「そういえば……あったな」

「そういえば……あったな」


「えっ、何か良い案が浮かんだんですか?」


 あれこれ考えているうちにふとあることを思い出し、俺は携帯を取り出して日程などを調べてみた。


「今年も例年通りやるみたいだ。しかも、運が良いことにちょうど明日開催だった」


 言いながら、前のめりになっていた千歳に画面を見せる。彼女はすぐに「あっ」と興奮気味に声を上げた。


「お祭りですか?」


「そう。多分、ここら辺だと一番大きな夏祭りになるかな。毎年結構人が集まるから夏のイベントとしては申し分ないと思うが」


 写真入りのホームページを見せながら祭りの規模や雰囲気を説明する。遠くから高校に通う千歳はどうやら存在を知らなかったようで興味津々なご様子だった。


「こんなのあったんですね。あっ、打ち上げ花火とかもある。もう最高じゃないですか。ここにしましょう。先輩にしてはナイスチョイスです」


 先輩にしては、は完全に余計だったが認めてはいただけたようだった。なので、俺は表情を輝かせる後輩に向けて鼻高々に言い放った。


「まあ、年の功ってやつだな」


「何言ってるんですか? 二歳しか違わないじゃないですか?」


「その二年の差だってことだよ」


 楽しげながらも抗議の目を向ける千歳の前に二本の指を立てる。


「言っておくが、俺は去年と一昨年の二回、この祭りに参加している。誘われて初めて行ったのが高一のときだったから、その二年の違いが案を思いついた要因ってわけだ」


 適当に先輩風を吹かせていると、千歳の視線がじいっと疑惑を追及するものに変わった。


「先輩、女ですか?」


「俺は男だ」


「真面目に答えてください」


「なんでだよ? ちゃんと質問に答えただろう」


 俺が主張すると、千歳は面倒くさそうに大きなため息を吐いた。


「普通は伝わりますよね? じゃあ、もっと丁寧に訊きます。先輩とお祭りに一緒に行ったのは女の人ですか?」


「いや、男数人のグループだ。二回とも女子は一人もいなかった」


「初めからそう答えればいいんですよ。まあ、わざとやっているんでしょうけど」


 千歳の言う通りだった。小さい男だと思われること不可避だろうが、はぐらかすことでちょっぴり彼女に対して優越感を感じてみたかったのだ。改めて振り返ってみても本当に卑小な人間である。


 当然、その点をもっといじられるかと思ったが、意外にも千歳は下を向いて弱気な言葉を漏らした。


「でも、そういうところに一緒に行ける友達がいるっていいですよね」


 俯く視線からはなぜか憧れの気持ちを向けられた気がした。俺は見えないその羨望の眼差しを打ち消すように手を振った。


「いや、別に羨ましがられるような状況じゃなかったぞ。たまたま運良く誘われて行っただけだし」


「それでも、です」


 譲る気はないとばかりに千歳からは力を込めて言い切る声が返ってきた。


 そう強く断言されてしまっては反論を挟む余地などなかった。ひとまず、俺は長々と当時の経緯を話すのは避けることにした。


 代わりに呼吸を整えて、目の前にいる千歳にそっと声をかけた。


「じゃあさ、一緒に行くか?」


 顔を上げた千歳と目が合う。息が止まる。


 誰かを誘うということに慣れていなかったため、そっけない誘い文句のくせに内心はものすごく緊張していた。


 しかも相手は異性。恥ずかしさに頬が赤くなってしまった気もする。


 だが、鏡などないので自分が相手にどう映っているのかなんてわからない。省みることも後戻りもできず、無防備な状態でひたすらどきどきしながら俺は彼女の返事を待った。


 しばらくぼうっとこちらを見つめていた千歳はやがてふふっと小さく笑った。


「なんですか、その誘い方?」


「慣れてないんだ。悪かったな」


 恥ずかしすぎてそれ以上直視できず、俺は彼女から顔を逸らした。


「別に先輩のことを馬鹿にしているわけではありません。ただ……」


 千歳は意味ありげに言葉を区切る。気になってもう一度彼女のほうを見ると、それを待っていたかのように続きを告げられた。


「ヒーローって案外そんな感じなのかもって思っただけです」


 うんと納得したように頷く千歳。


 一方で、ヒーローのはずなのに完全に置いてけぼりを食らった気分の俺。


 そんな二人の、夏祭りへの参加が決定した。


「そうと決まれば早速準備しないとですね。本番明日ですし」


 俺たちのお祭り談義はその後も続いた。


 参加するにあたって決めておく必要があること。そうでもないようなくだらないこと。ごちゃ混ぜに話し合って盛り上がった。


 話が尽きなかったのは、翌日に控えた夏祭りが俺たちにとって貴重な時間であるとわかっていたからかもしれない。


 受験と追試からは逃れられない。


 ゆえに、夏らしいイベントに参加できるのもこれが最後になる。


 お互いにそう感じ取っていたからこそ、その一回を無駄にしたくないという気持ちが共通して働いていたのではないかと思う。


 昔から、お祭りは幾多の物語を生んでいる。


 古今東西受け継がれてきた伝統と関わった人々の数え切れない思い出が、これから始まる未来のお祭りの高揚感へと繋がっていく。


 今となってはもう過去のものになってしまった俺と千歳の夏祭りの思い出も、きっと誰かの胸の高鳴りに変わっていくのだろう。


 祭りの後の、あの寂しさを後ろに隠しながら。




 これからあなたに話すのは、そんな世界に星の数ほどあるエピソードの一つ。


 俺と彼女が参加した、たった一度の夏祭りの記憶。

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