第30話 新たなる友情

「ラヒーム!その男は大丈夫か!」


「何やら気絶しているだけだ!」


「我々と同じ、ゲブの潜入者の傑だ!」


 ラヒームと名乗る男は、傑をひょいと背中にしょって外へ出た。


 神殿の外は、すっかり夜も更けている。


 見渡すかぎり、各教団がかがり火を焚き、その明かりで教団旗を照らして目印としていて、潜入者はそれを見つけて神殿から戻って来る。


「ラヒーム!あそこだ!」


 ラヒームの前を歩くもう一人の潜入者のサリームは、ふいにゲブのテントを指さした。


 到着したラヒームは、傑を静かに地面に降ろすと、傑は頭に手ひどい痛みを感じながら、目を覚ました。


「おい!大丈夫か?お前が、おれを助けてスカラベの口に丸薬を投げ込んだことを感謝してるよ」


 ラヒームは、傑にさりげなく感謝の言葉を贈った。


 傑はそう言われて、ラヒームの顔を見ると、どこかで見たことがある男だと思ったが、一方のラヒームも傑を見て気になっていたことがあった。


「なあ、ラヒーム!前にどこかで会ったか?」


「ああ、お前は、ミナガワスグルだろ!」


「えっ、なんで、おれの名前を知ってるんだ?」


「まあ、その前に長老の話が始まるから、話はそれからな」


 長老は戻った三人の潜入者を前にして、ゴバについての特別な伝承を伝えた。


「一つの伝承がある。それというのは、そもそもゴバは、潜入者たちのまぎれもない真実の勇猛さを見たがるという伝承がある。それゆえ、ゴバを得ようとすると、常に現れる恐ろしいスカラベは、ゴバが産み出した幻なのだ。なにしろ、この伝承は、あらかじめ潜入者に知らせては、スカラベが幻である効力を失ってしまい、本当に喰い殺されてしまうため、お前たちにはあくまでも知らせなかったのだ」


 潜入者たちは聞いてどえらい驚いた。


「そんなわけで、お前たち潜入者が、毎度、新人ばかりなのは、この伝承を知ってしまうと、厄介なことに、スカラベに殺されてしまうために、かたくなに潜入者には伝承は伝えないという理由からなのである」


 潜入者たちは口では言い表せない恐怖を語った。


「それにしても、スカラベは幻だったのもかかわらず、俺には、まぎれもなく、恐ろしい本物に見えたよ。仮にも本物の怪物だったら、今ごろ俺たちはあの世行きだったんだな」


 傑は、ゴバの賢さと不思議な力にほとほと感服した。


《そこへもってきて、スカラベが俺を襲わなかった理由は、やはり俺が聞いていた伝承通りだったのだ。結局のところ、俺が一度なりともゴバに願いを書いて入れた人間だったから、おそらく危害を加えなかったに違いない。つまり俺のことを覚えていたんだ。もしそうだったら、次にゴバが戻るその時こそ、俺が手に入れるのはいっこうに容易なことになるぞ》


 傑は、自分の考えは、くれぐれも真実に違いないと勝手に思い込んだが、そこが傑ゆえのマイペース的性格の由来だ。


 長老の話が終わるやいなや、ラヒームが、さっきの話の続きを口にした。


「傑!とても、大事な話があるんだ……」


 ラヒームは、言いにくそうに、煮え切らぬ口調で言った。


「俺は、ある日本人から、金をもらって、お前にすまないことをしたんだ」


「えっ!いったい、何のことだ!」


「俺は、普段はオールドカタラクトホテルのボーイをしてるんだ」


 傑はとっさに思い出した。


「ああ、あの時、オードブルを持ってきてくれたボーイさんだ」


「実は、あの時、部屋に録音機を仕掛けて、お前とお前の仲間の話をしまいまで録音したんだよ」


「えっ!何のために!」


「目的はわからないが、アリのレストランで顔見知りになった日本人の女から、金をもらってやったのさ」


「日本人の女?名前は?」


「サキだ!」


 傑は、びくっと震えておどろいた。


《あの女、どこか怪しいと思っていたが、いったい何者何だろう?》


「わかった。本当のことを言ってくれて恩に着るよ!ラヒーム!」


「俺の方こそ、命がけで俺を助けようとしてくれたことは一生忘れないよ。そんな恩人を裏切れないからな。もうあの女の依頼は受けないよ」


 ラヒームがそう言うと、いきなり帰還の声がかかった。


「夜が明け始めた!見張りを残して、撤収だ!」


 至聖所の秘密の扉は固く閉じられ、翌日の再来を期して、教団の車は残らず、灰色の砂煙を舞い上げて、たちどころに引き上げて行った。


 教団の車に乗った傑は、ラヒームの話にも驚いたが、それ以上に、ゴバを奪われてしまったことを悔しがり、もはやすっかり気落ちしていた。


 いまいましいことに、やっと手に入れたゴバを、ぬけぬけと奪っていった相手のことを思うと、がっかりするやら悔しいやらで、おまけに殴られた頭が痛むことで、とほうもなく許しがたい気持ちで一杯になっていた。


《いったい俺を殴った奴は何者なんだ?流ちょうに日本語を喋っていたな。そうなると他の教団に日本人がいたってことか?なぜそこにいたのか?それとも待ち伏せしていたのか?あるいは他教団のメンバーなのか?繰り返し湧き上がってくる疑問が、もっぱら頭の中を駆け巡った。とは言うものの、ゴバを手にして油断してしまったおれが悪いのだ》


 三人の潜入者は、ゲブの集会所に戻ると、スカラベと戦った勇敢な英雄として、戦いで渡された短剣を栄誉の品として長老から贈られ、最後にゴバのことを知らされた。


「ほかでもないラムリアの花が、いまだに神殿の方向を向いている」


「ゴバは神殿の中にある!次なる者に託そうではないか!」


 傑は、ものうげに唇を噛んだ。


《再び、潜入者になれば、スカラベに攻撃されることなく、間違いなくゴバを手に入れることができるのに!だが、二度目の潜入者になることはできない。まてよ!祭壇にはないはずだから、あの二人が持って神殿の中にいるはずだ》


 潜入終了の儀式が終わると、傑はただちに自宅に戻った。


《ああ、ホテルで、しびれを切らして待っている俊介たちに、ゴバを手に入れるのは成功だったが、怪しい日本人らしき奴らに、よりによって、ゴバを横取りされてしまったと告げなければならないのは、くれぐれも間抜けな話だな》


 傑は、ベッドの横になると、秘密の間での激しい疲労と、ろくに手当てをしていない殴られた箇所の頭痛から、もはやすっかり身体が動かなくなり、むさぼるように深い眠りに落ちてしまった。


 ホテルでは、まさにその通り、俊介たちが、矢も楯もたまらずに傑が無事に帰還するのを首を長くして待っていた。


 都真子はラウンジに俊介を呼び出した。


「ねえ、名入の逮捕について何かいい方法はないのかしら?このままじゃ、名入をぬけぬけと放っておいたまま帰国しなければならないけど、あいつが犯人なのは何より確かよ。意地でも捕まえたいわ」


 都真子はむきになって言った。


「もちろん俺もそのつもりだ。あくまで、公式な証拠はないのだから、俺たちで奴をしめあげて泥を吐かせるしかないな。いずれにせよ、もう一度、奴を捕まえにエジプトに来るしかないな。いつエジプトに戻るかわからないのに、このまま待っているわけにはいかないだろう」


「次に来て、顔を合わせた時に、そこで事件の話を持ち出し、名入が事件を後悔しているなら、自首させるのがいちばんベストね」


「だけど、当然のことながら、名入があくまでしらをきるなら、力ずくでも、とっ捕まえて帰るしかないさ」


 俊介と都真子は、名入の良心に期待することで解決を図ろうと決めた。


 昼食の時刻になったが、傑はいっこうに現れない。


「予期せぬことがあったのか!」


 俊介は、そうと思うと気が気ではなかった。


 快斗も慎太も最悪のことを考え始めていた。


「いったい、どうしたんだ、傑は?まさか、失敗したのか?」


「ひょっとしたら、スカラベに襲われてしまったのか?」


「傑の身に何かあったら、取り返しがつかないぞ!」



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