彼女と出会う日は突然やってきた。
彼女と出会う日は突然やってきた。
始まりはいつもとあまり変わらない一日だった。
朝起きて、制服に着替え、朝ご飯を食べ、鞄を持って家を出る。端折った部分はあるがだいたいそんな流れだ。
ただ、その日の朝は大雨だった。
悪天候の日は電車通学と決めていたので俺は自転車を使わなかった。家の最寄り駅まで傘を差して歩き、時刻表通りにやってきた電車に乗り込んだ。
雨が降りしきる中、無事に学校まで辿り着くと、傘立てに傘を入れ、自分が選択した授業が行われる教室へと向かった。
その日の講座は午前中ですべて終わる予定だった。
もちろん時間割は人によって違っていて、普段学校があるときと変わらないくらいびっしりと講義を詰め込んでいる生徒もいたが、俺はそれほど熱心に受験勉強に力を入れていなかったため、どうしても外せない科目だけはとりあえず履修してあるだけの比較的甘々なスケジュールとなっていた。
そうは言っても、空いている時間は学校の自習室で勉強したりして、俺も一応格好だけは周りと同じ受験生をやっていた。
少なくとも、最低限そういう努力はしていた。
そして、正午過ぎ。
午前中の授業が終わり、自習室でその日習った内容をちょっとだけ復習した後、俺は家に帰ることにした。別の講座を受けていた友達と待ち合わせて昼飯を食うという選択肢も検討してはみたが、予定を合わすのも割と面倒なので誘う一歩手前で計画は立ち消えとなった。
昇降口で靴を履き替え、一人で校舎の外へと歩き出す。
午前の間ずっと降っていた雨はそのときには嘘のように上がり、厚い雲の切れ間からは輝かしい太陽が顔を覗かせつつあった。
俺は光の舞台へと導かれるように、わずかにできた陽だまりへ足を踏み出した。
ここからの動作は自分でも驚くくらい自然なものだった。
手に持っていたのは閉じた傘。
刀を差すように、それを腰のところへ持っていった。
その姿勢で静止すると、深く息をつく。
そして、目の前に対峙する果てしない世界を鋭く睨みつけた。
まるでそうすることが定められた運命であるかのように。
それが『敵』に対抗する唯一の手段だとでもいうように。
俺は全身全霊を捧げて、使い道のなくなった傘を勢いよく振り抜く――。
「……って、うおっ、マジか!」
華麗に傘を振り抜いた直後、俺は視界の端で静かにこちらを見て立っている女子を捉えてぎょっとした。
いや、本当にマジかとぎょっとしたのは彼女のほうだっただろう。
いつからそこにいたのかはわからない。
けれど、一年生の昇降口から出てきたと思われるその女の子は、明らかに俺のことを見て動揺していた。
……か、完全に引いてる。
先ほど自分が取った行動が世間から見てどれほど恥ずかしい行為であるか。それはちゃんと理解していた。誰も見ていないと思っていたからこそできたことだ。それが異性、しかも後輩の女子に見られたともなれば受ける精神的ダメージは計り知れない。
正体がばれないうちに逃亡か。それとも言葉を連ねて弁明か。いっそのこと口封じのために賄賂を贈って買収か。
慌てて策を練る間にも、こちらを窺う彼女の視線が痛いくらいに突き刺さる。
というか彼女はまるで俺の姿を目に焼き付けようとせんかのごとく、その瞳をまったく逸らそうとしなかった。
顔を覚えて周りに言いふらそうという魂胆か!
そう思い至ったときには完全に逃げるタイミングを失っていた。もっと早く立ち去っていれば、と後悔するも時すでに遅し。
けれどよくよく冷静になって観察してみると、眼前に立つショートカットで小柄な彼女の瞳には侮辱の色はそれほど感じられなかった。
むしろその逆、憧れとか羨望とかそういった類の眼差しに思えなくもない。
「……見つけた」
小さく呟くのが聞こえた。
まるでこのときをずっと待ち望んでいたような興奮を静かに内に秘めた震える声に、俺はわけもわからずに立ち尽くしていた。
「まさか年上、先輩だったなんて。どうりで周りを探してもいないわけだ。どいつもこいつも敵にやられた連中ばかりで……」
ごにょごにょと怪しげな独り言は続く。
こちらから何か話しかけたほうがいいのだろうか。いや、余計なことはするべきではないかもしれない。
完全に取り残された気分で結論が出ないまま狼狽えていると、俯き加減でぶつぶつと一人で呟いていた彼女は顔を上げて鋭く俺のほうを見据え、こちらに聞こえるようなはっきりとした声で言った。
「やっと見つけましたよ」
そして、答え合わせをするようにしっかりと目を合わせると、嬉しそうににやっと笑いながら、普段の生活では全然聞き慣れないかっこいい単語を一つ付け加えた。
「ヒーロー」
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