第42話 大詰の一手

 真っ向から向かって来る戦闘機は、バルカン砲という機関砲、アムラームという空対空ミサイルを搭載しているF16ファイティングファルコンだった。


 ついでに言っておくと、スピードは、航空機が時速約800キロに対し、F16は時速約1600キロだから、何をしても、とうてい相手にならない。


 だが機長は、あくまで冷静だった。


 平然と、戦闘機のバルカン砲を回避しようと、とっさに左に旋回すると、F16は真横を弾丸のように、目にも止まらぬスピードで通過し、はるか後方に飛び退いた。


「大丈夫だ!実はと言うと、戦闘機のパイロットはこっちの味方だ!但し、軍から命令を受けているから、攻撃をして来るが、せいぜい命中はさせないだろう!それに、こっちもそれなりに逃げるからつかまっていてくれ!」


 機長が、こっそり知らせてくれた。


 とりもなおさず、F16のパイロットの妻はサルにされていたのだ。


「なんだよ!見世物じゃないんだから……もう駄目かと思ったよ……」


 快斗も慎太も、迫真の空中ショーに、とりわけ胸をどきつかせた。


 こうしたあとも、ジェット機は、機長の言う通り、さりげなく、F16の仮の攻撃を避けながら、万事抜かりなく飛行を続けた。


「メーデー!メーデー!メーデー!エンジンの調子がよくない!フレームアウトを起こしそうだ!引き返します!」


 F16のパイロットが絶叫した。


《ぎりぎりまで付き合ったから、もういいだろう。それに、今から別の戦闘機が来ても、その頃には、ジェット機はアスワンに着陸してるだろう。じゃあな!》


 F16のパイロットは、遠くに、ぼんやりとアスワンの街が見えると、当てずっぽうにエンジンの燃焼が停止するフレームアウトの危険性をわざと指摘して、早々に引き返して行った。


「アスワンが見えて来た!」


《さあ、空港でもうひと暴れだ!そろそろお膳立ての時間だな!》


 ムハンマドは、アスワン空港に、ぞくぞくと集合しているサルのリーダーにメールを打った。


『あと五分で着陸する。予定通り、開始しろ!』


 ジェット機がアスワン国際空港に着陸するやいなや、予想を上回る数のサルが、小規模な地方の空港内で、けたたましい声を上げて大暴れを始めていた。


 何しろ、非番の警官まで出動していたが、どのみち歯が立つ数ではなかった。


 俊介たちは、ジェット機を降りて出口に向かうと、その付近でこそ、よりいっそうサルが暴れていて、俊介たちに限らず、一般の乗客も震えおののいて、あちらこちらに逃げまどい、勝手にどんどん出口から逃げ出して行った。


「今だ!脱出!」


 快斗は、突っ走りながら、空港をしげしげと眺め、とりとめもない言葉が口をついて出た。


「昨日、去ったばかりなのに、すぐ戻ることになるとは……」


 建物の外まで逃げおおせた俊介は、念を押すように切り出した。


「それじゃ、ここで二手に分かれるが、くれぐれも成功を祈ろう!なにせ、次に会う時は、一日前の過去だからな」


 俊介と傑、ムハンマドはゲブの本部へ、それ以外のメンバーは、名入のレストランで待機することになった。


「ダメだ!二度も潜入者になることは許されない!それはスカラベにやられることがことが間違いないからだ!」


 ゲブの本部に顔を出した傑は、幹部からきっぱりと拒否されてしまった。


「こうなると、ゲブの潜入者に決まっている者と、じかに交渉するしかないな。俊介!ありったけの金を出せ!金にものを言わせて説得しよう!」


 なによりかにより、実際に当たってみると、とうに潜入が決定している者たちは、さしあたり次の機会に回ればいいだけだから、傑たちがてこずると思っていた以上に、いとも容易に交渉は成立した。


「それじゃ、儀式はお前たちが出てくれ!化粧の段になったら、交代だ!」


 潜入者の手順の分かる傑は、ひそかに参列者に紛れて儀式に出席したあと、化粧室に向かう途中で交代し、もどかしげに化粧を施されると、すっかり誰かも見分けがつかなくなった。


「よし!上手く言ったぞ!」


 こともあろうに、もう一人分、金を要求された傑は、ついでに俊介も潜入者に加えて、黙ってゲブの車に揺られて、アブシンベル大神殿に送られて行った。


 文字通り、神殿では、昨夜から戻って来たゴバを手に入れようと、サルにされて潜入できなくなったホルスを除いて、ゲブやテトラを始めとするグループが、あちこちから集まって、スカラベとの命がけの戦いに臨んでいた。


 到着した傑と俊介は、毎度お決まりのくじ引きで、決まった順番に従いながら、秘密の間への階段を降りて行った。


 前回とは違い、ゴバは、おごそかに正面の祭壇に鎮座している。


 秘密の間の床に、一歩、足を踏み入れれば、いつスカラベが出現して来るかわからない緊張感に包まれて、潜入者たちはおそるおそるゴバに接近して行った。


 と!突然、無数の巨大スカラベが現れた。


 傑は、前回、全員がスカラベに倒される光景に肝をつぶしたが、幸運にも、自分だけは免れた経験から、どちらかと言えば、スカラベを信用するような態度で、手っ取り早く、ゴバを手に入れて帰ろうと甘く考えていた。


「傑!本当に大丈夫か?」


 俊介は、味わったことのない修羅場を見て、どぎまぎして心配したが、傑は動じる気配は無かった。


「なあに、おれを信じろ!」


 傑は、スカラベを気にもとめずに、まっしぐらにゴバに接近すると、とたんに一匹の巨大スカラベが現れて、目の前の傑を襲ってきた。


 傑は、驚いて、身をひるがえすと、スカラベの爪が傑の腕をかすって、サッと傷口が開き、血が流れ出た。


「えっ!そんなはずはない!」


 傑は、顔をゆがめて、あわてふためいた。


 スカラベは、やにわに近寄って来ると、藪から棒に、もう一撃、傑にくらわせた。


「痛っ!」


 スカラベは、傑の二の腕を傷つけると、真っ赤な血がしたたり落ちた。


「ひょっとして、ゲブの幹部が言った通り、一度、潜入者になると二度は無理だったのか!」


「傑!大丈夫か?話が違うじゃないか?」


 俊介は、たて続けに襲われた傑を見て、たちまち身震いした。


「俊介!俺がダメなら、お前がやるしかないぞ!俊介なら、ゴバを使った経験がある上、潜入は初めてだからな!」


「わかった!やってみる!」


「文字通り、お前に有効な力があれば、黙っていても、スカラベが道を開けるはずだ!」


 俊介は、傑の言葉を信じて、大胆にも、ゴバのある祭壇めがけて走り出た。


 何となれば、スカラベは、瞬時に俊介の眼前に現れた。


《どうだ!前進させろ!》


 俊介が、そう念じた時だった。


 俊介の前に立ち塞がったスカラベは、ぱっと消え失せ、違うスカラベは、けろりとそっぽを向いて、俊介に道を開けたのだ。


「やった!成功だ!」


 俊介は、われを忘れて、祭壇に駆け上がり、両手でゴバを持ち上げた。


《なつかしいな!あの時のごつごつした感覚だ!》


 用意したメモを取り出すと、息が詰まるような不安が頭をよぎった。


《もし失敗したら……このメモをゴバ入れれば、俺たちの記憶は、今のままの状態で、日付はカイロで雉間を捜していた日に戻るはずだが、記憶が戻らなかったら元の木阿弥だ!いや!ゴバを信じろ!》


 スカラベたちは、動きを停止させている。


 俊介は、疑念に打ち克つように、ゴバに入れる内容を口にした。


「まず、おれに傑に、快斗、慎太、都真子、不三、咲、そしてホルスのメンバー全員、雉間と名入も対象だ!過去に戻るタイミングは、昨日の昼の正午だ!そして、記憶は現在のままであること!それに、雉間と名入は犯罪者として捕まることもだ!非常事態の際の確認コメント!そして最後に傑の願い!これは余分だが、仕方ない!」


 俊介は、少年のころに、思い切ってゴバに願いを入れたように、ふたたび、青碧色に輝くゴバに願いを書いた用紙をねじこんだ。


 俊介は、きっかり目を閉じて、過去に戻る瞬間をじっと待ったが、いくら待っても何も起きて来ない。


「大切なことを忘れた!」


 傑が、とたんにわめいた。


「俊介!秘密の間にゴバがあっては、ゴバの力は現れないんだ!神殿の外へ出ないとダメだ!だが、今、外へ出たら、ゲブにゴバを渡さなければならない。ちくしょう!どうすればいいんだ!」


「傑!ゴバの威力が現れるまで、何とか時間を稼ごう!」


「よし!神殿から出たら、急がず、たっぷり時間をかけて、ゲブのテントまで行くんだ!」


 二人は、ゴバを隠すように衣装で覆いながら、ゆっくりと神殿の外へ出ると、ふいに息を飲んで立ち止まった。


「ウーッ!ウーッ!」


 そこには、驚いたことに、警官がずらりと立ち並び、その前に、快斗や都真子たちが、猿ぐつわをされてひざまずいていた。


 その脇には、奇怪にも四人の雉間が立って、俊介たちが出て来るのを待っていたのだ。


「ゴバを手に入れたようだな!命が惜しけりゃ、ゴバをこっちへ渡せ!」


 雉間の周りにいる警官が、真正面から銃口を向けてきた。


「渡せるわけはないだろう!奇材先生の仇のお前に!」


「知らないのか?奇材はお前が殺したんだろう?だから、こうして警察がいるんじゃないか!追われているのはお前だ!」


「バカなことを言うな!お前がでっち上げたくせに!」


「こんなことを話している暇はない!おい!奴を捕まえろ!」


 雉間が、しびれを切らして警官たちに命じた。


 だが、次の瞬間、とうとうゴバの威力が現れた。


 全員の周囲の空間や、それぞれの身体が、みるみる、溶け出した。

 

 雉間は、その瞬間、何かを言いかけた。


「しまった!やつらはもうゴバの中に……」


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