第13話 快斗からの情報

 都真子は、浩二の顔を見たとたんに、父親の苦労がいっぺんによみがえり、堪えがたい動揺が心の中で渦巻き始め、写真を持つ手は震えていた。


 都真子は、それでいながら、あくまで表情に出さず話を続けた。


「浩二さんは、しっかりしたお顔をされていますね。今、おいくつになられるのですか?」


「もう、三十は過ぎたかしらね」


「名刺を置いていきますので、もし外国から戻られたら、ご連絡くださいね。今日はどうもありがとうございました。参考になりましたわ。お婆さまもお元気でね」


 そう言うと二人は、足早に玄関を出た。


「犯人は名入浩二ね!」


 とりわけ感情を抑えていた都真子は、やにわに俊介に向かって、しぼりだすような声で言った。


「海外に逃げたってことね!だから、いくら国内を捜しても見つからなかったんだわ!いずれにしてもTS1はすごいわ!十年間、あれほど、わからなかった事件の犯人がたちまち見つかるんだから!」


 都真子は、犯人に目星がついたことを、できることなら父親にすぐにでも報告したかったものの、あくまでも非公式な話であることから、それはできないことは十分承知していた。


《必ず、見つけてやる!》


 俊介も、見るからに明るくなった表情の都真子の顔を見て、どんなことがあっても犯人を捕まえる決心に立った。


「くどいようだけど、何よりも肝心なことは、これから本格的な戦いが始まるんだ。どうやって見つけ、どうやって捕まえるかは、人間とTS1との知恵比べだ!」


 二人が車に乗り込むと、ふいに俊介のスマホが鳴り、快斗からの元気な声が聞こえた。


「やあ!エジプトの試合から帰ったよ。耳よりな情報があったぞ!三人で会えないかな?くわしいことはそのときに!」


「ああ、引き受けた!決まったら連絡するよ」


 何しろ、三人のスケジュールの調整役はいつだって俊介だ。


 俊介は都真子にも快斗からの連絡を伝え、そのあと、ただちに慎太に連絡して、一週間後、いつもの銀座のレストランを予約した。


 一週間は、たちまちやって来た。


 当日は、台風の接近もあって、朝から雨が降っていたが、思いのほか店内は混雑していたが、そのくせ個室に入るととたんに静けさが漂い、それだけに落ち着いて話せる雰囲気があった。


 たまたま、俊介が最後に到着すると、ほかでもない快斗も慎太も席に座ってビールを飲んでいた。


「おやっ!二人とも日に焼けすぎて、顔が真っ黒だな。どこが目か鼻かわからないぞ」


 俊介がわざと冗談をとばすと、快斗もにんまりして言い返した。


「なに、お前こそ、夏の真っ盛りに色白でどうしたんだ?さしあたって事件がないのか?」


 慎太もついでに口をはさんだ。


「じゃ、足して二で割るか?」


「ええっ、お前らと足されるのはごめんだな。気持ち悪いぞ」


「ハハハッ」


 俊介も冷えたビールを注文した。


「乾杯!」


 三人は一気に飲み干した。


「久しぶりに傑の実家に行って来たよ」


 俊介が言うと、快斗はなにやら心配して聞き返した。


「傑の情報でもあったのか?傑の母さんの身体の具合でも悪いのか?」


「いや、父の会社の海産物を届けただけだ。傑の母さんは今となっても、いっこうに再発は無いから、すっかり完治したんだな。それでなくとも、傑のやつ、自分の念力で母親の病気を治したって、ぬけぬけと冗談で姉の和美さんに言ってただろ。ほかでもないが、このごろは和美さんの方が、あべこべに自分の念力で傑を探すって冗談を言ってたよ」


「なるほどね、傑の願いがゴバに届いたおかげで、文字どおり母を助けてもらったわけだろう。当然のことながら、姉弟だから無意識に分かるのさ」


 慎太がスピリッチュアルめいた言い方をすると、快斗は首をかしげた。


「ふーん、おれは妹には、からきし何も感じないな」


 慎太はせせら笑った。


「それは、お前が鈍感なだけだろう」


「ハハハッ。言えてるな」


「傑は、どんなことがあっても、絶対、俺たちで見つけよう!」


 快斗がぴしりと言うと慎太も言った。


「俺も同感だ。それが友だちってもんだろ!」


「だってさ、俺たちは、とうの昔から、さんざん四人でつるんでやってきたからな。だとしたら、妙に気があったんだよ。むしろ大人になっても、こんなふうに関係が続くのは珍しいのかもしれないな」


 慎太が、昔を振り返ってうるわし気に言った。


「ああ、よく続いてるなって人からも言われるよ。そりゃ、仕事も生活も変わると、時を追うごとに、だんだんとバラバラになるのさ。だとすると、俺はこの関係を大事にしたいな」


 快斗も、言わば幼い頃から、そうした四人の友人関係に身を置いていることを、つくづくうれしく思って、ひときわ紅潮して言った。


 慎太は、おもむろにグラスを掲げて、乾杯の音頭を取った。


「よし、俺たちの友情に乾杯!」


「乾杯!」


 こうして三人の心は、そこにはいない傑を、もろともに中央に置いて、あたかも友情という感情で団結した。


「ところで、エジプトはどうだったんだ。何か収穫があったらしいな?」


 慎太が尋ねると、快斗はにんまりとうなずいた。


「カイロからアスワンをとんぼ返りさ。何より肝心なアブ・シンベル神殿は見学してきたよ。ちょうど遺跡を研究する外国の研究者たちや日本の大学のグループといっしょになったが、ゴバにまつわる話はまるきり出なかったな」


「本当に!ほかならぬ現地だったら、ゴバの話って、ごくごくメジャーな話だと思っていたのにな」


 慎太は、現地の反応を聞いて、いささかがっかりしたが、快斗はさも思わせぶりな表情を口元に浮かべた。


「なぜなら、それには裏があったんだよ」


「えっ!裏って?」


「それというのも、帰りの飛行機の中で、思いがけず東央大学の研究グループと席が隣り合わせになったのさ」


 俊介は、心ならずも、苦々しい気持ちがいっぺんによみがえった。


「俺の出身大学じゃないか。考古学研究所のやつらだな。まさか雉間という教授もいたのか?」


「教授のような人は、おそらくいなかったと思うが、知り合いか?」


「ああ、言うなれば俺の恩師ときわめて険悪な関係の人だ」


「そこへもってきて、羽衣さんという人と雑談をしていたら、おどろいたことにゴバのことを知っていたんだよ。その人が言うには、何よりもゴバの話題を現地でおおっぴらに持ち出すと、どえらい危険なことになるって忠告されたんだ」


 俊介は、聞くからに、いささか大袈裟な言い方だと思ったが、ゴバの影響力を考えるなら、あながち否定はできない気がした。


「まさにその通り、ゴバを手に入れたら、たちまち、その人の人生を変えてしまうだろう。そればかりか、悪用されたら人類の歴史を変えてしまう恐ろしい力があるからな。それで、他には何か言っていなかったか?」


 快斗は、もったいぶった態度で、いくぶん話のトーンを上げた。


「えへん、話の中でちらりと出たんだが、何しろ現地にはひそかにゴバを手に入れようと狙うグループがいくつもあって、そうしたメンバーの中に日本人がいるというんだ」


「えっ!どんな日本人なんだ!くわしい情報はあるのか?」


 快斗は、重要な情報があると言わんばかりの顔をした。


「いや、年齢や性別さえ不明なんだけどな。確かなこととして、その日本人がグループに入ることができたのは、ゴバを見た経験があるからだというのさ」


 俊介は、目を丸くしておどろいた。


「えっ!それって!まさしく傑のことじゃないか!」

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