最初にこのお祭りに参加した高校一年生の夏、俺はまだ高校生活そのものにうまく馴染めていなかった。

 最初にこのお祭りに参加した高校一年生の夏、俺はまだ高校生活そのものにうまく馴染めていなかった。


 当時、俺は入学早々の部活選びで躓いた影響もあり、クラスでの交友関係もあまり広げることができないでいた。


 挫折というには小さい事象だったかもしれない。けれども、その時期の俺は周りで起こっていることすべてに対し、自分だけが置いていかれているような気がしていた。


 だが、そんな俺にも話しかけてくれる奇特な奴がいた。


 思えば、あいつが俺にとってのヒーローなのかもしれない。


 彼はなぜだか知らないが俺のことを気に入ってくれた。最初は顔を合わせたときに挨拶をする程度から始まって、そのうちたまにふらっと俺のところに現れては何気ない話をしていくようになった。


 それが徐々にではあるが繋がりというものを生んだ。彼と喋っているときに彼の友達や知り合いが会話に加わったりすることが出てきて、とりあえず俺にも少し話せる相手みたいなのが数人できた。


 そういった状態で迎えた夏休み前、何人かで集まって話しているときにあいつは言った。


 このメンバーで夏祭りに行こうぜ、と。


 それはほとんど気まぐれな思いつきだった。


 別に「このメンバー」である必然性も「夏祭り」である必要もなかったのだから。


 実際に夏休みに入ってからは、カレンダーに記入した『夏祭り』の文字をなんとなく意識しながら過ごす毎日が続いた。他にこれといった予定もなかったので、自然とその日だけが特別な存在感を示していた。


 そんな経緯もあって、暑い夏の日を繰り返しいよいよお祭り当日の朝を迎えたときは、期待よりも緊張のほうが大きかった。


 高校生活の始まりで思ったようなスタートを切れず、仲の良い友達や仲間、居場所を見つけられずにいた俺にとって、その夏祭りは絶対にミスが許されないイベントになっていた。


 長々と語ってきたところで申し訳ないが、このあとの展開については詳しい説明を省こうと思う。


 だってこの調子で話を続けていたら、いつまで経っても高一の夏から抜け出せなくなってしまいそうだから。


 でも、これだけは言わせてもらいたい。


 すべては杞憂だった。それくらい楽しい思い出になった。


 この夏祭りの日を境に、俺はようやく高校生になれた気がしている。


 事実として、夏休み明けの学校生活もそれなりに楽しく過ごせたし、交友関係も多少ではあるが広がった。あの祭りの日がきっかけだったという証明はできないのだけど、あくまで自分自身の感覚としてそこが分岐点だったという認識がある。


 その後、俺は無事に進級して高校二年生になった。


 仲良くなった友達とは離ればなれになり、件のあいつとも別のクラスになってしまったが、一年生のときに形成したわずかな人脈を頼りにして新しい人間関係をなんとか構築していった。


 そうこうするうちに、高校生になってから二度目の夏がやってきた。


 そして、なぜかまた俺は夏祭りに誘われた。高一のときとは全然違ったメンバーだった。


 とにもかくにも、俺は同じ祭りに二年連続で参加することになった。


 だが、それは決して思い出の焼き直しではなかった。


 前年同様、その内容をつぶさに話すつもりはない。


 けれど語らずとも、高校二年生の夏祭りの一日は「高校二年生の自分」だけが経験したかけがえのない時間となった。


 二度の夏祭りを経て、またそれ以外にも数々の学校行事や他愛もない日常などを送り、いつの間にやら俺は最終学年である高校三年生になった。


 ここからいよいよ話は高三の夏祭り、すなわち「花火を待っている今」に近づきつつある。


 だけど先程も触れたように、俺はこの三度目が訪れるとは思っていなかった。


 そんな余計なことは一切考えられなくなってしまうくらい、高三になってからは別の大事なことで頭の中が埋め尽くされていたからだ。


 それは言うまでもなく大学入試に向けての受験勉強である。


 高校に入学してからというもの、先生や親の言葉、定期的に行われる模擬試験などでことあるごとに意識させられてきたが、三年生になるとその受験という存在はより一層大きくなり、もはや生活がそれを中心に回っていると言っても過言ではなかった。


 そうした状況で夏休みに入れば、ここが合否を左右する重要な期間だと勉強に集中するのは必定だった。


 熱意に欠けていたけど、俺もその一員だった。


 ゆえに、俺の周りで「夏祭り」なんていうワードが飛び出すことはなかった。


 これまでのように誰かに運良く誘われることもなく、夏休みに入ってからの俺は周囲の空気にのまれるような形で受験勉強と向き合っていた。


 そんな渦中に突然現れたのが、千歳皐月という後輩の女の子だった。


 まだ一年生の彼女は定期テストで赤点を取り、夏休みの終わりに三科目も追試を受けなければならない状態だった。


 しかも、その追試の合格も危ぶまれるほどひどい有り様で、俺は自分の受験勉強と並行して彼女の勉強も見てあげることにした。


 始まった勉強会。彼女は毎回サボらずに来てくれた。


 その結果、追試の合格にも徐々に現実味が出てきた。


 少なくとも俺の目には、このまま彼女が高校生としてやっていけるという希望が見えた。


 だから、俺は彼女を夏祭りに誘ったのだ。三度目にして初めて自分から誰かを誘った。


 そして高三の夏の夜、俺は千歳皐月と一緒に花火が打ち上がるのを待っていた。

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