第二章 ママ、じゃなく、お母さん

車のクラクションが鳴り、ビクッとしたママ・・・お母さんが後ろを振り返った。

その横顔が今日の強い日差しに照らされて、一瞬、眩しく見えた。


「何だ達也、まだオフクロのことママって呼んでるのかぁ・・・?」


5年生の夏休み。

クラスの友達にからかわれた。


アイツはクラスの人気者で。

大人ぶった態度は時には腹がたつけど、反論することは出来なかった。


教室で遠巻きに見る女の子達の視線も気になったから。

小学校高学年になってママでもないと、薄々は思っていたし。


それ以来、僕はママのことを「お母さん」と呼ぶようになった。

本当は「ママ」って、呼びたかったのに。


僕は・・・今だけは、ママって言うけど。

ママが大好きなんだ。


いつも繋いでくれる手は柔らかくて、あったかい。

見上げると、優しい微笑みでジッと見つめてくれるんだ。


悔しい事や悲しい事があって。

泣きながら帰ると、両腕を広げて待ってくれていた。


「ママッ・・・」

その中に飛び込むと、ギュッとしてくれる。


僕はその「ギュッ」が大好きで、時にはわざと泣き顔で家に帰るんだ。

大好きなママに抱きしめてほしいから。


パパも大好きだよ。

でも、ママの方が、大、大、大好きなんだ。


だから、友達にからかわれただけで「お母さん」なんてよそよそしい言い方にした僕は、後悔の念でいっぱいだった。

その呼び方にしてから、一度も「ギュッ」が無いんだもの。


今日もデパートを出た時、ママがお昼のことを聞いて来たのにそっけない返事をした。

本当は腕をとって思いきり甘え口調で、食べたいものをリクエストしたのに。


今日はパパもいないし、二人きりのお出かけだ。

まるで、デートみたい。


僕はそんな経験はないけど、テレビなんかで知っている。

大好きなママとのデート。


本当は朝からテンション、マックスだったんだ。

だから、神様。


友達にからかわれてもいいから。

今日だけは、ママに思いきり甘えてみたいんだ。


ダメかなぁ・・・。


僕の小さな願いは、ガヤガヤした音の中で。

タメ息と共に溶け込んでいった。


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