第6話 タイコウチ現る
「実はおれ、どえらいものを発見したんだ!そのおかげで魔法が使えるんだよ」
「えっ!嘘だろう!どういうこと?」
みんな、ぎょっとするほどおどろいて、食い入るように俊介の顔を見つめた。
「でも、本当なんだ。先週、釣りに行った時に、実に不思議なことに魔法の袋を釣ったんだよ」
「でも、早めに帰ったじゃないか?なにしろ、ろくに釣れないのにさっさと帰るっていうから、俊介にしてはおかしいなって思ったよ。まてよ、じゃ、あの時の海藻が魔法の袋だったのか?」
「そうさ。あの海藻の束が貼りついていたのが魔法の袋だったのさ。おれ自身、信じられなかったよ。じゃ、今から見せるよ」
俊介は、押し入れに上ると天井裏からスポーツバッグを降ろしてきて、すごすごとみんなの前に置き、すーっとファスナーを開けると、たちまち、透き通るような碧色をした物体が顔を覗かせたのである。
突如として、あらわになったゴバの姿に、少年たちの目は釘づけになった。
それに加えて、見たことのない奇怪な姿に肝をつぶして、おそるおそる遠目に見ながらに、謎めいた形や材質に至るまで、あたふたしながらゴバを眺めた。
「ええ、おどろいたな!これが魔法の袋?表面にごてごてした模様や文字みたいのがびっしり描いてあるぞ!」
「言うなれば、エジプトの象形文字だ。ほかでもないこの袋はエジプトが発祥だ。名前は、ゴバっていうのさ」
見るからに謎めかしい物体ではあるが、抜け目のない快斗は、正直なところ、魔法のほうに関心がいっていた。
「俊介!願い事って、神社みたいに拝めばいいのか?」
「いや、自分の願い事を紙に書いて、ゴバの中に入れるだけだ」
俊介は、自分で体験しているにもかかわらず、それでなくても余りにも容易な方法なだけに、むしろいっそうゴバの信じられないほどの的確な力につくづく恐ろしさを感じていた。
「ただ、それだけでいいのか?」
してみれば、説明された方の少年たちも、取るに足らぬほどの方法を聞いて、どのみち半信半疑の顔つきになっている。
「じゃ、さっそく、やってみる?」
とは言うものの、俊介にいきなりそう言われても当然のことながら、少年たちはいざ願い事を書くとなると、わけのわからぬ心細い気持ちにおそわれた。
「だいいち、あの僕が、足が速くなったのと、算数が得意になったのを明らかに見ただろ。間違いなく願いは叶うよ!」
俊介が自信をもって言うのを聞いて、能天気な快斗の心は、もはやすっかり期待で膨らんでいる。
「だとすると、俺は、今夜、サッカークラブの練習に行けば、きっと、そこで証明されるな」
そこへいくと慎太は、性格的に快斗とはまるっきり反対に慎重で心配性なため、とりわけ不安が先行している。
「だってさ、俺は快斗と違って野球のクラブチームだからさ…、チームでレギュラーに入って、試合に出たいと思うけど…、サッカーは良くて、野球は駄目ってことはないかな…」
「ああ、そんなことはないはずだよ。本心で思っていることが叶うって、まさしくゴバの精から聞いたよ。ついでに言うけど、本当のところ、今夜、ゴバは無くなってしまうんだ。ゴバの守り神がじきじきに取りに来て、れっきとしたエジプトの神殿に戻すことになっているんだよ。もう、ゴバとは金輪際、出会うことはないだろうから、こうしてみんなに書いてもらうのさ」
俊介に、いささか残念な表情が口元に浮かぶと、知りたがりの傑は、守り神という存在の怪しさに心が惹かれた。
「ははあ、守り神って、どんな姿なんだ?」
「まあ、なにしろ来てみないとわからないけど、実は、俺もよくは知らないんだ。だってさ、虫の大群なんだよ」
傑は、虫と聞いて、いささか意外な存在におどろいた。
「えっ、それじゃ、守り神って虫なのか?」
「タイコウチっていう虫だよ」
「タイコウチ?」
「そうさ、タガメってわかる?水の中で見かける昆虫さ。その仲間だよ。ゴバを追い求めてはるばるエジプトから来るんだよ。こともあろうに地面の中を進んで来て、ゴバを探し出して、エジプトの神殿に戻すんだ。まるきりスリラー映画の中の話みたいだけどな」
少年たちは、ゴバにまつわる不思議な話を聞いて、とどのつまり、ゴバに願いを託すことについて崖から飛び降りるような気持になっていた。
さしあたり俊介は、これはもうあまり時間がないことを説明して、惜しげもなく自分のノートを破って一人一人に渡した。
少年たちは、まぎれもなく俊介がすでに証明していることを思い返して、どうにもこうにも勇を鼓して、先ほど表明した願いを書き、各自がゴバの開いた口の方から中に入れたのである。
「えい!怖いけどあとで見に来るからな!」
少年たちによるゲームの予定は、一転して中止になったが、願いの実現の約束を手に入れると、思いのほか気を使いすぎたのか、げんなりした様子で、口で表せないような疲れを背負ってすごすごと帰って行った。
みんなが帰ったあと、タイコウチの大群がやって来る時間が刻一刻と近づき、俊介はだんだん恐ろしさが増してきて、夕食も満足にのどを通らなかったが、勘のよい姉には、どんなことがあっても気付かれまいと、頑張って食べ物を口に詰め込んだ。
そのあと部屋に戻った俊介は、ゴバにメモを入れて、フェルを呼び出すと、たちまち姿を現わしたフェルが言った。
「やあ、俊介!ゴバは、くれぐれも土の上に置くようにしてくれ。畑は夏野菜があちこちに植えてあって、葉がしげり見えにくいし、公園はことによると誰かが通りがかって、かりにもゴバを発見されて持って行かれたら本も子もない。そう考えると、君の家の庭が一番安全だ」
「わかったよ。家族には、友人たちと花火をするからと言ってあるから、だれも近づかないだろう」
フェルに言われた通り、部屋からゴバを持ってくると、あたかも庭の隅の雑草しか生えていない土のところを見つけて、中央にゴバを置いた。
そうこうしているうちに快斗、慎太、傑の三人の少年たちがそろって到着した。
「えっ、だれ?」
少年たちは着いたとたんに、頭巾を被り、浅黒い肌を出して、装飾された布を腰に巻き付けて、いっこうに横顔しか見ることのできない、奇怪な人間が立っているのを見てぎょっとした。
フェルをまともに見ておどろいている少年たちに気がついて、俊介はあわててフェルを紹介した。
「ゴバの精、フェルだよ。この三人は友だちの快斗、慎太、傑だ」
フェルは人間の姿をしているが、どちらかといえばわずかに身体が透き通っていて、うっすら向こう側が透けて見えることに気づいた少年たちは、見るからに人間ではないことを理解できた。
「あの、まさか、何千年も前からゴバと一緒なんですか?」
いつであれ、何事にも好奇心の強い傑がこわごわ質問した。
フェルは、片目をぎょろりと動かし、じっと鋭い視線で小さな傑と目を合わせた。
「何より、わたしの身体はゴバと一緒に在るのだが、どのみち何千年ではないな。それどころか、いたって昔から在るよ。くどいようだが、ゴバは永いこと昔から在るからね」
考えることの好きな傑は、フェルの答えにひときわ興味をもった。
「それなら、この世界が始まって以来、ずっと在るってこと?」
「その通りだ。君は傑だったね。君は賢いね。いつか、ゴバに近い人間になるだろうよ。さて!そろそろ、タイコウチが近づいている。俊介、ゴバをもっと近くに置いて」
少年たちは、いきなりタイコウチが来ると言われて、あたふたする心を押さえて、ゴバやその周りをちらちら見始めた。
「ついにやって来るんだな!タイコウチはどうやってゴバを持って行くのだろう?ぜひともこの目で見ないと!」
少年たちの心は、ごく自然に好奇心で満ちあふれていた。
「ゴーッ」「ゴーッ」「ゴーッ」
耳をそばだてないと聞こえないほど低い音とともに、ゴバの周りの地面が、あたかも毬のように大きく膨らむのが見えた。
その瞬間、おどろいたことに、地中から真っ黒い土がやにわに吹き上がったと思ったら、しばし黒い土に見えたものは、まぎれもないタイコウチの大群であり、みるみるゴバを包み始めているのだ。
「俊介!見ろ!見ろ!すごい数のタイコウチだぞ!」
少年たちは、すっかり度肝をぬかれて、とほうもない光景に言葉を失ったのだった。
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