お祭り当日。
お祭り当日。
朝から夕方まで自分の部屋に籠って受験勉強をしていた俺が初めて外へ出ると、晴れた空はオレンジ色に染まっていた。
夏祭りの会場は家の最寄り駅から電車に乗って数駅という場所にあった。
道中周りを見渡していたら、華やかな浴衣を着た人をちらほらと見かけた。
同じ祭りに参加するのかなと思いながら電車に乗り込んだらさらにその数は増えていき、一駅進むごとに車両は浴衣姿の人で埋め尽くされていった。
さながらそこは「夏祭り列車」とでも言うべき状態だった。
そんな普段とは違う車内を吊革に摑まりながら眺めていると、乗っていた電車がお祭り会場の最寄り駅に到着した。
案の定、浴衣姿の一団は一斉にそこで降りていった。
当然ながら、俺も流れに従って下車した。
だが、降りる直前に車内を振り返ってみると、席にはもうほとんど誰も座っていないことに気づいた。
その侘しい様子を見て、俺はなんとなく「がらがら列車」の出発を見送ってからホームの階段を上った。
改札階に出ると、辺りは人、人、人でごった返していた。
いつもはいったいどこに生息してるんだよ、っていうくらい溢れんばかりの人が騒がしく改札の外にあるお祭り会場のほうへ歩を進めていた。
俺は改札を出ずに邪魔にならない壁際に立ち、すぐ千歳に駅へ到着したことを連絡した。
もしかしたらもうすでに来ているかもしれない。
そう思ってしばらく人混みを見回していたら彼女からの返信が届いた。
〈先輩はわたしを見つけることができません! なぜならわたしがそこに着くのは三分後だからです!〉
千歳らしいなと苦笑しながら待っていると、本当に三分後だったかは忘れたが彼女はちゃんとやって来た。
俺はその登場のシーンを未だによく覚えている。
向こうから小走りでやってきた浴衣姿の女子。いつも見慣れていた学校の制服とは全然雰囲気が違ったせいか、割と本気で誰か別の人なんじゃないかと思った。
だがもちろん、呆然と立つ俺のもとに駆け寄ってくるのは待ち合わせ相手である千歳皐月以外にはいなかった。
「遅れてすみません。浴衣着るの案外手間取ってしまいまして」
息を切らした千歳は軽く頭を下げてから、両腕を広げて着崩れしていないか入念に確認していた。
千歳の浴衣は濃い紺色だった。大きく描かれたお花と蝶々が見る側に優雅な印象を与える。さらに足元には下駄まで履いていた。
ほぼ普段通りの装いの俺とは違い、目の前に現れた年下の女子は見事なまでに夏祭り仕様の出で立ちをしていた。
正直に言おう。俺は彼女が登場したその瞬間から目を奪われていた。
「いいな、その浴衣」
どんなふうに感想を伝えたらいいか迷って、貧困なボキャブラリーで曖昧に褒めた。
「そうですか? まあ、残念なことに姉のお下がりなんですけどね」
千歳はちょっぴり寂しげに視線を落とす。完全に自分のものとは言えない歯痒さがあったのか、いつもだったら積極的に自慢してくるところをあまり見せびらかそうとはしなかった。
でも、俺にとってはそれが誰かのお下がりかどうかなんて関係なかった。
「だとしても似合ってるよ」
俯いていた千歳はおもむろに顔を上げた。
刹那、目線が合ってしまった。お互いすぐに逸らす。
「……ありがとうございます」
「……ど、どういたしまして」
沈黙とお礼。
俺たちがそんな照れくさいやりとりを立ち止まって続けている間も、改札の外へ向かう人の流れは途切れることなく続いていた。
お祭り会場にはこれからますます人が増えていく。混んで身動きがとれなくなる前に移動しておかなければならない。
「とにかく早めに行くぞ。毎年花火の時間が近くなると余計に混むから」
俺はそう提言して、先導するように勝手に前を歩き出した。
こういうときに彼女の手でも握れれば先輩の男として完璧なエスコートだったのかもしれないが、このときの俺ときたら彼女の顔すらまともに見れなかった。
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