第3話 海に沈んでいたものの正体

 俊介がいつも一緒になって遊ぶのは、同じクラスの快活でお調子者のサッカー少年の山田快斗、小学生にしてはとりわけ身体の大きな野球少年の野川慎太、才能にあふれ何でも得意な学級委員の皆川傑の三人の友人たちだ。


 言うなれば、海あり、山ありの豊かな自然環境に育った、この四人組は、もっぱらあちこち駆けまわって、各地に秘密基地を作っており、テトラポットが組まれた堤防のある一画もその一つになっていた。


 そこでは、さしあたりシロギスやハゼ、メバルやカワハギの他にもアジやサバ、ひょっとするとクロダイなども釣れることがある。


「ほら!今日も大漁だ!これで十匹目だぞ!」


 快斗が、今しがた釣り上げたシロギスをひっつかんで、ひときわ喜びの声を上げて騒いでいた。


 ほかでもない俊介の竿には、その日に限って、げんなりするほどいっこうに魚がかからないのだ。


《ああ、こんなに釣れない日はめずらしいな》


 運が悪い日もあるに決まってると、俊介がもはやすっかり諦めかけたときだった。


 いきなり竿の先に引っ張られるような手応えがあったため、俊介は叫んだ。


「やった!とうとうかかったぞ!ひょっとすると、こりゃ、大物だ!」


 そう言って、あまりに引きが強かったため、俊介は、力一杯、竿を手元に引き、やにわにスピニングリールのハンドルを巻き上げた。


《あれっ?重いけど、それどころか、いつもと感じが違うぞ!》


 まぎれもなく俊介の感覚通り、釣り上げたのは、ごてごてした海藻の束だったのである。


「アハハハッ。何だ!海藻のお化けだ!ついてないな、俊介!」


 大物かもしれないと、みんなに注目されたのに、こともあろうに海藻の束だと大笑いされた俊介は、なによりかにより悔しさと情けなさで苦笑いするしかなかった。


 俊介は、真っ黒い海藻の束をおそるおそるつかんで、しぶしぶ海藻を引っかけた釣り針を外すそうとした、その時だ。


《何だろう?海藻の奥に何かが隠れてる?》


 びっしりとまとわりつく海藻と海藻の隙間からは、怪しげな碧っぽい固体物が顔を覗かせているのだ。


 そればかりか、海藻がわずかに引き千切れた部分からは、わけのわからぬ怪しげな模様が見えている。


《うわっ!何これ!気持ち悪い》


 して見れば、ぬるぬるした海藻は、その物体に頑丈に張り付いていて、どうやら引っ張るくらいだと思うように引き千切れないことも分かった。


《おそらく素手では千切れそうもないな。いっそ家に持ち帰ってカッターかハサミで切ろう》


 そんなわけで俊介は、みんなに気づかれないように、海藻の束をぎゅっとクーラーに押し込み、とくだん何食わぬ顔で釣りを続けることにした。


 しかしながら本当のところ海藻の束に見え隠れする物体のことが、どういうわけか気になって仕方がない。


 それだけでなく俊介の頭の中に、ふとしたはずみに、かつて読んだ袋物語に描かれていたゴバの挿絵がいきなり浮かんだ。


《まさか!海藻の下に隠れている物体が、ほかならぬゴバであるわけはないよな。はるか彼方の国の昔話ではないか!ああ、何をバカなことを考えているんだ!》

 

 とは言うものの、たちどころに俊介の心は、家に帰ってその物体を確かめたいという気持ちにおそわれた。


 俊介はわざわざみんなに聞こえるように言った。


「そうだ!家の手伝いがあるのを忘れてた!そろそろ先に帰るよ。次は、たくさん釣ってやるからな!」


《なんだって!いつもそんなこと言わないくせに!そうか!全然釣れなくて、つまらなくなったんだな》


そう思った慎太は、さも心配そうに声をかけた。


「がっかりするなよ!また明日な!」


《いい奴らだな。こうしたときは、嘘をついたとしても神様も許してくれるさ》


 俊介は、嘘をついた後ろめたさに、いささか自らに苛立ちを感じたものの、それどころか一刻も早く家に帰って、海藻の中身を見たい気持ちの方が強く心を占領していて、むきになって自転車をこいで家に向かったのである。


 家に着くと、ちょうどこれから習い事に出かける姉の活子と玄関で鉢合わせになった。


 活子は、あたかも不思議そうな顔をして俊介に言った。


「あらっ、もう帰って来たの?珍しいこともあるわね。だって、いつも遅くまで遊んで、お母さんに怒られるくせに」


 いつもの俊介なら、ひとこと言い返すところだが…。


《今は、姉ちゃんを相手にしている場合じゃないんだ》


「ああ、たまには、こういうこともあるさ」


 俊介は、気のないありきたりの返事をして、そそくさと自分の部屋に駆け込むと、海藻の入った重いクーラーボックスを床に置いて、庭からバケツを持って来た。


《一旦、バケツに海藻を入れて、後で捨てればいいや》


 クーラーボックスから海藻の束を取り出し、カッターを使って、おそるおそる海藻を切り離していくと、海藻の奥からは、奇妙な物体の全貌がだんだん現れ始めてくるのが分かった。


 そこで俊介は、父親の本棚に行って袋物語の本をさがしに走った。


《描かれたゴバの挿絵にそっくりじゃないか!!やだな。何か気味が悪くなってきた。やっぱり、海へ捨ててしまおうかな?でもなあ、せっかくだから、本物か偽物か試してみてからでもいいか?》


 奇怪な姿のゴバを、じっと見つめて迷っていると、心臓が今にも飛び出そうなくらいドキドキ鳴っているのがわかる。


《さしあたり考えられるのは、明日の運動会の五十メートル走で一番になることだな。だって、いつも佑大に負けて、絶対に一番になれないからな。それなら、いっそ、その願いを入れてみるか!》


 そう決心した俊介は、ノートを一ページ破ると、『明日の運動会で五十メートル走でいちばんになるように』と書いて、何かしら途方も無いことをするかのような気分になって、開いている方の口からゴバに入れてみたのである。


 紙を入れた瞬間、どぎまぎしたわりに、ことさら何かが起きるというわけではなく、俊介の中で何かが変わったわけではないことを実感した。


《それにしても、ゴバに願いを入れるだけで希望が叶うなんて、簡単すぎないか?さあ、家族に見つからないようにゴバをどこかに隠さないと!どこがいいかな…》


 俊介は、かねてから使っていないスポーツバッグが押し入れにあるのをふと思い出し、ゴバをスポーツタオルで包んで、その中に入れ、押し入れの一番奥に仕舞い込んだ。


 ゴバを隠したあと、バケツに入れた海藻を庭に出すと、とりもなおさず緊張の糸が切れたのか、たちどころに眠気におそわれて、起きていられなくなった。


 やがてベッドに横になって眠ってしまった俊介は、実に謎めいた夢の中で、どういうわけか俊介は、薄暗い部屋の中に、たった一人で立っていた。


 ゆらゆら燃えるろうそくの灯りで、自分が今いるのはあたかも石室のようなところであり、壁にはエジプトの絵画に特有な横顔の人間たちの絵が描かれているのが分かった。


 絵には、一人の人間に向かって、何やら三人の男女が何かを貢いでいる様子が描かれていたが、じっと眺めていると、おどろいたことに絵が動き出して、こともあろうに描かれた人間の一人が、ひょいと絵から抜け出して目の前に現れたのだ。


 おどろいて後退りした俊介は、果たして幻覚をみているのか、あるいは本物の人間がいるのか、さっぱり見分けがつかない。


 おまけにどうやって見ても、その人間は横顔しか見ることはできず、とりわけ光るその片目が、化け物のようにギョロギョロ左右に動いたあと、ピタッと俊介に焦点が合うと、思いがけず言葉を喋り始めたのだ。


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