第40話 思いがけない味方

「なによりかにより、勇を鼓して、崖から飛び下りるつもりで、やってみるしかないな!」


 俊介は、快斗の心配を十分承知の上で、挑戦的な口調で、だしぬけにこう提案した。


「それというのも、ゴバの力を借りて、ゴバに願いを入れる以前の雉間を捕らえて、とりもなおさず、奴の手からゴバを奪い取ってしまうのだ。それが可能なら、咲さんや不三さんをほかならぬ人間に戻すことができるはずだ」


 さしずめ、同じことを考えていた傑は、俊介の提案に合いの手を入れた。


「つまり、ゴバを使って、全世界を特定の過去に戻してしまおうってことだな!そこへもってきて、雉間が、まさにゴバに願いを入れようとする瞬間をふん捕まえて、雉間のたくらみを阻止しようというのわけだ!」


「ああ!まさにその通りだ!」


 ことさら慎重な慎太は、とっぴな発想に面食らって、疑念を口走った。


「いや、とやかく言うつもりはないが、実際のところ、ゴバは万能とは言え、いくら何でも、全世界というか、全宇宙の時間を巻き戻すなんて、べらぼうなことができるのか?つまり、そこまでしなくても、ゴバを手に入れたら、不三さんたちを人間に戻し、それに加えて、雉間の願った七つの人生を元に戻してしまえばいいんじゃないのか?」


 俊介の見方によれば、雉間は、狡猾で抜け目のない、一筋縄ではいかない男だと考えていたから、こう付け加えた。


「いや、万が一、雉間の願いが二つだけだったら、それでいいのかもしれないが、その二つ以外の願いを書いて入れたとすれば、厄介なことになるんだ。例えば、自分が過去に犯した犯罪などをすべて、ちゃらにした上、おまけに名入の悪事も白紙にしたかもしれないしな」

 

 俊介の発言を聞いて、とたんに都真子が反応した。


「名入を無実にするって!それはダメよ!名入を捕まえる理由を消されてしまったら困るわ!」


 慎太は、雉間のとうてい測り知れない悪党ぶりを聞いて、二の足を踏んだ。


「そこまで、考えなかったな……」


 俊介は、雉間に止めを刺すための計画について話を続けた。


「もう一度、繰り返しておくと、この計画を成功させるためには、三つのポイントが肝心だ。一つ目のポイントは、神殿に潜入してゴバを手に入れること。二つ目は、どの時点の過去に戻ればよいかを決め、その過去に戻るようにゴバに書いて入れること。最後に三つ目は、現在の記憶をそのまま保ったまま、過去に行くということだ」


 俊介は、二つ目のポイントが、きわめて肝心であり、失敗すれば、当然の如く、同じ未来が待っているのだと力説した。


「雉間と確実に出会って、ゴバを奪うことができるチャンスは三回ある。一つ目のチャンスは、アブシンベル神殿だ。傑を殴って、ゴバを奪うときに、我々が傍にいて傑を守り、同時に雉間を捕まえてしまうことだ。二つ目は、カイロ空港付近で、雉間が名入からゴバを受け取る場所を発見し、そこを取り押さえることだが、問題は、そこがどこかは場所が不明だということだ。三つ目は、高速道路の入り口だ。アレクサンドリアに向かうために必ず、通過するからだ。この三つのどれか一つに絞って雉間を捕まえるんだ」


 都真子は、何やら思いついて、やにわに当たりをつけた。


「アスワン空港で雉間を捜したときに、実際は見つけられなかったけど、こうして事前に分かっていれば、もっと早くホテルを出発して、空港で雉間を捜す時間は十分あったわ。だから、アスワン空港で、ゴバを持ち歩いているときがちょうどいいんじゃないの?」


 俊介は、その時間、咲のファームにいたことを思い出した。


「だとすると、空港には都真子と慎太の二人だけだから、雉間や名入まで捕まえるんじゃ、荷が重くはないか?かりに雉間を捕まえることを優先して、全員で空港に行ったなら、せっかく咲さんが協力してくれるようになって、雉間の行動が見えて来たのに、咲さんを説得して味方につける時間を台無しにしてしまうな」


 話を聞いた咲は、メモを書いて出した。


『もし、現在の記憶のまま、過去に戻るなら大丈夫!説得されなくても、その時点で、今の記憶が残っていて、もう味方になってるはず!』


 不三も、リュックから顔を出しメモを差し出してきた。


『アスワン空港での雉間の行動は私が全部わかる!だから、アスワン空港で貨物係に渡す前に私がゴバを奪うのが、いちばん成功する可能性が高い!』


「たしかに、アスワン空港の段階で、不三さんがこっちの味方になってくれていれば、鬼に金棒よ!」

 

 しまいに、俊介は、取越苦労かもしれないと前置きして、ある心配を指摘した。


「だが、三つ目のポイントで、現在の記憶を維持できるかどうかには、心配があるんだ。たとえば、今現在、都真子や不三さん、咲さんは、新しくゴバの力で生まれた雉間には、違和感をもっていないだろ?」


「ええ、立派な人と思ってるし、今、追いかけている雉間とは別人だと思ってるわ」


 都真子はごく自然に言った。


「実はそれが、ゴバの力でゆがめられた雉間なんだと言っても、信じられないだろう。だから、いつどこで、現在の記憶や本心を忘却してしまわないように、コメントを残しておこうと思うんだ!」


「本心の忘却?」


「つまり、雉間がゴバを悪用した力の方が強くて、万が一、計画が失敗して、おれたちが動物に変えられたり、何でも服従する人間に変えられたりしたとしたら、このコメントを見て、本心を取り戻してほしいんだ!」


 俊介は、スマホに次のようなコメントを打った。


『今、起きていることは、雉間がゴバを悪用して作り上げた、ニセの世界だから、絶対信じるな!解決するには、ゴバを使って、雉間がゴバを使った過去にさかのぼり、雉間を見つけ出して、ゴバの悪用を阻止すれば、すべてを元に戻すことができる。これを忘れるな!』


「このコメントが、過去に戻っても、スマホに残っているように、ゴバに書いて入れるつもりだ」


 俊介は、コメントを全員のスマホに送った。


「あと、雉間は、奴の本当の姿を知っているおれたちの行動が目障りで、ことのほか警戒しているはずだ!それだけに、居場所が分かれば、きっと襲って来るかもしれないから、くれぐれも油断はできないぞ。今夜はカイロに泊まり、明日、アブ・シンベル大神殿に行って、ゴバを手に入れるところから作戦開始だ!」


 五人と二匹は、夜景が川面を美しく照らすナイル川沿いに、いくつも並び立つホテルの一つを宿泊先に選んだ。


「大変なことが起きてるわ!」


 ホテルの部屋に入って、テレビをつけて、雷に打たれたようにおどろいた都真子が、俊介たちの部屋の扉を無我夢中で叩いた。


 快斗も、都真子に言われて、あたふたテレビをつけると、たちまち信じがたい映像に遭遇した。


 そもそも映像では、雉間が世界の大富豪の一人として、ヨーロッパに所有するとされる古城をあしらった豪華な屋敷が紹介されているのだ。


「何だ!こりゃ!雉間の屋敷だってよ!」


 快斗が、素っ頓狂な声を上げた。


 慎太が、矢も楯もたまらず、他のチャンネルも見たところ、何やらいっそう、堪えがたいニュースをやっていた。

 

「雉間が日本の政治家として喋ってる!」


 それどころか、日本最大の大学の学長としてアメリカの大学で講演をしていたり、ヨーロッパのプロサッカーチームのかつての名選手として当時の活躍を報道されているのも雉間だった。


 また、経済番組では、世界有数の実業家としてエジプトのカイロタワーを世界一の高さのタワーにすると宣言していた。


 全員、肝をつぶして、テレビに釘付けになった。


「不三さんが言った通りに、雉間は、六人の雉間となって、それぞれの人生を歩む奇怪な人間になっているわ!しかも、実に不思議なことに、同じ人物なのに誰もが、違和感なく報道しているのはどういうこと?」


 都真子は、とほうもない出来事にすっかりたじろいだ。


 俊介は、今さらながら、ゴバのべらぼうな力の恐ろしさを実感した。


「それが、ゴバの力なんだ!恐ろしい力だ!まさしく、これを許しちゃいけない!どんなことがあっても、もとの雉間に引き戻してやるからな!」


 六人の雉間の姿は、俊介たちにとって、まるで幽霊でも見ているような気味悪さをまき散らした。


 そのくせ、六人の雉間の頭の中では、揃いもそろって、俊介たちへの警戒心の塊がすっかり肥大化し、刻一刻と不安を増大させていた。


 それぞれの雉間は、残りの五人の雉間との間で、常に高飛車な口調で、怒り狂って罵り合った。


「早く奴らをなんとかしろ!俺の本性のことを知っているのは、今や香原木や不三たちの七人だけだ!どのみち、不三と咲はサルに変えたから、あと五人だな。まごまごしていると、ゴバを手に入れて、俺たちは元に戻されてしまうぞ!特に、傑という奴は一度はゴバを手に入れたではないか。生かしておくわけにはいかんぞ!早く手を打て!」


 お互いに、さんざ言い争ったあげく、業を煮やした政治家の雉間が、エジプト警察に連絡して、俊介たちの逮捕に動き始めたのだ。


 真夜中のことだ、突然、都真子のスマホが鳴った。


「お前たち、どういうことだ!香原木が奇材教授殺害の犯人になってるぞ!エジプトの警察が捕まえに行くぞ!お前が香原木を日本に連行しろ!」


 都真子は、上司の鼻田係長からふいに言われて、おどろいたが、おそらく、雉間の仕業だと考えて、はいと言って電話を切った。


「俊介!雉間が私たちを狙ってるわ!」


 都真子から連絡を受けた俊介は、窓から外を見ると、さっそく数台のパトカーがホテルの周囲を取り囲んでいるのが見えた。


 俊介は、快斗たちを起こし、自分たちに、危険が迫っていることを告げた。


「まずいな!このままじゃ、捕まるぞ!雉間の奴め!」


 ところが、どこからともなく、俊介たちに、思わぬ味方が現れたのだ!



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