第34話 ホルスの男たち
「羽衣さん!」
快斗は、警察官たちの頭を、飛び越えるような大声で叫んだ。
不三は、くるりと振り向いたが、警察官が邪魔して、誰が名前を呼んだのか、いっこうに分からない。
咲も、たちまち抵抗する二人に目が釘付けになった。
「まさか!男の方は名入?……いや、違う!」
「ちくしょう!俺を殴った奴だ!目の上に黒子がある!」
傑は、男の顔をのぞきこむように見て口走った。
二人は、力ずくで空港の建物から連れ出され、無理やりパトカーに押し込められると、同時に別の警察官が、スーツケースを引き摺って来て、パトカーに積み込み、あっという間に、車を急発進させて走り去ったのである。
俊介たちは、予想もしない出来事に面食らった。
「あの二人、出発していなかったんだな。まさか、ここで、追っていた二人に遭遇するとは思ってもみなかった。いったい、なぜ警察が捕まえたんだろう?」
快斗は、あっさり言った。
「それは、当然のことながら、相当な悪事を働いたってことだな」
都真子も、非難がましく勝手な解釈を口にした。
「ははあ、マンドレイクってやつを、傑から横取りした人たちでしょ。だから、それを国外に持ち出そうとして捕まったのよ。ちょうど良かったわ。おそらく傑が手に入れていたら、まさしく傑が捕まるところだったのよ。くどいようだけど、そんな向こう見ずな宝探しからはもう卒業してよね!」
傑は、にんまりした表情を浮かべながら、単純だが、重要な疑問が頭をよぎった。
「だが、二人がマンドレイクを隠し持っているのを、どうやって警察は分かったんだろうか?おまけに、マンドレイクを持っていただけで、あの大騒ぎは、突拍子もなく大袈裟過ぎないか?」
俊介も、文字通り警察の動きに、もってのほか疑いの目を向けた。
「まてよ、考えすぎかもしれないが、警察はマンドレイク自体をじきじきに狙っていたんじゃないか?そもそもマンドレイクを狙うグループは、警察内に広がっているとすれば、二人がひそかに手に入れたのを知って、警察内のメンバーが動いたんじゃないか?」
ゴバの話であるとは、夢にも知らない都真子にとって、俊介たちが、なぜこれほど執拗にマンドレイクにこだわるのか、まるっきり不思議で仕方がない。
「そんなに気になるんじゃ、いっそ二人が連行された警察署に行って、直接、本人から聞いた方が早いわ!くれぐれも同じ大学だと粘って頼み込めば、わずかな時間くらいは、面会させてもらえるかもしれないわよ」
「まさに都真子の言う通りだ!警察署に行こう!」
傑が、即刻、賛成するのを聞いて、快斗はつぶやいた。
「何と決断力のある二人だ!」
一行は、タクシーを拾って、まっしぐらにカイロ警察署に向った。
タクシーの窓越しには、ライトアップされたカイロタワーが見える。
カイロタワーはナイル川に浮かぶゲズィーラ島に、一九六一年、蓮植物をデザインして建てられた地上一八七メートルの高層タワーで、完成当時はアフリカ大陸第一の高さがあった。
都真子は、カイロの夜の街に、ひときわ目立ってそびえているのを見て、むしろ今になって、訪れる時間が取れないことを残念に思った。
カイロ警察署は、煌々と灯かりがついている。
警官がいる前で、身体の大きい慎太を筆頭に、ぞろぞろとタクシーを降りると、快斗がぶっきらぼうに言った。
「俺たちを見ても、からきし何の反応も示さないな」
咲は、何やらもったいぶって答えた。
「カイロは、外国人が多く行き交う観光都市ですから、おそらく日本人などは珍しくないでしょう」
アラビア語の話せる傑が、やにわに警察官をつかまえて、先刻、空港で捕まった二人の日本人に面会をしたいと告げると、若い警察官は、考えこむようにけげんな顔をしたあと、きっぱりと返事をした。
「今日は、日本人なんて、一人も捕まっていませんよ」
「えっ!まさか!そんなはずは……」
《とても嘘とは思えない言いっぷりだ!それに、くれぐれも隠す必要はないはず……》
傑は、途方にくれたような顔で、警察官から言われたことを俊介たちに伝えた。
「なに!日本人の逮捕者はいないって!」
快斗が、素っ頓狂な声をあげると、咲が、険しい口調で付け加えた。
「騙されたわ!奴らは警察官ではなかったんですよ!きっと、ホルスのニセ警官だわ!ことによると、ホルスに情報を伝えたのは、名入かもしれません。つまり、名入は二人を裏切って、逃げようとするのをホルスに知らせて、捕まえさせたんだわ!」
都真子は、名入と聞いて、苦々しい気持ちになった。
「そうなると、二人をどこへ連れて行ったのかしら?地理のよく分からないカイロじゃ、捜すのは無理ね……」
「ホルスの仕業なら、カイロ支部の場所は知っています!」
咲が間髪入れずに言った。
「名入もいっしょにいるなら、逮捕のチャンスだわ!」
俊介は、ぶっつけ危険な場所に足を踏み入れることになると考えた。
「いざという時のことを考えて、カイロ警察の警官にいっしょに行ってもらおう!」
傑を通して、事情を言って依頼すると、意外にも快く応じてくれた。
「出発だ!」
咲がパトカーに同乗して案内役をつとめ、あとからタクシーで追った。
雉間と不三は、ホルスの拠点として用意された頑丈な倉庫の二階に、身体を縛られて監禁されていた。
不三はうろたえた口調で雉間に言った。
「こうした荒っぽいやり方は、まさにホルスに捕まったんだわ……きっとここは、カイロにあるホルスの拠点ね」
「畜生!こともあろうにホルスのメンバーが警察官に変装していたのか。それはそうと、どういうわけか、俺たちの動きをきっかり読まれたのが、いっこうに腑に落ちないぞ。まさか、名入か咲が裏切ったのか?」
雉間は、いかにも悔しそうな顔をして、憎さげな疑いが口をついて出たが、すでに後の祭りである。
けたたましく扉を開けて、二人の男がだしぬけに部屋に入って来ると、一人が雉間の襟首を掴み、いきなり顔を殴りつけて、日本語で言った。
「ラムリアを盗んだ男だな!」
雉間は、反射的に避けようとしたが、まともに拳が鼻先に当たり、とたんに鼻血を出して、ぶざまにひっくり返った。
もう一人の男が顔を見て、雉間であることを確認して、アラビア語で言った。
「ハッサン、まぎれもなく、こいつは捜していた男だ!」
再び、ハッサンが、力任せに雉間の首を絞めた。
「ゴバをどこへ隠した!白状しろ!」
「ハッサン!殺すなよ!ゴバのありかが分からなくなるからな!」
ホルスの幹部ザイドは、ハッサンに命令すると、いくぶん察し取って、雉間に質問した。
「ゴバはスーツケースに無いが、どこに隠した?」
雉間は、絞められた咽喉から、苦しそうにしわがれた声で切り出した。
「俺はホルスの強引なやり方がつくづく嫌になって、がらりと変えてゲブに鞍替えしたんだ。そんなわけで、ゴバはアスワンのゲブの本部にあるよ」
「生意気なことを言いやがって!」
しびれを切らしたハッサンは、隣にいる不三の首を絞めて、容赦のない言葉を不三に浴びせた。
「おい!こいつの言うことは本当か?お前にしたって、ホルスを裏切っただけでなく、それでいながら、この男といっしょにゴバを持ち逃げした罪は重いぞ。どのみちアスワンの本部に連行されれば、命だってどうなるか分からないぞ!」
ザイドは、不三の心理を揺さぶるため、ハッサンが訳して、何やら恩着せがましい言葉を投げかけた。
「俺たちで、お前の命を何とかしよう。好きで裏切りを犯したわけではなく、無理やりに雉間に脅されたことにしてやってもいいぞ。命が惜しいなら、ゴバのありかを吐くんだ!」
なによりかにより、不三の方こそ、スーツケースに入れたはずのゴバがないことを不思議に思っていた。
と、そこへ、もう一人、男が部屋に入ってきた。
雉間はぎょっとして叫んだ。
「なぜ!お前がここに?」
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