第37話 ゆがんだ結論

 不三は、雉間と名入に裏切られて、つくづく愚にもつかぬ自分が嫌になった。


《ああ、これまでの私の生き方は何だったんだろう?雉間と名入の奴は、当然のことながら、悪党に決まっているけど、本当のところは、ゴバに振り回された私に非があるんだわ。そう考えると、とりもなおさず、自分を惑わしたゴバという存在こそが根本の悪なのよ!何より確かなことは、ゴバには人間を虜にする力があるってことね。みんな、その力に知らぬ間に振り回されているから、ゴバなんて存在しちゃいけないのよ!私がゴバの息の根を止めてやるわ!それが私にとっての清算だわ!》


 それはそうと、アリは、不三の謎めいた言葉を聞いて首をひねるしかなかった。


《なに!過去の清算だと!どういう意味だ?ホルスを裏切ったことをそっちのけにして、何を今さら清算するというんだ!》


「お帰り下さって結構です。羽衣さんは、荷物を確認してからです。金輪際、トラブルにならないようにお互いに注意願います!」


 警察官のウマルが念を押すように忠告すると、アリとザイドは、ただちに部屋を出た。


 ザイドは、差し出がましくアリに切り出した。


「不三を捕まえて、つき出さなくていいんですかい?アスワン支部長としてのアリさんの立場が危うくなりますよ」


「あせることはない!本部にはおれが上手く言っておくから、大丈夫だ!あの女は泳がせておくんだ!ゴバを持たぬ女は用無しだが、あの調子なら、雉間や名入のもとに向かうさ。あとをつけさせろ!くれぐれも見失うんじゃないぞ!」


「へい!わかりやした!アリさん!」


 ウマルは、ムハンマドがホルスの倉庫から押収したスーツケースを不三に渡すと、不三はケースの中身を引っかき回すように確認した。


「貴重品はそのままだわ」


 ウマルは、外をのぞき込むように見ると、アリたちが待ち伏せしていないことを確認して、不三をせき立てていっしょに部屋を出た。


「では、くれぐれも気をつけて!」


 ウマルが、そう言ったとたん、快斗の騒がしい声が耳に入った。


「ちくしょう!どこを捜してもいなかったぞ!うまく受け取ってアレクサンドリアに出発したんだな!」


 それに加えて、俊介と傑、慎太や咲も、ちょうど戻り、不三とばったり会った。


「待って!羽衣さん!」


 俊介たちを避けるように、さっさと行こうとする不三に、傑が声をかけると、不愉快そうな顔つきで振り返った。


「まだ用が何かあるの?」


 傑は話の腰を折られたような言い方に、いささか憤慨した。


「さんざん、我々を騙しておきながら、そういう言い草はないでしょう!」


 不三は、とげとげしい口調で言い返した。


「騙される方が悪いのよ。私だって、騙されたのよ。はじめはラムリアを盗んだ教授を捕まえるのが役目だったけど、むしろ教授がゴバを手に入れる可能性が出て来たから、ホルスを裏切って教授の側についたのに、それでいながら教授から騙されるなんてね。自分がバカだったのに気づいたわ!そればかりか、私はもっと大きなものに騙されたわ!それはゴバよ!あなたたちも、せいぜい気を付けた方がいいわね。どうせ、ゴバの見えない力の虜になって、ゴバを自分のものにしたいと思ってるんでしょうから」


 傑は、まぎれもなく心を見透かされたように感じた。


《おれも、奴らと同じように、ほかならぬゴバの力に目がくらんだのは間違いないな》


 俊介は、日本で話をした時と比べて、今、目の前にいる不三は、何かは分からないにしても、文字通り、心の中にきわめて大きな変化が生じていることを直感した。


「不三さん!本当の狙いは雉間と名入です!この二人は、日本国内で恐るべき犯罪を犯しているんです!何より肝心なことは、ここで捕まえないと奴らの悪事は闇に葬られてしまうんです!」


「悪事?」


「殺人です!私の恩師を殺害したのは、まさしくあの二人だ!」


「奇材教授を?」


「それに都真子の父親を車で轢いたのも名入だ!どんなことがあっても許しておけないんです!」


「ふん、私にはあの二人がどんな極悪人だとしても私には関係ないわ」


 不三は、俊介の話を聞いても、ろくに心は動かなかっただけでなく、そのくせ、一方では言いようのない怒りにつき動かされていた。


「私は、こうやって人間を迷わせるゴバと、のこのことそれを追いかけるホルスが許せないのよ!ひと思いに、この手で葬ってやるわ!」


 俊介は、話に上がったホルスの目論見について不三に尋ねた。


「ホルスは、かりにゴバを手に入れたら、いったい何をする気でいるんですか?ことによると、ホルスによって有無を言わさず支配する世の中に作り変えてしまうとか?」


 不三は、今考えると、いい加減バカげた世界を考えていたことに気づき、まるっきりお笑い草だとして答えた。


「ホルスの目的はファラオの文明を復活させることよ。かつて、エジプト文明を繁栄させたファラオの集団は、今も世界のどこかで、眠っていると考えていて、もう一度その集団を、この世界に呼び起こすことが目的よ。現代の文明を創造している現代人の集団は、人間より科学を優先して、人間を見下し、人間の不幸を増大させ、どのみち破滅の道を歩んでいるわ。ホルスはゴバの力でもう一度、ファラオの集団を誕生させ、人間の価値を最大に再生する文明を築き、その時にこそ、ホルスのメンバーが、ファラオに仕える地位に就くと考えているわ」


 慎太は、とうてい絵空事と思えない気がした。


「どうにもこうにも、現代の文明は、環境問題一つをとっても、きわめて危うくなっていることは間違いないからな」


 傑も、課題の多い現代社会を見渡した時、現代の文明の行き詰まりが、荒唐無稽なたわごとでは済まされないと訴えるゲブの話をふと思い出した。


「してみれば、ゲブでもファラオによる統治を理想する点は同じだな。何しろ、現在の民主政治じゃ、結局のところ票を集めた人間が統治者になるが、集票能力は、イコール優れた統治能力とは限らないからな。そこへもってきて、一度はエジプト文明を創造したファラオは掛け値なしに、偉大な統治能力を備えた存在として信じられているのさ」


「もしそうだとしても、人間がしょいこんだ問題は、人間が自らの手で解決するべきよ。ゴバに頼ってどうのこうのすることではないわ」


 俊介は、浅はかな雉間が何をしでかそうと考えているのか、ふいに不安になって不三に尋ねた。


「雉間教授は、しょせんゴバで何をするつもり?」


 不三は、神になろうとした雉間の考えを、木っ端みじんに打ち砕いたことを思い出した。


「雉間は輪をかけて悪賢い男だからね。私もとうてい予測出来ないわ」


 慎太が、さしあたり、雉間の性格を想像して当たりをつけた。


「だとすると、ひょっとして、現実的で権力を欲するタイプかな?それとも、奇想天外なことを考えるタイプかな?」


「そりゃ、想像するだけで、嫌な予感がするな。ほいさっさと超人に成ってついでに権力を握ったら、手が付けられないぞ」


 快斗が、真面目くさって言うと、慎太が言い返した。


「いや、変身物ならとっくにやってるさ。すぐに使わないのは、効果が確認できるまで時間が必要な願いだな」


 快斗は、軽率な想像をたたきつけるように言った。


「でなけりゃ、地球人全員を、猿に変えて君臨されたら困るな。相手を変えるか、自分を変えるか二つに一つだ。俺なら、自分をより高く進化させたいけどな。しかし、命懸けでゴバを手に入れて、ただ金持ちに成りたいとかは、いたって普通過ぎるだろう」


 俊介は、慎太が言うように、雉間がゴバを使うタイミングが気になった。


「教授は、いつどこでゴバを使うだろうか?」


 雉間の性格を知る不三は、すぐにゴバを使う可能性を否定した。


「エジプトならどこにいても、ゴバを水から出して使ったとたん、スタイコウチは数分でやって来て、すぐ奪われるわね。それに、水に戻せば、タイコウチは来ないけど逆に力は封印されるわ。つまり、エジプトでは、極めて短時間で実現可能なことにしか使えないから、見境なしに使うことはないわね」


 慎太が、歯切れのよい口調で言った。


「つまり、この分だと、教授がゴバを使うのは、むしろエジプトを離れてからだってこと!」


 不三は、慎太の考えは理にかなっていると思った。


「そうね、エジプトから遠く離れた方が、タイコウチが追ってくるまでの時間稼ぎになるわ。もしそうだとすれば、当然のことながら日本で騒動が起きるから、まさしくあなた方にも影響が出るわね。いずれにしても、カイロ空港の時みたいに、途中でホルスに捕まる可能性もあるけどね」


 やがて都真子とムハンマドが、雉間を発見できず集合地点に戻って、全員が揃った。


「見つからないかったわ。雉間はもう貨物係と会ってアレクサンドリアに出発したのよ!」


「アレクサンドリアとなると私はここまでだ。その男は、なぜアレクサンドリアへ行くのか?」


 ムハンマドは、咲に尋ねた。


「逃げている男は、国外へ持ち出せない不審物を持って逃げているんです。アレクサンドリアではもう一人仲間が待ってるわ。早く捕まえないと、アレクサンドリアから船でヨーロッパに逃げられてしまうわ」


「わかった。アレクサンドリアの警察には私から連絡を入れておきましょう」


 不三は、雉間たちの予定をすっぱぬいて言った。


「奴らが、アレクサンドリアを出港するのは、明朝の八時の予定のはずよ。今から飛行機でアレクサンドリアに飛べば十分、間に合うわ」


「じゃ、車と飛行機の両方に分かれて追いかけましょうよ!こうなったら、奴らの思い通りにゃさせないわ!」


 都真子は歯ぎしりをしていきりたった。

 

「不三さんは、これからどうします?」


 俊介は、火の消えたような表情をしている不三のことが気になって尋ねた。


「警察に出向いて、ホルスのことを洗いざらい話すわ。警察内部にいるホルスのメンバーがどう出るかわからないけどね。それが終わったら、私も早く日本に逃げ帰って隠れた方がよさそうだわ」


「じゃ、私といっしょに、署に行きましょう」


 ムハンマドが、親切そうに言った。


「おや!どこかで見た顔だわ!」


 不三は、顔に見覚えのあるアラビア人が、ちょうど、目の前を通り過ぎるのが目に入った。


「誰だっけ?」


「そうだ!あいつよ!あいつだわ!」


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