそりと浮かぶようにして鳥居が一つあった。


 その前で一礼してから、俺と千歳は奥へと繋がる急な石段を息を切らしながら上った。


 先ほどまでとは打って変わって人の姿はほとんどなく、階段を上り終えたところで参拝を終えたと思われる人たちが一組見つかっただけだった。


 俺たちは手水舎で手を清め、その人たちと入れ替わるようにして拝殿の前まで移動した。


「なんだか雰囲気ありますね」


 微かな灯りしか存在しない夜の境内を見回しながら千歳が感想を呟いた。小さな声であったが周りが静かなせいでよく響いた。


「願い事もここなら叶いそう」


 彼女の納得したようなその言い方は、なぜだか寂しい気持ちが裏に隠れているような気がした。


 俺は何か言葉を返すことのないまま、視線を境内全体へ向けた。


 それほど大きくない神社だったから、建立の由来も知らなければ、祭られている神様についての知識もなかった。


 よって、ここでは学業成就、つまりは試験の合格について祈願することしか思いつかなかった。


 自分の分と、それから千歳の分。


 財布から小銭を二枚取り出して俺は千歳に声をかけた。


「用意はできたか?」


 彼女はやはりどこか憂いを含んだ笑みでこくりと頷いた。


 賽銭箱の手前には階段が数段あった。


 俺たちは無言のまま一歩ずつ歩を合わせて進んだ。


 だが、願う前のそのほんのわずかな時間でも、俺は悩んで考え続けていた。


 どれだけ思考を巡らせても願い事なんて他に浮かばない。


 言葉として表せるものに限れば思いついているものがすべてだった。


 でも、そういった単純な願いはおそらく意図的に作られたものに過ぎない。


 そういうものだからとかそうするべきだからとかいう常識によって生まれた、強制的な希望の姿なのだ。


 だから、真に願うべきなのは……。


 己のために、千歳のためにお祈りしなければならないことはもっと他にあって……。


 お賽銭を投げて鈴の音を鳴らした。


 ぎこちない所作で二度頭を下げ、拍手を二回し、手を合わせる。


 ――だけど、やはり言葉にはできなかった。


 俺は目を閉じて言語化できた願い事を心中で唱え、最後に一礼してその場を離れた。


 それから少し遅れて、随分長いお願いをしていた千歳が俺のもとに駆け寄ってきた。


「お待たせしました」


「じゃあ、遅くならないうちに帰るか」


 千歳は「はい」としっかり返事をして頷いた。薄暗い中だったが微かに見える表情には笑顔があった。


 その顔を見て、俺は彼女に何を願ったのか訊くのをやめた。


 開きかけた口を閉じて俺が静かに歩き出すと、千歳はすぐに俺の隣に並んで寂しさを埋めるようなどうでもいい話をし始めた。


 こんなふうに息抜きをするのもこれが最後。


 ならばせめてこの儚くも楽しい時間を長く味わおうと、俺は祭りの後の夜の帰り道を一歩ずつ丁寧に踏みしめるようにして歩いた。


 いつまでも知らない彼女の願いが叶うことを祈りながら。

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