第11話 タイムスクリーン1号機

「放火事件の解決に、ほかでもないTS1を使わせてくれない?」


都真子はいささか熱っぽい口調で俊介に言った。


 それというのも、たいていの放火事件ときたら、他の事件に比べてどういうわけか証拠が残りにくく、いたって捜査が難しい事案であるために、都真子もTS1に望みを託したのだ。


「ぜひとも、TS1でこの事件を解決したいのよ。さしあたり、明日の夕方、西町の放火現場に一緒に行ってくれない?」


「ああ、わかったよ。どのみち明日も休暇を取ってるから、TS1をたっぷり充電しておくよ」


 こうしてTS1は、初めて現場で使われることが決まった。


 都真子は、なにやらすっかりTS1に期待して、深夜のジャングルハウスから帰って行った。


 翌日、いくぶん暑さのおさまった夕方、都真子は、こっぴどく焼けたアパートに俊介を案内し、手短かに火災の様子を説明した。


「ほら、このアパートはね、なにせ築年数が古いこともあって、ひときわ火の回りが早くてね。放火された後、瞬く間に、建物全体に火が回って、煙と熱に気がついた住人が次々と飛び出て、あたふたして消火を始めたんだけど、そのときはもはや手遅れだったのよ」


「ああ、きっと、ガソリンのような火力の強い火種だったんだな」


「そう、ガソリンが原因よ。そんなわけで、火が建物を覆い、玄関からも火が噴き出したところへ、ちょうど消防車が到着したんだけど、狭い路地に手間取って、思うように消火がはかどらなかったのよ。それでも何とか、延焼は食い止めてね。でも、死人こそでなかったけど、アパートは全焼して、十人以上が火傷や怪我をしたわ」


「そう、それはひどい話だったね。それじゃ、TS1を使ってみよう。向かいにある桜の木がいいな。それはそうと放火事件があったのは、いつのことだっけ?」


「ええと、おとといの夜の十時半よ」


 俊介は、バッグからすごすごとTS1を取り出すとスイッチを入れ、何より肝心な時間軸をおとといの夜の十時半にセットして、TS1の本体をアパート側に向いた桜の幹に当てると、本体に付いたモニターをのぞき込んだ。


「さて、映像の開始直後はこの桜の木にとって、とりわけ印象的なシーンが飛び出るから、おどろいて腰を抜かすなよ」


「ああ…この前の…廃材を男にかぶせた事件のときみたいなやつね」


 二人は、おそるおそるモニターの画面を眺めていると、突然、しわくちゃな顔面に赤黒い火傷を負って、はげしい苦痛に顔を歪める老婆の顔のアップが映った。


「おっと!いきなり、すごい形相だ。住民だろうか?この桜の木まで逃げて来ているな。ということは、すでにもう火災が発生してしまっているな…いくぶん時間を戻さないと…」


 というわけで、俊介が、ふたたび時間軸を調整すると、モニターには様々な色粒の粒子が流れたが、しばらくすると鮮明な画面に戻り、なにやらアパートの一階を動き回る一人の男が映った。


 やけに落ち着きのないその男は、アパートの各部屋の玄関前に積んである雑誌や新聞紙、ごみ袋などに向けて、言わば手当たり次第にペットボトルに入った液体をありったけ振りかけ、こともあろうにライターで火を付けている姿が映ったのである。


「あっ!これだわ。すごい!ほら、犯人が映ってるわ!まって!この男、どこかで見覚えがあるわ。そうよ、以前スーパーの万引きで捕まえた男だわ。まぎれもない鹿川って奴よ!」


 都真子は、こうした犯行現場がドラマのように再現されるという信じられない映像を見て、まさしくおどろいた。


 男は、勢いよく燃え上がった炎が、たちまち建物に燃え移るのを満足げに確認すると、ただちに現場から走り去った。


「じゃ、どうやら犯人の名前も、住所も、わかるわけだね?」


「すごい!どっちみち、ここまでわかれば、ゆくゆくは見つけて逮捕するだけだわ」


 都真子は、TS1のすごさを、つくづく身をもって知った。


 俊介は、TS1の映像を切ってバッグにしまうと、ためらいがちな口調で都真子に言った。


「でもね、なによりかにより、ここからが大変なんだよ。とりもなおさずTS1の映像は、いざというときには証拠には使えないからね。何より肝心なことは、どうやって犯行を証明する本物の証拠を見つけるかだよ」


 都真子は、何しろ犯人が分かって、ことさらうれしかったが、正直なところ、鹿川が犯人である明らかな証拠は、今の時点では手にしていないのだ。


「だとしたら、鹿川の自宅を捜索すれば、何かしら証拠をつかめるはずだけど、だいいち勝手に踏み込めないしね」


「そこなんだ。どちらかといえばTS1を捜査に使う場合の弱点は、たちどころに犯人がわかったからといっても、ただちに手が出せないもどかしさにあるんだ」


 都真子は、むしろそこからが、どんと一突きできる人間の知恵が必要になることを実感した。


《それにしても、早く捕まえないと、またぞろ被害が増えてしまうわ。しかるべき、いい方法はないものかしら?それというのも、一度、そういう方法を見つけてしまえば、TS1を使った時にはいつだって応用できるというものね》


 とはいうものの、都真子も俊介も、思いのほか試行錯誤におちいったが、やがて俊介が思いついた様に言った。


「何か方法があるとすれば、いずれにせよ何か理由をつけて犯人に会うことがだいいちじゃないか。それに加えて、犯人の性格や生活の様子について証拠につながる情報を集めるのはどうだ」


 都真子も、犯人に直接、接触して情報を収集することは、当然のことながら、やるべきことだと思った。


「もっとも、警察官として会ったら、間違いなく本人は警戒するわね。とどのつまり、犯行が発覚したと勘違いして逃走してしまうとむしろ厄介だわ」


「そうなると、いきなり会うのは駄目だな。こういう手合いは、警察官だと名乗らなくても、いささか勘のいい奴なら、あわてて行方をくらます可能性があるからな。それじゃ、ありきたりだが、周辺住民の聞き込みから開始して証拠を見つけるのはどうだ?そこへもってきて事件当日の本人の足取りを追えば、何か証拠につながるものが見つかるかもしれない」


「うん、ことによるといい方法かもしれないわね。鹿川が放火先をどうやって目星をつけたのか、あるいは放火用のライターや着火器具をどこで購入するのか、決まった店があるのかもしれなしね。そうすれば、犯行に至る経緯がわかって、放火を実行する日も割り出せる可能性もあるわ」


 なぜなら、鹿川の放火のペースが、この一か月で三件に上ることを考えて、言うなれば十日に一回の割合でひんぱんに放火を繰り返していると分析していた。


「確かとは言えないかもしれないけど、放火事件に習慣性があり、むしゃくしゃした気持ちが積もり積もってくると、それを一気に解消するために放火をしているのかもしれないわね」


「だからこそ、あらかじめ放火を実行する日を予測して鹿川を尾行すれば、きっかり犯行現場を押さえて現行犯で逮捕できるぞ」


 それだけでなく、俊介は、これといった理由もなく鹿川を容疑者として尾行することを、いったいどうやって周囲に理解してもらうのかも考えてみた。


「じきじきに鹿川を尾行するには、れっきとした理由が必要だろう。それをどうするかだが、そもそも現場の野次馬を写した写真の中に、毎度、鹿川は写っていないのか?もし写っていれば、放火犯は犯行現場に戻るという理由をつければいいだろう」


「ええ、わかったわ。写真はすぐに調べてみるわ。おまけに自宅の玄関先にガソリンの容器でもあれば、しごくもっともな理由になるわね。鹿川は間違いなく犯人なんだから、それならいっそ自分からボロを出してくれることに期待したいわ」


 事件解決の方向が開けた都真子は、さもうれしそうに帰って行った。


 翌日、都真子から俊介に連絡が入った。


「予想通り、野次馬の写真に鹿川がちょくちょく写っていたわ。それを理由に尾行を許可してもらったから、ついでに鹿川の自宅アパートに行ったら、ちょうど玄関先にガソリンの臭いのする給油ポンプがあったわ。ペットボトルでガソリンをまいてたから、おそらく自分のバイクから移し替えてたのね」


「おお、予想通りの展開になったな。それじゃ、逮捕する際は、くれぐれもガソリンの入ったペットボトルをいきなり投げつけられて、まともにガソリンを浴びないように注意してな」


 俊介は、何があってもひるまず突進する都真子に、不安げな口調で注意した。


 そこへもって来て、夜半、都真子から連絡が入った。


「鹿川を尾行中よ!いよいよ今夜、事件を起こすつもりよ!」

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