第五章 タメ息
それは突然の出来事だった。
大きなサイレンの音が聞こえたかと思うと、ライトバンが歩道に向かって突っ込んできた。
【キャッー・・・】
人々の絶叫に溶け込んだ私の叫びが、タックンの胸に押しつぶされた。
何もわからない内に、私は息子の両腕に抱かれながら歩道を転がっていった。
熱い擦りむく痛みと共にタックンの強い力の中で、私は不覚にも気持ちを弾かせていた。
「大丈夫、ママッ・・・?」
息子の言葉が一瞬、理解できなかった。
ここ何年も聞くことがなかった呼び名。
ここ何年も望んでいた呼び名。
懐かしい呼び名を、私は頭の中で何度も反芻していた。
「ママッ・・ママッ・・・」
泣きそうな表情は、あの頃と同じだ。
私は無意識にタックンをギュッとした。
広い背中は、改めて息子の成長ぶりを実感した瞬間でもあった。
でも、それ以上に。
愛する、かけがえのない息子を抱きしめた快感に酔いしれてもいた。
「タックン・・タックン・・・」
私は人目もはばからず、息子の名前を連呼していた。
何年も我慢していた名前を呼ぶ嬉しさに、全身を震わせている。
タックンも否定せず、そのままギュッとしてくれていた。
ざわめきが静まるころ。
二人は立ち上がり、微笑みを交わした。
抱きしめ合った両腕は、片手同士をつなぎ合い、そのまま歩き出した。
交差点につき、信号待ちだったけど手は離さなかった。
今日一日、タックンと手を繋ぎ合う幸せを私は噛みしめることに決めたのだ。
息子に胸キュンしちゃった。
私は、クスリと笑ってしまった。
そんな私を見て。
タックンも嬉しそうに微笑んだ。
私は心の中で、そっと呟いた。
ゴメンね、パパ・・・。
夕暮れになろうとしている街なかの喧噪が、心地良く耳に響いている。
息子の手の温もりを感じながら、私は幸せなタメ息を漏らしていた。
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