04男は儀式からは逃げられない

 男が玄関へと入る。


 ーーパチッ。


 点滅を繰り返し、そして最後には消えていた玄関ライトが再び明かりを灯す。それは、まるで男を部屋へと誘うような絶妙なタイミングであった。


 玄関の土間を照らすLEDの白い光ーー男はその光を前に「やっぱり玄関の照明は電球色のがよかったかなぁ?」などと呑気に呟き、そして靴を脱ぐと玄関の土間から廊下へと上がる。そのまま、まだ明かりの点いていない昏い廊下へと歩みだす。


 その時であるーーバチッ・・・!!!!!


「うわっ!!?」


 大きな音が玄関に響いた。その音と、手を襲った衝撃に男は思わず声を上げてしまう。さほど強い衝撃では無い。例えるなら、冬場の階段を降りようとして金属製の手摺りに手を伸ばした瞬間に襲ってくる静電気のような感じと云えばわかるだろうか?


 しかし、それに驚いた男は手を庇うように胸元へと引き寄せた。


 バチッバチッ・・・!!


 だが、それでも音が止むことはない。明らかに家鳴りなどとは違う、何者かの意志を感じさせる鳴り方である。これこそが、ラップ音という奴なのであろう。そこに込められた意志は、怒り・・・男は音の鳴り方から敏感にそれを感じ取り、背筋に冷たいものが走った。


 不味い! 男は慌てて辺りを見渡す。何をした? おれは、何をしてしまったんだ!? このままでは不味い。彼女を怒らせたままでは、晩のおかずが一品減らされてしまう! そんな考えが男の脳を満たし、その目はギョロギョロと動き続ける。


 バチッ!


 そんな時であった。未だに鳴り続ける音が、ある一点から特に響いてくる事に男は気が付いた。男ははっとした表情でそちらに顔を向ける。


 ーーあぁ、そうか・・・おれは電気の灯りの色のことばかりを考えて・・・。その所為で、男は基本的なことを忘れてしまっていた。この部屋の真の主である怨霊、彼女が決めた様々なルール、儀式のことを・・・。


 男の目に映る光景を見れば、一般的な教育を受けて育った者達からすれば、それはきっと一目瞭然であることだろう。小さな頃に何度もそれをやってしまい、何度も怒られたことだろう。そして、それをやらされたはずだ。


 そう、脱ぎっぱなしの靴をきちんと並べて置くという行為を・・・。


「あ!? ご、ごめん!」


 男はそう言って慌てて玄関でしゃがみ込み、その手を使い一足千円の靴をきちんと並ばせる。もちろん、次に履く時の事も考え、つま先を玄関の扉の方に向けてだ。


 怨霊はその男の行為に満足をしたのか、ラップ音が止み静けさが戻る。だが、だからこそその音ははっきりと聴こえてしまった。


 ぽてっ・・・。


 しゃがみ込んだ男の背後、そこから何か軽い音が聴こえた。先程までのラップ音とは違う、小さな気の抜ける音であった。


 男は恐る恐る背後へと振り返る。すると、そこには・・・きちんと並べられたスリッパがあった。デフォルメされた可愛らしい動物の描かれたファンシーなスリッパ。元々、黒や灰色といったモノクロカラーが好きな男とは、決して相容れることの無い柄のスリッパである。


 そんな柄のスリッパが、先程までそこに存在すらしていなかった物が、そこに置かれていた。これも、この部屋に居るという怨霊の仕業なのだろうか・・・?


 と、ホラー系の動画であればそんな言葉で締めくくり、そして演者はそれを見て驚き叫ばなくてはならない、そんな場面であった。


 だが、それを見た男の心境に驚きは無く、むしろ安堵していた。これが正解で良かった、直すだけで許された、そんな気持ちで一杯だったのだ。


 しかし、相手は怨霊であり、恨み憎しみ怒りと云った感情を募らせた存在である。もし、同じ事を何度も繰り返してしまえば、怨霊は怒りを貯め込み拗ねてしまうに違いなかった。そうなれば、こんな程度では決して許しては貰えなくなる。前に一度、男は怨霊を拗ねさせてしまった事があった。その時の怨霊の怒りと降りかかった祟りを思い出し、男はぶるりと震えるのであった。


 ちなみに、その時は男の用意した怨霊を鎮める為の祭壇に季節限定のフルーツケーキなど各種をお供えしたら怨霊の怒りは収まった模様。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る