🏫 幕間の一日の話
その日、俺は朝から昼過ぎまでいくつかの授業に出ていた。
その日、俺は朝から昼過ぎまでいくつかの授業に出ていた。
学校で開かれる受験対策の講座は科目別、レベル別に分かれており、夏休み前に各自で選択できるようになっていた。時間割の組み方は自由だった。
だが、俺は周りに流されるがまま適当に選んでしまった。
結果、実際に夏休みを迎えてみると面倒くさい気持ちが強くなった。選んだ科目数はそんなに多いほうでもなかったのだけど、もっと少なくしておけば良かったと後悔したりもした。
ただ、その分を自分で補完して勉強する気にもならなかったので、それならば強制的にでもやっておくべきだという常識的な考えがどうしても勝った。
それゆえ、一応選択した授業は欠席することなくすべて参加していた。
サボらなかったもう一つの要因としては千歳の存在があった。
勉強をみる、と偉そうに先輩面をした手前、もし俺の体たらくぶりを彼女に見られたらまずいことになる。
想像ではあるが「なんだ、先輩だって勉強サボりたいんじゃないですか?」と今までの鬱憤を晴らすかのように軽蔑されて、先輩としての威厳を完全に失うことになる可能性も否定できなかった。
まあ、もともと威厳なんてあってなかったようなものだし、なんなら最初から俺のことを先輩だと思ってなかったんじゃないかって節もある。
あんなに人のことを「先輩」と呼んでいたくせに。
と、それについては今は問わないでおくことにして……。
それよりも当時深刻な問題だと考えたのは、千歳がそういったことを口実にして勉強しなくなってしまうことであった。
ただでさえ、千歳は勉強に対して意欲的ではなかった。
ちょっとでもこちらが目を離せばノートに関係ない落書きをしていたりするし、教えようとすれば関係のない話を振ってきたりするのだ。
そんな彼女にもし「サボってもいい」という免罪符を与えてしまったら、勉強の「べ」の字もなくなってしまうのは目に見えていた。
それまで千歳との勉強会は順調に執り行われていた。見るからにやる気がないときもあったけれど、文句を言いながらも一度も休むことなく参加してくれた。
もしも、彼女が勉強会に来なくなってしまったら。
おそらくではあるが、この頃の彼女は自分ではほとんど勉強をしないような人間だった。
言い訳を与えてしまえば、学校で行われる夏休み中の補習だって欠席するかもしれなかった。
そうなれば、彼女は追試に受からない。
そして、その先に待っているのは……。
将来の進路ついては様々な捉え方がある。仮に追試が駄目でも俺が思っているような展開にはならなかったのかもしれない。
だけど、俺は悪いほうへ想像してしまうから、彼女にはそうなってほしくなかったから、どうにか夏休みの最後に行われる追試に合格してもらいたかった。
そういった思惑もあり、俺は千歳の前にいるときにはできる限り「勉強熱心な先輩」を演じていた。どこまで装えていたのかはわからないけれど、少なくとも千歳から勉強に対する怠惰を指摘されたことはなかった。
そんなふうに千歳への対策を頭の片隅で考えているうちに、その日の受験対策講座はすべて終了していた。
俺は机の上に広げていたプリントやノート、筆記用具の類をまとめて鞄に入れると、がやがやと騒がしい教室を足早に後にした。
校舎を出ると、太陽が燦燦と輝く夏の青空が広がっていた。
俺は駐輪場に停めてあった自転車に乗り、ちょうど門を出るところだった生徒を何人か抜きつつ、軽快に足元のペダルを漕いでいった。
向かった先は、千歳と最初に出会った日にも訪れたあの場所。
夏の間、勉強会のために俺たちが最も多く利用した、全国どこにでもある普通のファミリーレストランである。
来店する頻度が高くなった理由として、まず学校の近くにあるというその立地の良さがあった。特に暑い中あまり移動したくないという気分のときは、すぐに入店できるお手軽さはありがたかった。
それから長時間勉強したり駄弁ったりしていても許してもらえる寛容なところや、リーズナブルであるというところも重要なポイントだった。
高校生の俺たちにとってはそんな環境さえ揃っていればもう充分で、すべての条件を満たしていたそのファミレスは、今も『定番のファミレス』として千歳との思い出と一緒に記憶に残っている。
残念ながらその店舗自体は、現在はもう閉店してしまったのだけれど。
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