「しかし、よく食べるよな」
「しかし、よく食べるよな」
りんご飴を食べたばかりだというのに、横を歩く千歳の手には彼女の顔ほどの大きさがあるふわふわな白い綿飴が握られていた。
「何言ってるんですか? むしろ先輩が少食なんですよ。綿飴食べずに満足しちゃうなんて」
千歳はもふっとかじりつきながらさらに理由を付け加えた。
「それにわたしはちゃんと準備してきましたから。お昼を少なめにして、夜たくさん食べられるように」
「そんなことまでしてたのか。別にそこまでしなくても」
地元ではそれなりの規模を誇っているとはいえ、全国的に見ればどこにでもある普通のお祭りだ。屋台で売られているものもセオリー通りで特別珍しいことはない。そんなに気合いを入れる必要もないはずだった。
けれど、祭りの灯火に照らされた千歳の顔ははっきりと横に振れた。
「先輩は去年も一昨年も来てるからいいですけど、わたしはこのお祭りに来るの初めてなんですよ。その違いを考えてもらわないと」
言われて、俺は自分が三年連続でこの場所に来ていることを改めて思い出した。
そういえば、聞こえてくる賑やかな祭囃子の出所も、通りに並んだ明るい屋台が続く範囲も俺は知っている。
その知識は過去二年の経験によるものであり、逆に言えばそれだけにすぎなかった。
だが、意外とそういったものが二つ年下の後輩にとっては重要なのだ。
俺の脳裏にふと、初めてこの祭りに参加した高校一年生の夏の光景が蘇ってきた。
高校に入学して数か月。最初の夏休み。
知り合ったばかりで友達かどうか微妙なクラスメイトの男子数人で過ごした夏祭りの日。
どん底から始まった俺の高校生活が途切れなかった要因であるかもしれない一日。
あのとき、もしこの夏祭りに誘われていなかったら今頃は……。
「……と決めたんです。だからわたしは今ここでしか作れない思い出を、って先輩、話聞いてますか?」
過去の出来事を思い出すのに夢中になるあまり、どうやら今の会話がおろそかになっていたらしい。
千歳の呼びかけで我に返った俺は、返事を催促する彼女に謝りつつ説明した。
「ごめん。ちょっと昔のことを思い出してて」
「別に違いを考えてくれるのは構いませんけど、わたしの存在を忘れてしまうのは困ります。完全に独り言みたいになっちゃったじゃないですか」
「申し訳ない」
聞いてなかったのは純然たる事実なので、再び頭を下げた。
すると、千歳のほうもあまり責めるつもりはなかったのかすぐに話を切り替えてきた。
「まあ、それよりもまだ見てないところ行きましょう。時間は待ってくれませんし」
断言しながら、彼女は人混みの中を果敢に歩き出した。
来たからには全部見ておきたい。
今ここにあるすべてを覚えておきたい。
前を行く千歳からはそんな強い意志が伝わってきた。
「先輩、あれとか買ったらどうですか?」
彼女が指差した方向へ視線を向けると、いろいろな種類のお面がびっしりと並べられている屋台があった。
そこには誰もが知るような有名なヒーローのお面も飾られていた。
「欲しいなら買ってくれば?」
「えー、それ暗に自分はいらないって言ってますよね? 先輩なら絶対に欲しがると思ったのに」
俺のつれない反応に、うきうきで提案した千歳は残念そうに肩を落とした。
なんだかとても申し訳ない気持ちになったので、代わりにこちらから一つ案を出すことにした。
「じゃあ、一緒に射的でもやるか?」
「あっ、いいですね。先輩なら絶対にそういうの好きだと思ってました。共闘して大きいの倒しましょう!」
目の前の後輩は途端に嬉しそうな表情になり、意気揚々と拳を掲げて射的の店に向かっていった。
「俺をなんだと思ってるんだよ」
返事は求めず、千歳に聞こえないような独り言として俺は呟いた。
その答え合わせは結局最後の最後までしなかった。
ただ、解答がお互いに違っていたとしても。
それでも、今このときは楽しいという感情はきっと共有できていただろうと信じたい。
夏祭りの夜、俺は千歳の後を追いかけた。
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