祭りの屋台が並ぶメインの通りへと続く道のりはすでに行列になっていた。

 祭りの屋台が並ぶメインの通りへと続く道のりはすでに行列になっていた。


 人員整理がしっかりしているおかげで割とスムーズに移動はできていたが、徐々に見え始めた光を放つ夜店周辺はさらに人で溢れかえっていた。


「この辺りってこんなに人が住んでたんですね」


 先ほど俺が駅に着いたときに抱いた感想。それと同じようなものを千歳も口にした。


 実際のところ、お祭りに参加する人の多くは沿線から電車や車を利用して訪れていた。別に今ここにいるからといってこの近くに住んでいるとは限らない。


 けれどそれを踏まえても、非日常とも言える盛大な賑わいには驚きの声が漏れてしまうものらしい。


「なんだかお祭りに来たって感じですね」


「まだ列に並んでるだけだけどな」


 冷静に突っ込んでみたら、わかってないなと言わんばかりに視線をじっとこちらに向けられた。


「先輩はムードっていう言葉を知らないんですか?」


「英語の問題か。日本語に訳すと気分とか雰囲気って意味だな」


「先輩、わたしのこと馬鹿にしないでください」


 千歳は不満顔でむっと睨む。可愛かったが恐ろしかったのでとりあえず「ごめん」と謝ると、怒ったふりだったようで彼女の表情はすぐに和らいだ。


「先輩も本当はわかっているんじゃないですか? お祭りって何かを食べたとか見たとかそういう経験も大事ですが、一番大切なのは『そこにいること』なんです。いるだけで来た価値があるんですよ」


 確かにそういうものかもしれない。


 あえて言葉にはしなかったが、彼女の意見に心の内では納得できたところがあった。


「だから今日はいっぱい食べますよ。目標はお祭りの食べ物全制覇です!」


「……いるだけでいいんじゃなかったのかよ」


 あの、先ほどの台詞と矛盾してるんですけど、と千歳に視線でお伺いを立てる。


「それはそれ、これはこれです。だってせっかくお祭りに来たんですよ。いろいろ食べたいじゃないですか?」


「まあ、それはそうだけど」


「もの言いたげな顔ですね。あっ、じゃあ先輩だけ何も食べなければいいですよ。わたしが美味しそうに食べるのを隣で見ていてください」


「……謝るから俺にも何か食べさせてください」


「そこまで言われたらしょうがないですね。先輩の勝ちということで一緒に食べましょう」


 勝者、俺。腑に落ちないがどうやら勝利を手にすることができたらしい。


 勝ちを譲ってくれた千歳は勝ち誇った顔をしながら「まずはどれにしましょうか?」と忙しく辺りを見回し始めた。


 屋台では焼きそばやたこ焼きなどの定番なものから、流行のちょっと変わり種な食材を使ったものまで幅広く売り出されていた。しかも漂う匂いのせいか、お祭りが持つ魔力なのか、そのどれもがいつもの十倍増しくらいに美味しそうに見えてしまう。


 とはいえ、全制覇はどう考えても大げさだった。


 お金の問題を抜きにしたとしても、とてもじゃないが全種類の食べ物に手を出すことなんてできない。ましてや千歳なんて小柄で身体の線もどちらかというと細いのだから言うほど食べないだろう。


 そう思っていたのだが……。


「先輩、次はあれにしましょう!」


 あれも食べたいこれも食べたいと付き合わされ、気がつけば俺のほうが先にお腹いっぱいになっていた。


 最終的には「千歳、どうやら俺はここまでのようだ」と本当に千歳が食べているのを隣で見ている展開になってしまった。

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