インタビューウィズウィッチガール

ピクルズジンジャー

とあるカフェにて

 あの子のことは気になってたよ。だって目立つ子だったから。


 見た目は中学生って感じだったな。雰囲気からすると本当の十二、三歳。

 言ってる意味分かる? あそこじゃあ見た目だけ十代のまま時間を停めて中身は大人ってヤツがザラにいたの。当然あたしもそっち側だよ? でもあの子は本当の十二、三歳だった。そういうのはわかるんだよね、伊達に人より長く十四歳をやってたわけじゃないから。

 ひらひらふわふわ、部位によってはピチピチなコスチューム姿の女の子たちの中で一人だけ、ぜんっぜん空気を読んでない黒とグレーのスポーツウェアばかり着ていたことも、あの子が周りから浮き上がっていた要素の一つ。パステルカラーやネオンカラーで目がチカチカしそうな集団の中に一人だけ、ストイックなモノトーンの子がいたら目立つじゃん、嫌でもさ。

 おまけにさあ、キュートでカラフルなヘアスタイルの子たちの中にいて、一人だけ頭のサイドを思い切り刈りあげてるような子だったし。刈り残した髪を適当な長さに伸ばして馬のたてがみみたいにしてるんだもん。カラーリングだけはアッシュまじりのピンクで夢の国のユニコーンみたいだったけど。

 いかつい髪型に合わせてるのか、いつも不機嫌そうな仏頂面で「こっち見んな」って圧を放ってたし。その時ぎゅっと睨んでくる瞳の色なんて、ルビーみたいな赤だった。

 そのくせ顔はムカつくくらいキレイだった。三白眼で人相が悪いって貶すヤツもいたけど、あたしはあの子の顔が好きだった。だってあの頃にはもう、わざとらしいぱっちり二重瞼の子なんて見飽きてイライラしてたくらいだもん。

 顔だけじゃなく、体つきもカッコ良かったな。手足がすらっと長くって無駄な肉が全然ない、ダンサーみたいな体だった。

 でも、服や髪や瞳のことが霞んじゃうほど、どうしても注目を集めてしまう特徴をあの子は持っていたんだわ。

 なんだと思う?

 右腕がね、黒くていかつい金属でできてたの。ホラ、義手ってやつ。

 それもさ、外側を鉄製の鱗で一枚一枚覆われていて、五本の指の先にはゲームなんかに出てくる竜の前肢みたいに鋭い鉤爪がデザインされた、厨二くさいシロモノなんだよ?

 動物の耳やシッポに似せたカワイイ系の魔法のオプションを装着してる子なんてあそこじゃ全然珍しくなかったけれど、さすがに体の一部をゴリゴリの魔法器具で補うほど気合の入った子となると話は変わってくる。しかも、今まで感じたことのない魔力の気配をうっすら漂わせている魔法を秘めた義手だよ? それにプラスして赤い瞳だし。

 よっぽどのバカでもなきゃわかるでしょ、この子が単なる魔法少女ではないって。あたしがいた魔法少女斗劇 ウィッチガールバトルショーだけじゃなく、魔法少女業界全体見渡したってあの子みたいなタイプはめったにいるもんじゃない。

 そのせいなのかな、好奇心が刺激されちゃって、廊下や控室ですれ違う時にあの子の右腕を見るようになった。厨二趣味なあの右腕に秘められた魔法は何なのか、それを確かめる為に。

 あたしの視線をあの子は露骨に嫌がっていたよ? でもガン見し続けた甲斐もあって、あの右腕の基本の仕組みだけなら解るようになった。金属で覆われた腕の内側には使い魔みたいなものが棲みついている。そいつが常に強い魔力を生み出していて、あの子が傷ついた時にはオートで回復の魔法をかけている、だからダメージをくらっても速攻で回復しちゃう。その程度のことだけどね。

 あの腕を使ってどんな風に闘うのかにも興味が湧いて、あの子の出るショーは極力見物するようにもなった。

 でもさぁ、正直あの子のショーってば、最初のうちはぜんっぜんダメだったんだよね。見ているこっちが地団駄踏みたくなるくらい。

 いかにもバトル映えしそうないかつい腕をぶら下げてる癖に、上手に使いこなせない。苦手な魔法に頼るのはやめようって判断するのか、すぐにシンプルな体術のみで勝とうとする。そっちはなかなかイイ筋してたけど、あたしらは魔法少女だし、あそこでやってたのは魔法少女斗劇ウィッチガールバトルショー だよ? てことは、秘密の通路を通ってわざわざ見物にやってくるお客さんたちは、カワイイ魔法少女が繰り広げる派手でちょっぴりゴアなどつきあいを楽しみにしてるんだよね。人前で殴る蹴る投げるで食ってるプロの格闘家だって、所詮はただの人間じゃん? おやつでも食べながらテレビやネットでいつでも見られるじゃん? そんなレベルのショーなんて退屈なもの、あそこじゃハナっから需要がないの。

 そんなことすら、あの子は分かってなかった。魔法少女ってものを理解していないし、見せ物にならなきゃいけない自分の境遇に納得してない、不満と怒り丸出しのビギナーだった。

 あそこのお客さんたちの目って侮れなくってさ、キャストがどんな気持ちでリングに立ってるのかをすぐに見抜いちゃうんだわ。ほら、カワイイ魔法少女がコスチュームが破かれるついでにお腹も裂かれて、そこから臓物がこぼれる所を間近で見物するのを生き甲斐に日常なんてめんどくさいものをこなしてるってキモい人たちだもん、目だけは肥えてるの。だから、あの妙な新人のショーは見ていてイライラする、金返せってブーブー言い出すのなんてすぐだった。

 お客さん達ですらそうなんだから、あたしを含むキャストの魔法少女たちはあの子の本質ってやつを一瞬で見切るよね。アイツこっちと馴れ合う気は全然ないんだって。ビギナーだってことを抜きにしてもアイツは魔法少女のプロ意識に欠ける、腐っても魔法少女の先輩であるうちらのことを完全にナメてて腹立つって。

 だから、あの子のみっともないショーはいいイジリのネタにされていた。「一回くらい地球を救ってからこっち来いよ」とか、ショーを終えて控室に戻ってきたあの子に聞かせるようにヒソヒソ囁くようなヤツもいた。この程度の悪口やイヤミで顔色一つ変えるような子じゃ無かったけど。

 だってあの子、最初から強烈な光を放つ子だったし。

 とにかくさ、異っ常~にタフだった。

 魔法のステッキで殴られても、ダイヤ並みに硬い靴で蹴られても、敵を焼き尽くす魔法のビームをくらっても、痛そうにはしても全然泣きも喚きもしないんだ。魔法の攻撃はいかつい右腕を前に出し、未熟な魔法で生み出す盾で防ぐ。体がボコボコのぐちゃぐちゃにならなきゃおかしいダメージだって異常な速さで回復する。血まみれ、傷だらけ、あざだらけになっても、最後にはリングの上にしっかり立っていた。その上、判定負けを食らったら、すぐに対戦相手に興味を失くした顔つきですたすた歩いてリングを降りる。その態度がまた可愛くない。

 あんまり強くない癖に可愛げが無くて、やたら頑丈な所がサンドバッグにはもってこいだって、あの子を新技の実験台みたいに扱うヤツもいたっけな。

 だけどね、あの子の並外れた頑丈さや生意気な態度が珍しいって理由で、段々あの子を見るお客さんたちの目も変わっていったんだ。個性的だけど見た目や動作に華がある、なかなかスポットライト映えする子だって。だからそのうちファンも増えてくる。渾名だってつけられるようにもなってたよ。どんなだと思う? 不死身の アンデッドジョージナっていうの。笑えるよね、渾名まで可愛くないし。

 それでもあの子はなかなか勝てない。K.O.こそされない判定負けばかり。もう歯がゆいったら無かった。

 せっかくレアな魔法を秘めた右腕を持ってる癖に、どうもその仕組みを理解している風じゃない。それって勿体ないじゃん。だからある時に一回だけ、柄にもないお節介を焼いたんだ。

 ショーを終えたばかりのあの子が控室に入ろうとした時に、出入り口で片脚を上げて遮断機みたいに通せんぼをして、あの子を無理やり立ち止まらせたでしょ。当然向こうはこっちを睨んでくる。何ガキっぽい意地悪してんの、本当はいい年齢トシしてる癖に? ウザいんだけどって顔つきで。そんなの当然無視したけど。

「あんたその右腕の中に何か飼ってるでしょ、名前は?」

 そう訊くと、あの子はそこらへんにいるローティーンの女の子みたいに目を見開いた。でも、あたしなんかに素直にびっくりした顔を見せたのが悔しかったみたいでさ、すぐに仏頂面に戻って無視しようとしたから、無視してもう一回訊ねた。

「名前はあるのかって訊いてんだけど?」

「質問を質問で返しちゃうけど、あんたって暇なの? 新入りの個人情報つつくとか」

 当然、あの子は教えたりしない。生意気な口を叩く割に警戒心むき出しにしながら、生身の左手を金属の右腕に添えた。無意識に右腕を護ろうとしたんだろうね。

 それがおかしくてつい笑っちゃった。いらないよ、あんたの厨二くさい右腕なんかって。そうしたらあの子はまたリアルな十二、三の子らしく顔を真っ赤にしてむくれたな。

 ゆっくり立ち話がしたいのが本音だったけど、控室に出入りしたい子たちが開け放されたドアを塞いでいるあたし達を急かしだす。仕方がないし暇でもなかったから、要点だけさっさと伝えた。

「人前でボコられることに飽きたんなら、腕の中にいる子とよーく話しな。サンドバッグ扱いされるのが気持ちいいってんなら無視していいけど?」

 つまり、せっかくレアな腕を持ってるんだから有効活用しろ、使い方がわからないなら中にいる使い魔に直接訊きなってこと。言いたかったことを言って、あたしはそこを離れた。

 あの子にとってあたしは単なるムカつく古株だった筈だけど、わかりづらいアドバイスを素直に受け入れてくれたみたい。しばらくすると、ショーで少しずつまともな魔法を使うようになった。といっても、魔力の盾が多少頑丈になったり、赤い色をした魔力の塊を撃てるようになったり、その程度のことだったけどね。でも、ムカつくヤツの口から垂れた言葉だってだけで拒否しない程度には賢くて、自分の成長に役立つと判断したら一応受け入れてみるくらいの柔軟性をあの子が持ってることに気づいた時はテンション上がったな。伸び代があるってこういうことなんだなって。

 その上理屈より実践で伸びるタイプだったみたいでさ、ちょっとずつ使える魔法の数も増えていった。そうなると上達は早くって、元々筋のあった体術と連携させることも覚えだし、対戦相手に一発二発返せるまでになっていた。

 そういうのってやっぱり嬉しかったよ? 見映えのする連撃をキメてお客さんたちをどよめかせたときなんか、心の中で自慢したくらいだし。ホラみろ。あたしは前から気が付いてたんだから、あの子は絶対バケる子だって。

 あの頃のキャストの中でも古株で絶対無敗の女王様なんて呼ばれていたあたしは、メインイベントを任されることが多かった。自分の出番になるまでの手持無沙汰な待ち時間、それまでは口の中に魔力結晶アイスを放り込んでゴリゴリ奥歯でかみつぶして魔力が全身にしみわたるのを待つだけだった時間に、悪くない楽しみができた。

 あんな場末での生活にも、あの頃はそれなりにハリがあったな。



 ──なんであの子のことをこんなに話すのか? ライターさんが言ったじゃん、魔法少女斗劇ウィッチガールバトルショーであったことを教えてほしいって。

 ──え? 本当に訊きたいのはあたし自身の話? その子の話はまた今度でいい? へ〜、めっずらし〜。こんな辺鄙な海辺の町に来てまでショーのことを教えてって頼むんだから、てっきり現女王様のことを記事にするんだって思ってた。まさか生涯無敗ってイキったわりに噛ませで終わったあたしの話が知りたいとか、イイ趣味してるね。嫌いじゃないよ、いやマジで。

 でもさ、あたしのことを話すとなったら、あの子のこともどうせ話さなきゃならなくなるし。聞いておいてよ、損するようなものじゃないから。

 それじゃあさっさとご期待に応えて、あたしのことをお話しちゃおうかな。


 ◇◆◇


 改めて、自己紹介から始めるか。──その前に、これから出てくる固有名詞は記事じゃ全部伏せてよね。あたしのことは元魔法少女Aとでもしておいて。

 じゃあ早速……、あたしの本名は折原かれん。

 魔法少女としての最初にもらった名前は救世少女ラピュセル ☆だるく。その後が堕天少女ダーク★だるく。

 十四の時に天翅てんしに出会って魔法のペンダントを授けられ、救世少女って名前の魔法少女に選ばれた。それからいつも、この世界をのっとろうと企む闇の世界から来た怪魔たちから地球を護るため、もらったペンダントを掲げて呪文を唱え、救世少女ラピュセル☆だるくに変身して闘ってた。そうして半年くらい経った頃かな。ソロじゃ効率が悪いから、茉莉ちゃんのチームに参加することに決めたんだ。そう、救世少女ラピュセリンのリーダーだった救世少女ラピュセル☆めありだった子。

 あたし達は力を合わせて、さらに半年近くかかって怪魔たちのボスを封印した。その後、あたし以外のみんなは魔法少女なんてすっぱりやめて普通の女の子に戻ってめでたしめでたし。この辺はあの時配信されていた動画の最終回の通り。

 ラピュセリンのメンバーだった子とは、一人を除いて関係はもう切れちゃってるけど、今ではみんな会社員や公務員や主婦なんかの所謂「まともな大人」ってやつになってるみたい。今でも唯一つきあいのある茉莉ちゃんがみんなの近況をマメに教えてくれるんだけど、その茉莉ちゃんだって眩しいくらい立派な社会人だし。

 今でも信じられないんだよね、魔法少女なんてものになったのに、ちゃんとした大人になれた子たちのことが。

 普通の女の子に戻るのが嫌で嫌で仕方なくて悪あがきした末に、ライターさんに昔話をするような身の上になった魔法少女なんてラピュセリンの中ではあたしだけだよ? しかもこんなナチュラル服着てるし、どうみても空とかスイーツとか撮ってSNSにあげてる大学生だし、自分でも時々すっごい笑えてくるんだけど。──後悔はしてないよ? やりたいことをやり通した結果だから。

 なんか変な空気になっちゃったし、話を本筋に戻そうか。

 ラピュセリンをやめた後も世界を何度も救ってきた魔法少女のだるくさんが、どうして悪い妖精と手を組んで場末のショーで活動する身分にまで堕ちたのか。何がきっかけで足を洗って、今こうしてカフェのお姉さんをやるようになったか。その一部始終なんかをさ。


 ◇◆◇


 一回やるとやめられない、一度ハマると抜け出せない。

 そういう魔法少女ってわりといるんだよ。知ってた? 知ってるよね? ライターさんなら。

 地球を護るって名目で、十代の体や精神には釣り合わない魔法の力を授かるでしょ? で、異世界や異次元からやってきた怪物相手に、思う存分その力を振るいまくる。気持ちよくない筈がないじゃん。

 実際、それはたまらない快感だった。

 特にあたしは、空中を自由に滑ることができる魔法のブーツで素早く移動しながら靴裏から出現するブレードですれ違いざまに敵を切り裂く、スピード特化型だった。図体ばかりデカくてトロい敵を翻弄した上で、ブレードで腕や足を切断してやるの。小さい山くらいはある怪物が、自分の体の一部を地面に落とされたことに気づかずに一瞬だけポカンとする、それが面白くないわけないじゃない。

 ま、そういうあたしの戦法は、動画配信を通してラピュセリンの活動を応援してくれていたおともだちやその保護者層からよく批判されていたけどね。だるくちゃんの闘い方は残酷で怖いって。

 たしかに全年齢向けでは無かったなあって、今になって反省はしてるけど。でも、スピードを活かして仲間のピンチを救ったりもしてたんだよ? そういう所もちゃんと見てから文句言って欲しかったな。

 とにかく、さ。

 ごくごく普通の中学生が、適正があったからってだけで地球を護る魔法少女に選ばれて、拍手喝采をあびながら怪物たちを細切れにするような毎日をすごすでしょ。そんな生活していたらどうなると思う?

 溺れるんだよ、世界を守護するカミサマっぽい何かのお墨付きで怪物たちを虐殺しまくる生活に。普通の女の子じゃ繰り出せない暴力を振るう快感に。平凡な生活をしていたらまず一生立ち入ることの無い、死ぬか生きるかギリギリの瀬戸際に感じる多幸感に。 

 だってマジで最高なんだから。敵をずばずば倒して無双をキメるのは当然だけど、殴られ蹴られでられそうになってる時が一番ヤバいの。変身してなきゃ即死するようなダメージのせいで、体がじんじん痺れていても、頭の中では脳内麻薬がどばどば出てきて痛みを消して、頭の中が敵を倒すこと一色になる。そういう時って、あたしのスピードなら今あいつの股の下をくぐってブレードで腱を切り裂いてやれる、とか、今なら腕を斬り落とせるとか、言葉じゃなく体で理解できる。それに身を任せて、全身を思う存分に動かす気持ちよさ。コンマ一秒前に浮かんだイメージ通りに敵を倒せる快感。それって、ただの中学生活で味わえるもんじゃない。

 地球を護るって名目で好き放題に暴力を振るえる毎日に溺れてしまうなんて一瞬だった。

 怪魔たちを封印して茉莉ちゃんたちが日常に戻っても、あたしは魔法の戦闘や殺戮に酔っぱらったままだった。

 今と同じように、あの頃も異世界からやってくる色んな敵にこの世界は狙われていた。敵の数と同じだけの魔法少女チームが活動してた所も同じ。

 ラピュセリンが解散した後、あたしは色んな魔法少女チームの助っ人として地球に悪さする敵たちを切り裂くことにした。いくつものチームを掛け持ちして、ピンチの時に駆けつける。そして速攻で腕を落とす、脚を斬る。

 そうするとさ、だんだん技の難度をあげたくなった。敵の首を落とす。胴体を切断するといった大技に挑戦したくなる。──それまでは精々、配信動画を楽しんでいる視聴者から眉を顰められるだけだったけど、敵の怪物を八つ裂きにしたあたりから魔法少女たちもあたしにドン引きするようになった。そりゃそうだよね、世界を護るために戦おうって子たちだもん。過剰な暴力なんて本当は嫌いに決まってる。

 だから仲良くしていた魔法少女たちも、時間が経てば離れていっちゃった。寂しくなかった訳じゃないけれど、魔法少女同士仲良くすることなんかより戦うことの方がずっと大事だったんだから仕方ない。

 ソロに戻ったあたしが切り刻む相手は、いつの間にか闇の世界からやってくる怪物たちじゃなくなっていた。暴力に飢えたあたしが狙いをつけたのは、仲間だって言ってもいい魔法少女たちだったってわけ。

 だってさあ、表で活躍する子たちって戦闘なんて嫌いなくせに本気出せばバカ強いんだもん。……本当、ヤバいんだ。今でもぞくっと来ちゃうくらい。一度あの子たちと戦って切り裂いて踏みにじる快感を知っちゃったら、異世界からやってくる闇の怪物退治なんてバカバカしくってやってられなくなる。

 衝動が押さえられないあたしは、魔法少女のチームを手当たり次第に襲いだした。弱いチームなら一対複数で、強い子がいたなら一対一で。大抵はあたしが勝っちゃったから、表の世界で活躍する魔法少女たち全員に敵としてみなされ排除される側になっちゃった。いわゆる悪堕ちってヤツ。

 でもさぁ、あたしが再起不能にした子たちが倒す筈だった敵たちは、責任とってきっちり退治してたんだよ? なのにそういう所はオミットされるんだよね~、悪堕ち少女のだるくって散々噂するばっかりでさ。そこだけは今でも納得いってない。

 ともあれ、当時のバカなあたしと言えば、悪堕ち上等! って気分だった。怖いものなんてなんにもなくて、仲間と呼んでもいい子たちを狩りまくっていた。

 ──そんなことをやらかしてよく許されていたねって? 許されるわけないじゃん!

 なんの罪もない魔法少女を襲っては再起不能にするようになったあたしのことを、パートナーだった天翅てんしもついに見放した。黙って故郷の世界へ帰った為に、変身できなくなったんだ。てことは当然魔法だって使えない。

 あの時はもう、死ぬほど焦るばっかりだった。変身もできないし敵を退治する魔法も使えない。そうなった以上、普通の女の子に戻るしかない。それってつまり、脳髄がしびれまくる戦闘とは無縁の日常に、その後一生引きこもらなきゃならないってことだもん。

 そこから想像できる退屈への恐怖や絶望に焦って、うろたえて、気が付けば守護女神様に祈ってた。

 あたしをもう一度だけ、救世少女ラピュセルに、魔法少女にしてくださいって。

 魔法少女にしてくれたら死んでもいい。いい子にします。ほかに何にも要りませんって。

 ほんっと腹立つくらいバカだよね~、この時のあたしってば。まともなら、天翅てんしたちのボスである守護女神様がこんな願い叶えてくれるわけないって気づくじゃん? でも魔法の戦闘中毒だったあたしは、そんなことすらわからなくなっていた。

 正気を失くしたも同然だったあたしのことを、茉莉ちゃんたちラピュセリンのメンバーは心配してくれたよ? 文句の一つや二つ言いたかった筈の魔法少女たちですら、あの時のあたしを一目見たら黙って引き返していった。

 あの頃は毎晩、夜になったら家を出てたな。魔法少女たちの間で噂話にでてくる、願いを叶えてくれるっていう魔女や魔法使いを探して夜の街を出歩くことを繰り返していた。魔法が使えない上にまともな判断ができなくなっていたから、何度も騙されて何度もヤバい目にあって、そのせいで親にも愛想を尽かされちゃった。

 そんな時にスカウトしてきたのが、二代目のパートナーだったってわけ。

 夜の街の暗がりで、アライグマのぬいぐるみみたいな妖精が声をかけてきたんだ。「うちでもう一度魔法少女をやらない?」って。

 もう、一も二もなかったよね。

 今ならわかるよ? まともな判断ができなくなってる女の子に甘い声をかけるヤツらなんて最悪だって。人間だろうが妖精だろうが、侵略目的で地球にやってきた怪物やその親玉なんかよりずっとタチの悪い連中だって。でもこの時のあたしは、世界よのなかの仕組みなんて全然分かってなかった。魔法少女なんてやってたから、その辺の子達より本当の世界ってやつを知ってるって勘違いしてた。その上、もう一度魔法少女になりたくてなりたくてたまらなかった。

 魔法少女に戻れる。また戦って、ぶちのめして、踏み躙って、殺して、全身がビリビリ痺れる気持ちよさにどっぷり浸れる毎日に戻れる。退屈で平凡な日常から永遠にさよならできる。

 あの時、あたしの頭は人生最大の喜びでいっぱいになった。見た目だけはカワイイ妖精の言葉は、砂漠でミイラになりかけてる人間に差し出されたコップ一杯の冷たい水も同然だったってこと。そういうのって拒否できる?

 そんな流れでもう一度、魔法少女として再デビューを果たしたあたしの名前が堕天少女ダーク★だるく。

 白をベースにブルーの刺し色が入っていた救世少女ラピュセル時代のドレスは、赤をベースに黒の刺し色が入ったコスチュームにチェンジした。あたしのメインアイテムであるショートブーツの色も赤になり、靴底から出てくるブレードも黒に変わった。どんなバカだって、あたしが悪堕ちした子だって一目みればわかるカラーリングじゃない?

 こうして再び魔法の力を手に入れたあたしは、妖精にある場所へ連れていかれた。

 知らない街の薄汚れた裏通りにあった、ぼろっちい雑居ビル。その地下に広がっていた体育館くらいのスペースの中央に、正方形のリングが設置されていた。その周りをたくさんの人間たちが取り囲んでわあわあと大声を張り上げている。何にそんなに必死になってんだろってリングを覗いたら、そこではミントグリーンとレモンイエローのドレスを着た魔法少女二人が闘っていたんだ。ヤジや歓声、腕を振り回したり足を踏み鳴らす観客の真ん中で、二人の魔法少女はステッキやバトンから繰り出す竜巻や稲光をぶつけ合っていた。それどころか、時折距離をつめては本気の拳や蹴りをかましあい、ハートや星のついたアイテムを振り回して相手の後頭部に振り下ろすことすらやっていた。魔法と物理の両方でバッチバチに殴りあっていたってわけ。

 あっ! ってピンときた。夜の街を出歩く原因になってた噂話には、魔法少女を誑かす悪い妖精に餌食になる系の話がいくつかあったから。ベタなのだと淫魔や触手の生えた怪物がいる異空間に閉じ込められるとか、闇オークションにかけられて異世界に売られるとかの18禁エロ系。わりと珍しいのが、魔法少女同士が本気で闘うショーのキャストに仕立て上げられて殺し合いを演じなきゃならなくなるグロいコロッセウム系。で、その時のあたしが見てたのは珍しい方のやつだったんだから、まず普通にびっくりしたよね。うっわ本当にあったんだー、マジかー! って。

 これこそが今世紀に入ってすぐに始まったアンダーグラウンドのエンターテイメント、カワイイ魔法少女が殺しあうつもりで闘う様を眺めて楽しむ、賭けて喜ぶ、魔法少女斗劇ウィッチガールバトルショー

 魔法のステッキで殴りあい、ぱっくり割れた頭から噴きだす大量の血でひらひらドレスを真っ赤に染める魔法少女二人のバトルを前にして妖精はあたしに言ったよ、「明日からあそこで闘ってもらうから」って。

 ──なんて答えたか? そんなの「喜んで!」一択に決まってるでしょ。あたしは魔法少女と闘いたくて魔法少女に変身させてって祈ってばっかりいたんだから。それ以外に答えようがある? なんなら「もっと早く来いよ!」って付け足したかったな。

 そんなわけで、次の日の夜にはもうショーの四角いリングの上に立っていた。それがあたしのデビュー戦。対戦相手だったメイド服風のドレスの子を赤いブーツで脳天から縦に真っ二つにしてやった。そこからダーク★だるくの快進撃は始まって、ものの一月もたたないうちにクイーンだるくなんて呼ばれるようになっていた。あの雑居ビル地下の闘技場小屋のオーナーでもあったパートナー妖精曰く、あたしほど早くクイーンの称号をもぎ取った魔法少女はいないって。自慢にもなんないけど。

 あとから茉莉ちゃんに聞いたんだけど、この頃、行方不明になったあたしのことが表の世界の魔法少女たちの間でも噂になってたんだって。救世少女ラピュセル☆だるくが異世界からやってきた悪い妖精に唆されて魔法少女斗劇ウィッチガールバトルショーのキャストになったって。堕ちるところまで堕ちたって。ほとんどの子はそこであたしを完全に見放したみたい。

 無理もないよね。その頃にはショーのことも、あたしみたいに普通の女の子に戻る気のない魔法少女とそんな子たちを骨の髄までしゃぶりつくす悪い妖精の吹き溜まりだって界隈では知れ渡りつつあったみたいだから。

 普通の女の子に戻らない為に、命がけのバトルをする魔法少女。

 カワイイ魔法少女たちが派手な魔法を繰り広げながら血みどろになる有様を見物してもりあがる観客たち。

 そこから出る利益を吸い上げる、悪い妖精達。

 あたしも含めてショーに群がる連中は、どいつもこいつもロクなもんじゃなかった。まともな魔法少女なら弱い人間を食い物にするそんなショーの存在を許すわけないし。悪い妖精にしゃぶりつくされると知って手を結ぶ魔法少女なんて、悪堕ちなんてカワイイ段階をとっくにすぎてる。

 でももう、その頃のあたしにとってアンダーグラウンドのショーのキャストになることなんてなんでもなかった。それどころか歓迎さえしていた。

 あそこにいた魔法少女たちはね、それぞれに事情ってものがあったから、リングの上じゃみんな真剣だった。観客の目を意識しながら闘っていながら、勝つことに関しては常にガチだった。お客さんに向けてウィンクしてみせた次の瞬間には、しっかりこっちの息の根を止めにきた。

 この一撃で決めなきゃ命を持っていかれるっていう緊張感。コンマ数秒での読みあい。愛想をふりまいていた子が、魔法の爆炎の陰では殺し屋の目で迫ってくる。そんな恐怖とすれすれの快感。──ほんと、そういうのって今思い出しても背筋がビリビリしてたまらなくなる。

 こうしてあたしは、どこを見渡してもクズしかいないクズの国の女王様になり、リングの上を赤い靴を履いてくるくる滑って踊り続けましたとさ。めでたしめでたし……ってわけにはいかなかったから、今ここにいるんだけどね。


 ◇◆◇


 ダーク★だるくとして再デビューしてすぐ、対戦相手を切り刻みながら白星稼いで名実ともに女王様になったころかな? さっき語った例のあの子が放り込まれたのは。

 名前は確か、ジョージナなんとかっていったっけ。そう、外国人。むこうじゃウィッチガールって呼ばれてた子たちの一人。

 あたしのホームだったリングでもそうだけど、ショーの闘技場小屋には悪い妖精たちが目くらましの魔法をかけている。で、妖精達がカモだと見込んだ人間に誘いかけるんだ、面白い見世物があるんだけど? って。ありきたりの娯楽に飽きていた人間たちは、ゴミ捨て場や廃墟なんかに作られた秘密の入り口を通ってやってくる。そのうちガイド無しで、あたしのいた所みたいに雑居ビルの地下か、じゃ無かったらだだっ広い草原の真ん中だとか色んな事情で住民たちに捨てられた町の廃墟だとか、そんな場所に設置されてる別のリングに通い詰めるようになる。気がついたら全財産を毟られて命を差し出すしかなくなってるか、真っ当なやり方ではあらゆる欲を満たせられない体になっている。どんな形にしろダストシュートのゴミみたいに地獄に真っ逆さまってわけ。

 世界中のあちこちからやってくるのはお客さんだけじゃない。魔法少女もそうだった。

 あたしとは別の通路を通ってあそこへ通っていた筈のあの子とは、控室ではじめて出会った。

 あの子はさっき言ったような見た目でしょ? 初対面の時、ついじぃっと眺めちゃったんだよね、何この子? って。

 急に現れた偉そうな女にガン見されたら誰だってムカつくじゃん? あの子はギュっと睨み返してきたよ、あそこじゃ圧倒的に少数派だったキツめの三白眼で訊いてきた。

「なんか用?」

 そこであたしは頭を切り替えた。ああ、そういえば小屋のオーナー妖精が言ってたな~、生意気な新人が入ってきたって。そうかこの子か~って、少し前に耳に挟んだ話を思い出したりしていた。

 そんなあたしの態度に余計にイラついたんだろうね、あの子は一層力を込めて睨んできた。ぼろいベンチに座っていたあの子は膝の上に肱をついて前のめりになり、機嫌が悪いのを隠さずに言い放った。

「ジロジロみられるの嫌いなんだけど?」

 あたしにだって一応、女王様としての立場やメンツってものがあった。

 このクソ生意気な新人ちゃんにルールってものを教えてあげなきゃな~ってことで、あの子を念動の魔法で引き寄せてウェアの胸倉を掴むでしょ。で、あの子が態勢を整える前にロッカーめがけて思いっきりぶん投げたんだよね。

 あの子を受け止めることになったスチール製のロッカーは、とんでもない音をたてながらむこう側へ倒れた。そっちにいた子たちは当然ビビって悲鳴をあげた。つっても、キャー! みたいな声じゃなくって、うおっ! とか、マジか⁉ みたいな可愛げが全然ないやつだけど。カメラの回ってない無い所じゃ魔法少女だってそんなもんだよ。

 休息を邪魔された魔法少女達が、ロッカーに叩きつけられたあの子とその向こうで腕を組んで立っているあたしを見比べた。それだけで、女王様が生意気な新人に指導を食らわせてるって事情を一瞬で飲みこんで、あいつらってばすぐにクスクス笑いだした。

 そんな雑音に一切気を取られずに、あの子は倒れたロッカーの上で跳ね起きた。思いっきり叩きつけてやったのに、怪我一つしてなかったな。痛みすら感じていなさそうに、赤い瞳をギラギラさせていたっけ。

 あたしにも古株としての格ってものがある。新人に舐められるのはつまらない。だから、絶対無敗の女王様らしくクールに言い放ってやった。

「邪魔」

 そうして、あの子が座っていたぼろベンチに座って脚を組む。ショートブーツの爪先を、悔しそうなあの子の鼻先につきつけながら女王様として命令してやる。

「ロッカーはあんたが直しなよ。できんでしょ? そんくらい」

 あの子は憎たらしそうにこっちを睨んでから、あたしの足を避けつつ床の上に立つ。それから、べっこり凹んだロッカーに金属製の右腕をぶっすり突き刺した。あのとがった爪を上手く使ってロッカーを持ち上げて、そのまま雑に立て直した。

 それを至近距離で観察しながら、あたしはふんふんと分析していた。どうやらこの子、パワー強化系の魔法を使うっぽい。ベッタベタなインファイターじゃんって風に。

 もちろんそういうことも表情に出したりしないで、フフンって鼻で笑いながらブーツの爪先を上下させて煽ってやった。

「何それ? そんなしょうもない魔法じゃあお客さん怒って帰っちゃうよ? やる気ある?」

「あるように見える?」

 あたしの挑発に乗ったあの子は、少しの間をおいてぼそっと呟いた。それを聞いて、こっちもついプッて噴いちゃった。

 ──なんでって? あの子の態度がベタだったから。自分では全然望んでいないのに、どうにもならない事情でこんな所に流されてきちゃったタイプの新人丸出しだったんだよね。ファイトスタイルどころかキャラまでベタかよって。

 そうしたらあの子、赤い瞳を一層ギラギラさせて、生身の方の左手で自分がさっき立て直したロッカーの表面をバンって叩いて吠えたっけ。

「あたしは見世物なんかじゃないから!」

 あんたらなんかとは違うんだ! とまではあの子も言わなかったな、言いたそうな顔つきだったけど。マウントかましてボコボコにぶんなぐってやりたそうなその目つきがたまらなかったな。今思えば、この瞬間だったのかもね。この子ひょっとしたら化けるかもって気づいたのは。

 ただ、さっきのセリフはいただけないよね? ここをどこだと思ってんの? って話だし。あたしもあんたもここにいる以上、所詮見世物なんだから。指導係を買って出た以上、そういうことも教えてやらないといけない。

 立ち上がるなり距離を詰めて、あの子をロッカーに押さえつけるでしょ。で、そのままがら空きになった鳩尾に魔力を乗せた拳を一発、叩きこんでやった。魔力で強化されたグーパン食らったらどんなに丈夫な子だって一たまりもない。防御する暇だってあげなかったから、あの子はあっけなくゲロをぶちまけて崩れ落ちた。周りにいた連中が、うげっ! ってまた可愛くない悲鳴をあげる。

 女王様のあたしは当然、ゲロの一つや二つで大騒ぎしない。腕を組んだまま、胃液の水たまりに膝をついて口元押さえながらゲホゲホやってるあの子を見下ろしてやる。血も涙もない女王様を演出しながら、口元を拭うあの子をいたぶってやる。

「じゃあなんでこんな所いるのかなぁ、新人ちゃんはぁ~? わざわざこんな所まで来てくれた上にたっかい入場料払ってくれたお客さんをガッカリさせに来たのかなぁ? 気合い入ってんじゃん。ガキの癖に」

 やっと咳がおさまったっぽいあの子は、口元を拭いながあたしのことを憎たらしそうに睨んだよ?

 それがなかなか映える表情だったからちょっと好きになりかけたんだけど、そういうことを馬鹿正直に教えてあげるわけがない。けだる気に女王様のキャラを続けながら、あたしのことを下からねめつけるあの子を見下ろして、鼻で笑ってから背中を向ける。

 あたしは片足を上げてそばにいた子のひらひらスカートで爪先を拭った。ゲロの飛沫がちょっとだけかかったんだよね。いくら気に入った子のでも、さすがにゲロはイヤじゃん。

 さっき見たことなんてもう忘れた、そんな印象をあの子の頭に焼き付けることを意識しながらさっさと控室を出て、すぐにその日のメインイベントを務めてやったっけ。


 これが、あの子とあたしが初めて会った日の一部始終。

 あの子の中ではあたしのことなんか、投げるわ殴るわゲロ吐かせるわな最悪な古株ってことになってた筈だよ? その後ずーっと、あたしと目が合う度に赤い瞳でギュッて睨み続けてたんだから。あたしは勿論フフンって笑い返してた。だって、あたしはあの子のことがわりと気に入ったんだから。


 ◇◆◇


 こうやって聞くとさ、掃きだめ生活も結構楽しそうじゃない?

 ──あはは、そうでもないか~。これでも楽しい方の思い出ばかり選んだつもりだったんだけどな。

 じゃあここからはお待ちかね、今までやりたい放題やってきた悪堕ち魔法少女がいよいよ真っ逆さまに転落する件になるよ? よ~く聞いてね、ライターさん。

 あたしの履いていた赤いブーツ。あれはもちろん変身したあたしのメインアイテムだったけれど、コスチュームの一部でもあった。

 呪文を唱えたあたしは、黒地に赤い刺し色の入ったドレス姿に変身してる。足にはもちろんあのブーツ。変身を解く呪文を唱えれば、コスチュームはぱっと消えて変身前の姿に戻っている。わざわざ説明しなくてもわかるよね?

 でも、ダーク★だるく時代には変身状態を解いたことなんて一度もなかった。いつも黒い刺し色の入った赤いドレスに赤いブーツ姿だった。

 ──そういうのって引く? 引くよね、やっぱさ。

 でも、あたしは魔法少女たちと闘いたいってだけで悪い妖精と再契約したバカだったんだよ? 変身を解いてただの人間に戻ることがどうしてもできなかった。変身できなくなったことがトラウマになって、怖くて怖くてたまらなかったんだ。だからショーを終えた後でもずーっと変身したまま過ごしていた。お気に入りの毛布が手放せない、小さな子供みたいにさ。

 でもね、変身状態の長時間維持には大量の魔力が必要なんだ。

 多少の魔力なら食事や睡眠で補えるんだけど、元の姿に戻らないあたしの燃費は超絶に悪かった。ちょっと食べたり寝たりした程度で回復する魔力なんか、一瞬で干上がっちゃう。魔力不足が原因の疲れが激しくなった頃、あたしを上辺だけ気遣ったパートナー妖精が魔力結晶アイスをくれたんだ。初回はサービスだよって。

 魔力結晶アイスっていうのはね、異世界の魔法文明圏で製造されてる魔力不足を補うためのお薬のこと。見た目が氷砂糖にそっくりで、齧って飲みこむと血管を流れる血が一瞬で氷水に変わったみたいにシャキっとするからそう呼ばれていた。魔力不足に陥った魔法少女の栄養剤みたいなもんかな?

 ──っていうか、まあ……わかるでしょ? 魔力が足りない戦闘中毒の魔法少女にとってそれがどういうものか。子供じゃないんだからさ。

 魔力結晶アイスがなければ一時だっていられない、あたしの体がそうなってしまうのはすぐだった。

 ショーで稼いだファイトマネーから魔力結晶アイス代がさっぴかれる。手元に残るのはほんのちょっとのはした金だけ。それだって、諸経費って名目で掠め取られる。ほとんど無一文って状態だからどこへだっていけやしない。表向きショーの女王様だなんて喝采を浴びながらクールに振舞っていても、舞台裏では適当な時に適当な食事を済ませては、控室のボロベンチで寝るって毎日を過ごしていたよ。

 ──お風呂? 入るわけないって。だってドレスやブーツを脱ぐってことは変身を解くってことになるんだもん。変身魔法の効果で身の回りの清潔さが保たれていたのが救いだったな。シャワーを浴びたくてたまらない時は何度もあったけど、一瞬の気持よさのために変身を解くことすらその時のあたしには無理だった。

 ホントに頭おかしいね、この時のあたしってば。普通の女の子に戻りたくなかったからってお風呂に入る程度のことまで拒否する? ありえないし。できることならこの時のあたしに声かけてやるんだけどね。せめて一回くらいそのブーツを脱いどけって。

 でもあたしは一度も変身を解かなかった。ずっとダーク★だるくの姿でいた。それで気づくのが遅れたんだ。

 ブーツが脱げなくなっていることに。

 ある時、気が付いたんだよね。ブーツの内側があたしの両脚に貼りついていることに。足の裏やかかとくるぶしにブーツの内側がぴたーってね。

 何これ⁉ ってなるじゃん。で、さすがに焦って訳わかんなくなってブーツを脱ごうとするでしょ? そうしたら、皮膚をむりやり剥ぐような激痛に襲われた。バトル時とは別物の痛みに涙目になりながら、もしかして……って考えて、そしてすぐにゾッとした。

 ついに来た! って、その時はっきり分かって、いつもとは違う意味で背筋が震えた。

 ──何が来たかって? 決まってるでしょ? ツケが回ってきたんだよ、今まで好き放題やってきたことへのツケが。

 どんなに頭がおかしくなっていても、心のどこかには冷静なもう一人のあたしがいた。そいつが、ブーツが脱げなくて震えるあたしにこう言うんだ。

『ホラ、ついに下ったよ? 心配してくれたみんなを無視して迷惑をかけてまで魔法少女をやりつづけた天罰が。気分はどう?』

『気分? もう落ち着いたから大丈夫。心配してくれてありがとね』

 最初のうちは、もう一人のあたしにそう言い返す余裕もあった。

 でも、そのうちブーツがあたしの両脚と同化しはじめたんだ。ソールが触れた床や地面の感触が足裏に直接伝わるようになったのが最初でさ。気持ち悪くって、両脚をじっと観察するじゃん。そうしたら肌とブーツの表面が一枚の薄い皮膚に覆われてたんだよね。これには本気で焦ったな。だってさぁ、見えるんだもん、ブーツの表面にあたしの血管が。くっきり浮き出てるんだもん。

 キモさのあまり半泣きになりながら、ふくらはぎと赤いブーツの境い目に爪を突き立てて無理やり脱ごうとしたんだけど、そんなことしたって単に痛いだけ。それでもブーツの表面ごと足をガリガリひっかき続ける。そのうちブーツの上にミミズ腫れができて、小さな血の玉が浮き出てきてた。赤いブーツの上から血を流したって、あたし以外のみんなは気づかない。

 ブーツと同化し始めている自分の両脚を見るのは、肉の塊を見慣れたあたしですら耐えられなかった。気を抜けば悲鳴をあげそうになったけど、その度に両手で口を押えてなんとか耐えた。恰好悪くてできるわけないじゃん、仮にも女王様がギャーギャー喚くとか。

 ──相談? するわけないって! だって、悪い妖精の力を借りるのはこういうことだって、ちゃんと納得した上で契約したんだから。パートナーの妖精に泣きついた所で鼻で笑われるだけだってのも分かってた。

 だからしばらく平気な顔でショーに出続けた。恐怖心をごまかす為に、余計に魔力結晶アイスをガリガリ齧って、対戦相手をしとめるキメ技のことやなんかで頭をいっぱいにした。

 でも、ブーツが両脚と同化したことであたしは素足で闘うのも同じ状態になるでしょ。少しずつ両脚に痛みや疲労が溜まりだす。それが地味に辛くって、ごまかす為にまた魔力結晶アイスを齧る。それに気づかないフリをして、パートナーの妖精は連戦連勝を決めているあたしを褒めてみせるんだよね。「だるくのお陰でグループ一番の売り上げを記録できたよ」なんて言いながら、稼ぎからしっかり魔力結晶アイス代含む諸経費を抜いていく。そんなナメた態度にこっちだって気づかないフリをして、あたしはショーに出続けた。

 あたしは堕天少女ダーク★だるくだ。腐っても魔法少女斗劇ウィッチガールバトルショーの女王様だ。

 普通の女の子に戻ろうだなんて一度も考えたことなんかなくて、罪もない魔法少女たちを何人も再起不能にした、クールな悪堕ちキャラなんだ。

 もう一度魔法少女たちと闘いたいからってだけで、悪い妖精と手を組んだバカなんだ。人間やめるのなんて承知の上だ。

 こんなの話が違うって、泣き喚くことだけはするもんか。もう二度と守護女神様やお人好しの天翅てんしに謝って、助けて下さいって祈るのだけは絶対いやだ。

 いつか死ななきゃならないときは、リングの上で散ってやる。この世に対する未練なんか一つも残さないように、あたしが切り刻んだ怪物や魔法少女たちみたいに潔く肉の欠片になってやる。

 不安と恐怖と両足の痛みを消すために、氷砂糖そっくりのおクスリをかじりながら、頭の中で唱えることで精神を統一する。毎日毎日そんなことやってるうちに、頭の中からあの子のことも消えがちになっていた。

 少しずつ魔法を使えるようになって、やっとバトルらしいバトルができるようになったあの子のショーを見物するのがささやかな楽しみになったのに、簡単に忘れてしまっていた。

 ブーツがあたしの足の一部になってからどれくらい経ったのかな? 魔力結晶アイスのせいでよく思い出せないんだけど、ショーで稼ぐ金額より諸々の所経費の方が余裕で上回って、闘えど闘えど借金が増えるって状態になっていた頃だったのは確かな筈。

 あたしの前に、思わぬお客さんが現れた。

 ──誰かって? 茉莉ちゃんだよ。そう、救世少女ラピュセリンのリーダー、救世少女ラピュセル☆めありだった茉莉ちゃん。

 ショーが終わって、とっととご飯食べて寝ようなんて考えながら廊下を歩いていた時だったな。魔法少女か妖精達しかいないはずの薄暗い控室前で、場違いなリクルートスーツ姿のお姉さんが立ってたんだ。お姉さんは、魔法少女たちにじろじろみられてることにも気にせずに、こっちを見て立ち尽くしていた。

 なんでこんなところに就活生のお姉さんがいるんだろう? なんて、まともに働かなくなった頭で不思議に思った瞬間、ハッとしたんだよね。

 あのお姉さん、なんだか見覚えある……! って。

 あたしのことを真昼に幽霊でも見たような顔をで見つめてるあのお姉さん、アレじゃん。茉莉ちゃんじゃん! って。

 うっかり息を飲んだ瞬間、茉莉ちゃんはヒールをカツカツならしながら小走りでこっちにやってくるなり、あたしの両肩を乱暴につかんだ。


 ◇◆◇


 それにしてもさぁ~、笑うよね。

 あたしが何年も十四歳をやってる間に、同い年だった茉莉ちゃんは大学生のお姉さんになってたんだもん。しかもつまんないリクルートスーツなんか着ちゃってさ。

 これも後で聞いたんだけど、就活中にオフィス街を歩いている時、普通なら気にも留めないようなビルとビルの谷間に次元のたわみを見つけたんだって。もしかして! って期待して飛び込んだ結果、見事に大当たり! 持ってるよね~、魔法少女に選ばれる子ってば。ま、話を続けるね。

「かれんちゃん、探したんだから! あれからずーっと探してたんだから!」

 あたしの両肩を掴んで揺さぶりながら、茉莉ちゃんは涙声で叫んだ。その体からふわふわと、洗濯洗剤やシャンプーや化粧品の匂いが漂った。陽の当たる世界にいる真っ当なお姉さんの匂いってやつ。

 それに動転しちゃって、つい「何その恰好」って笑ったんだよね。そしたら茉莉ちゃんてば、余計にこっちをガクガク揺さぶって言ったよ。「そっちこそ何よ、その恰好!」って。

 そしてあたしの手を掴んで、裏口へ向かおうとする。「帰ろう、今すぐ帰ろう!」って。「これ以上、こんなとこにいちゃダメ」だって。就活メイクが崩れそうになってるのに涙を流しながら、怖い顔作って、あたしなんかを連れて帰ろうとしたんだよ。

 これだけで茉莉ちゃんがどういう子かわかるでしょ? 魔法少女に選ばれるのがこういう子ばかりなら世界はもっときらめいていられるのにね。

 でもあたしは、茉莉ちゃんの手を振り払った。なんの準備もできていないのに、ちゃんとした大人になった茉莉ちゃんと再会したショックで混乱してたんだ。しかもあたしは、ダーク★だるくにずっと変身したまんま。汚れない魔法がかかっているのをいいことにずーっとお風呂にも入ってないし、一見新品みたいなドレスには血だの体液だのが染みついている。そんな自分を見られたくなかった。

 そのままドンって突き飛ばすと、ヒールつきのパンプスを履いていた茉莉ちゃんはよろけて壁にぶつかる。そこから茉莉ちゃんがこっちに近寄ってこないように、あたしはバレリーナみたく片脚を持ち上げる。そして爪先を茉莉ちゃんの顎のあたりにつきつけた。

「帰って」

 ブレードのエッジを突きつけられて目を見開く茉莉ちゃんに、あたしは言ったよ。本心からそう言った。

 その後確か、「なんでこんなとこにいるの?」「なんでここに来たの?」「迎えに来てって頼んだかよ?」「そっちでさっさと大人になってろ」とかなんか、ワーワー喚いたと思う。

 あたし達の騒ぎを聞きつけた魔法少女や妖精達が廊下にあふれだす。で、ダーク★だるくと揉めてる冴えないスーツ姿のキレイな女が、救世少女ラピュセル☆めありだってすぐにバレた。場末のショーに出てたって魔法少女だもん、表の世界で活躍した魔法少女の顔と名前くらいはみんな知っていた。ヤツらはすぐに反発心まじりの野次馬根性を発揮する。こんな掃きだめに何を好き好んでやって来なすったんだか、ご立派な元魔法少女様は? って。あたしの体はすぐそれに反応した。

 茉莉ちゃんを、救世少女ラピュセル☆めありを、普通の女の子にちゃんと戻れたのにわざわざこんな所にまでやってきた酔狂な元魔法少女を、ミンチにかるまで切り刻んでみせたらきっと盛り上がる。

 昔のめありはとても強かった。ってみせるのは絶対死ぬほど気持ちいい。

 一旦そう考えだすと止まらなくなったら震えがきちゃった。めありと、茉莉ちゃんと闘いたい。茉莉ちゃんと生きるか死ぬかの縁で踊りたい。魔法少女になって地球まで救える力を持ったのに、すっぱり足を洗って日常に戻れた優等生たちの中でも特に強かった茉莉ちゃんを、引き裂いて、その肉片を思う存分踏みにじってみたいって。

 魔力結晶アイスの効果も切れかけて気持ちがセーブできなくなった中、あたしは茉莉ちゃんへ向けて口走っていた。「変身して」「そんなダッサいスーツで突っ立ってるとかフザけてんの?」とかそんなことを。あたしの譫言うわごとを聞いていた茉莉ちゃんが、みるみる泣きそうになる。それが変に気持ちよかったな。ざまあみろって気分だった。全く、何に対しての『ざまあ』だったんだか。

 欲と衝動に憑りつかれた体は勝手に動く。上半身を少し傾けて、持ち上げていた片脚を勢いよく振り上げる。この予備動作で茉莉ちゃんは、あたしが本気なのを察したらしく雰囲気が一瞬で変わった。現役の魔法少女時代、強敵を前にした時みたいに瞳に光が宿り一瞬で表情が凛々しくなった。それを見た瞬間のうれしさったら無かったな。あのころの救世少女ラピュセル☆めありのままだったから。だけど残念ながら茉莉ちゃんは引退して数年も経つ魔法少女だ。現役の魔法少女が放つ蹴りに耐えられるわけがない。

 就活ダメにしちゃうけどごめんねって心の中で謝ってから、茉莉ちゃんのキレイな顔面を削ぎ落すつもりで脚を一気に振り下ろす。

 幸い、あたしは茉莉ちゃんに怪我をさせたり殺したりせずに済んだ。どこかのお節介な魔法少女が風みたいに駆けてきて茉莉ちゃんの前に立ち、あたしの蹴りを受け止めたからだ。金属製の何かで、がつん! って。

 ──誰が茉莉ちゃんを助けたんだって? 決まってるじゃん。不死身アンデッドのジョージナって呼ばれてたあの子だよ。金属製の魔法の義手を持っていて、誰かのピンチに自然と体が動いてしまうような良い子の魔法少女なんて今も昔もあの子だけだよ。

 茉莉ちゃんに向けて振り下ろされたブレードは、あの子の右腕に受け止められ弾きあげられた。一回転して着地したあとでも、あたしの全身は痺れていた。思いっきり金属の塊を蹴っちゃったようなもんだしね。茉莉ちゃんへの攻撃を邪魔されたことと、弱い電流を流されてるような体の痺れに腹が立って舌打ちした。

 盾のように茉莉ちゃんの前に立ったあの子は、赤い瞳であたしに据えて訊ねたよ。

「何してるの?」

 でも親切に答えてあげるわけがない。茉莉ちゃんとれる寸前までいった体はお預けをくらわされて相当イラついていた。りたい気持ちと魔力結晶アイス不足で狂った頭は、お節介なあの子ごと茉莉ちゃんを斬ればいいなんて判断を下す。だから速攻、あたしは舞った。バレエでいうピルエットのように回転して、足裏から出現したブレードで二人ごと切り裂きにかかる。でもまたあの子が右腕であたしの魔力のこもった蹴りを弾いたんだ。

 あの子の赤い瞳はまっすぐ怒っていた。普通の人間相手に魔力を使って攻撃するあたしが許せないって、あたしを強く睨んでいた。

 予想外な出来事の連続とおクスリ不足で、こっちの頭はトんじゃってるじゃん? そこへちょっと気に入っていた子があたしに歯向かってきたでしょ? 余計にイライラしたのかそれとも嬉しかったのか、よくわからないけどテンションがアガったんだよね。

 全身を震わせながら、あたしは何度も蹴りを放った。ピルエットからの空中回し蹴り。茉莉ちゃんを背にしたあの子は、あたしの連撃を全部的確にさばいてみせた。金属の右腕で全部受け止めて、ブロックする。これにはちょっと、へえ~って感心したな。伊達に他の子たちのサンドバッグになってたわけじゃないんだなって。あの子は赤い瞳をあたしに据えたまま、こっちのケリに合わせて右拳を振り上げた。

 がちぃん! って、こっちのブレードとあの子の拳がぶつかった瞬間、そりゃもう脳髄が痺れたよ。今度はものすごく気持ちよくってさ、涎が出そうになったくらい。思わず変な声を出したあたしへ向けて、あの子は吠えた。

「魔法を使えない人相手に何してるんだって訊いてるんだ、答えなよ!」

 魔法少女が護るべき一般人相手に暴力を働いたのが許せない、この期に及んであの子はそれで怒ってたんだよ? 生意気なだけじゃない、あの子の気高い一面を前にしてあたしはいよいよ痺れた。どのみち茉莉ちゃんはもう変身できないし、もういいやこの子でって、あたしは気持ちを切り替えた。

「誰かさんみたいに質問に質問で返しちゃうけどさぁ、あんた誰に向かってそのゲロくっさい口開いてるのか分かってる?」

 あの子を挑発する目的で放ったセリフに、周りの魔法少女たちもケラケラ笑った。みんなあの子の気高い行動にイライラさせられてたんだよ。嗤われたあの子は、一層ハラ立ったみたいでさ、こんなバカども初めてみるって顔つきで吐き捨てたよ。

「最悪だ。あんたたちみんな地球を救った魔法少女ウィッチガールのクセに、本当はムチャクチャ強いくせに! こんな所で妖精どもの言いなりになって、こんな最低のショーに出て、挙句の果てに人間を嬲って笑うなんてどうかしてる! 全員まとめて地獄に落ちろッ!」

 いやもう、この時のあの子の顔ってば、ほれぼれしそうなくらいこっちを軽蔑しきったものだった。でも、あたしの狂った頭は、あの子の必死の叫びをネタだと判断した。ネタにはネタとして返す他なくなっちゃうじゃん、こんな風にさ。

「落ちてんじゃん、地獄ならとっくにー。あんたの目ってばどうかしてんの? ここが天国かなんかに見えてんの?」

 この返しはギャラリーの魔法少女たちにはウケた。連中はみんなゲラゲラ笑った。

 そんなあたしに、他の魔法少女たちに、あの子は魂からガマンがならなかったみたいでさ、赤い瞳をギラつかせたよ。歯を食いしばってこっちを睨んだ。すると、金属の右腕がガチガチ鳴り出す。腕の中の使い魔があの子の感情に反応したんだろうね。

 正気じゃない頭では、それすら面白くってたまらなかった。もっと怒らせてやりたくなって、あたしはさらに煽った。右肩と右腕の境い目を抑え、今にも暴走しそうな使い魔を止めようとするあの子を挑発した。判断力なんて無かったから、言っちゃダメな言葉だってつるつる口から滑り落ちていた。

「そーだよ、ここは地獄だよぉ? 地球の一個や二個救ったところで魔法少女は地獄に落っこちる。で、あんたはどうなの、不死身のアンデッドジョージナ。あんた地球を救ったことあるの? ……あー、あんたは地球どころかシケたスモールタウンの平和と安全一つ護れなかったんだっけ?」

 あの子の表情が変わった。予告なしにビンタくらった子供みたいな弱々しい顔つきになった。──あの子がこの時浮かべた表情を、今でも時々思い出してしまう。その都度ごめんって謝ってるんだけど、今更無意味だよね。

 とにかく、この時のあたしはあの子をただただ痛ぶりたい一心で言葉を連射した。

「何一つ護れなかったままこーんな地獄に落っこちて、そこからのんきに魔法少女デビューするとかさぁ。順番派手に間違えすぎじゃん? 笑わさないでよ、不死身のアンデッドジョージナ。っていうか、いっそのことその名前変えちゃう? 不運のアンラックジョージナって?」

 自分の冗談にウケて笑うあたしの前で、あの子は両目からつーっと涙をこぼした。

 ──ん? なんでこの冗談であの子が泣くのかわからない? じゃあライターさんも知らなかったんだ、魔法少女として活動したことがないあの子があんな所にいたのかについて。ふーん……、やっぱライターさん、ツイてるよ。あたしの話聞いて大正解。

 あの頃になると、あの子がどうしてこんな場末で魔法少女デビューしたのかって噂も耳に挟むようになってたんだよね。妖精の国の間の抗争に巻き込まれて大虐殺が起きた町の生き残りだとか、その時に失くした右腕の代わりに別の妖精と契約して手に入れたのが今の右腕だとか、その他諸々。

 うっさんくさい話だよねー。あたしも丸ごと信じちゃいなかったけど、何もかもめちゃくちゃにされた後で魔法少女なんかやるハメになった不運な子だってことだけは絶対事実だから。

 だってあの子は、生身の左腕で涙をぬぐってすぐ、あたしに向かって殴りかかってきたんだから。金属の右腕も生身の左腕もでたらめに振り上げてさ。

 茉莉ちゃんを助けた時の気高さをかなぐり捨てて、あの子は喚き散らした。黙れ黙れ、うるさい! って。がむしゃらに叫ぶあの子の両目からまた涙がこぼれ落ちた。

 泣かせるつもりは無かったから、しまったな~って反省はしたよ? でも、子供のケンカじみた攻撃に一気に興覚めして、あの子の足を掬ってすっ転ばせた。うつぶせに倒れたあの子の、右肩あたりを踏みつけて体重をかけてやった。頬を涙で濡らしたあの子は左手で支えて立ち上がろうとしたよ? それすらあたしは許さなかった。右肩を踏む足に力を込めて踏みにじり床に這いつくばらせた。

 気晴らしにはぴったりな見世物だったんだろうね。生意気な新人のみっともない恰好を見て、周りの魔法少女たちはみんな一層楽しそうに笑った。その腕斬っちゃえば~、なんて声も聞こえた。頭がまだトんでたから、一瞬本気になったな。もちろん実行してないよ? そんなことしてたら、あたしは今ごろ本当の地獄で焼かれてる。

 あの子の右腕を斬り落とさなかった理由はたった一つ。右肩をぐりぐり踏みにじっていた時にあの子と目があったからだ。今どんな顔してんのかな~って自分の足元を見降ろした時、こっちを見上げるあの子の赤い瞳に冷や水をぶっかけられたんだ。

 信じられない、そんな目つきであの子はあたしを見あげていた。その瞬間にやっと正気に戻った。

 赤いブーツと完全に一体化している足で、あたしは今、上半身タンクトップだったあの子の肩を踏んでいる。あたしはあの子の肌を素足で踏んでるんだって。マヌケなことにやっと気づいて怯んだ瞬間、全身から汗がふき出した。

 その途端、あの子ってば、足蹴にされてるくせに表情を変えたよ。途方に暮れたって言ったらいいのかな? あたしの姿を見つけた直後の茉莉ちゃんがみせたような表情にさ。こっちを憐れんだ顔つきに居たたまれなくって、気が付いたらあの子の鳩尾を思い切り蹴り上げていた。

 四つん這いでまたゲロを吐き出すあの子と、慌ててしゃがんであの子の背中をさすりだした茉莉ちゃんをそこに残して、あたしはさっさと退場することに決めた。これ以上ここに長居しても無駄だって、肝を冷やしたお陰で多少まともになった頭が下す指示に従うことにしたんだ。

 そんなあたしを、あの子が呼び止めた。「待って」って。

 この時は聞こえなかったふりをした。きっとあの子はあたしの両脚が悪い妖精たちの餌食になってることをあげつらう気だって、早合点したんだよね。我ながらダサいったら。

 あの子はそんなショボい真似をするような子じゃなかった。さっきまで泣き喚いていた子とは思えない、しっかりした口調であたしの背中へ呼びかけた。

「次のショーの相手にあんたを指名するから、ダーク★だるく」

 あたしが反応するより先に、周りにいた魔法少女たちがどよめく。

 少しの間をおいて、あたしは振り向いた。あの子はもう既に立ち上がっていて、涙や胃液でよごれた顔を左腕で拭っている。それから、こっちを赤い瞳で睨んだよ。逃げるのは許さない、そんな顔をしてさ。

「さっきの続きはリングの上で、構わないよね?」

 これにはかなり痺れたね。トんだ頭にもクラクラ来た。

 ──どうしてかって? この時のあの子の表情がこんな風に言っていたんだもん。あたし達が唯一二人きりになれる場所、リングの上で、どうしてあたしの両脚がこんなことになっているのかを訊きたい。逃げようたって許さないって。

 女王様が下っ端の挑戦をスルーするなんて有り得ないでしょ。だから余裕がある風に見せつけるため、あたしは微笑んだ。せっかくあの子が持ちかけたショーだもん、盛り上げてあげたくなったんだ。

「いいよ、りょーかい。──せっかくだし茉莉ちゃんも見に来てよ」

 そうして、右手をヒラヒラさせてからあたしは廊下のむこうに去った。茉莉ちゃんはきっと、自分を庇ったあの子にハンカチでも差し出しているんじゃないかなって考えながら。


 命のやりとりなんてザラだし血しぶきが飛び散ってばかりだったけど、魔法少女斗劇ウィッチガールバトルショーは所詮見世物だもん。魔法少女たちの私情をリングに持ち込んでショーに彩りを添えることは大歓迎されていた。不死身のアンデッドジョージナが女王様のダーク★だるくに挑戦状を叩きつけたニュースは、一瞬で本部に届けられたみたいだよ? その日のうちに、あたしたちのショーは十日後に行うって決まったんだから。


 ◇◆◇


 どうせライターさんも知ってるだろうし、無駄に引っ張っても仕方ないからさっさと言っちゃうけど、結果はあたしのボロ敗け。完敗。結果的に新しい女王様誕生のいい噛ませ。笑えるよね。

 当然それがあたしの最後のショーになった。使い物にならなくなった元魔法少女なんて悪い妖精たちもすぐ興味をなくして、あたしは晴れてお払い箱になったってわけ。

 茉莉ちゃんやラピュセリンのメンバー、それに結局あたしなんかのことを見捨てられなかった何人かの元魔法少女の支援を受けて、あたしは現在ここでカフェのお姉さんをやりながら社会復帰を目指してる。だからこそ、今こうしてライターさんに昔話が出来るわけだけど。

 でも、下っ端の子と戦って敗けました~……じゃ、つまらないでしょ?

 だから、もうちょっと詳しく教えようか。魔法少女斗劇ウィッチガールバトルショーの女王様交代劇の当事者目線の一部始終ってやつを。興味あるでしょ、ライターさんは。



 ショーの当日、あの子はいつもと同じように汚れの目立たないトレーニングウェア姿でチャレンジャーサイドに立っていた。

 あたしはもちろん、いつもの赤地に黒い射し色のドレス姿で悠々とリングの上に立つ。女王様ってキャラクターを印象づけるために、余裕ぶって優雅にね。

 審判のアナウンスに合わせてゴングが鳴り、それまで息を飲んでいたお客たちがわあっと一斉に歓声をあげた。

 あの子は珍しいことに、開始すぐこっちに向かって突っ込んできた。好き好んでサンドバッグにされ続けることもあるような子だから、自分から動き出すのはかなりレアだ。それを知ってるお客たちも沸きかえる。

 ちょっと面食らったけど、あたしは足から黒いブレードを出して、そこから魔力の斬撃を放った。大抵のものならなんなく切り裂くその飛び道具で狙ったコーナーに誘い込み、リング上を高速で滑走したあたしが先回りして切り刻む。そういう作戦だった。

 けれどあの子は怯まなかった。宙を飛ぶ魔力の刃の群れを掻い潜り、よけきれない斬撃は鉄の腕で弾き飛ばす。足取りは素早くて無駄がない。怒ったように輝く赤い瞳はまっすぐあたしを睨んでいた。

 なんで? って、その瞳が訊いてたよ。なんで、なんでなんでなんで、って。斬撃の弾幕の中に瞬きせず飛び込みながら。

 それを前にしたらこっちの背筋もゾクっとしてさぁ、あの子のリードに付き合ってあげる気になったんだよね。女王様として観客を盛り上げる意識に火が点いた。

 魔法仕掛けの右腕を、あの子は振るった。その中にいる使い魔が吠えたと同時に、赤い色をした魔力がゆらっと放たれてあの子の右腕全体をカバーした。ただでさえ硬くて危ない鉄の腕から繰り出される力が数倍になる魔法だ。拳が当たれば骨が粉々になるってやつ。

 ま、当たればの話。そんな一本調子の攻撃に出てくるくらいだから、あの子は頭に血が上ってたんだろうね。あたしがどうしてあんな状態になってまで魔法少女をやり続けていたのか、あの子の理屈じゃ理解できなくて。知りたく仕方なくて。

 あたしはしゃがんであの子の腕を躱した。頭上をかすめた魔力で強化された腕の力には肝が冷えたけど、それもすぐに快感になる。

 体位を落として、あたしは足に魔力を集中させた。足と一体化した赤いブーツに熱がともる。あの子の両脚を一気に落とすつもりであたしは自分の足を薙いだ。

 なんでって? 楽しいからに決まってる! そう答えながら。

 けど、残念。あたしの足は空ぶっちゃった。あの子ってば、床に手を突いてあたしの足払いを躱してくれちゃったんだよね。宙で一回転してから着地して、そのまま体勢が立て直しきれていない、あたしにむけて右腕を振るった。腕を強化させていた魔力を今度は赤い砲弾にして撃ってきたんだ。

 とびきりでかい飛び道具だったけど、使い慣れてない魔法だったんだろうね、コントロールが甘かった。体を限界まで低くしたあたしの頭上を越えてすっとんでいった赤い魔力の砲弾は観客席にぶつかった。背後の席がパニックになるなか、あたしは立ちあがって、つい拍手なんかをしちゃってた。

「やるじゃん、でもこの至近距離で当てられないってどうなの? コントロール下手すぎ」

 褒めて調子に乗らせちゃいけないから挑発してみせたのに、あの子は反応しなかった。バカでかい魔力の塊を撃ったのに、妙に憐れみのこもった目をこっちに向けた。まあ、イラつくよね。

「──何その目? 言いたいことがあるなら早く言いな」

 すると、あの子は生身の方の左手でユニコーンのたてがみみたいな髪をくしゃくしゃさせながら頭を左右に振った。その仕草でわかったんだよね。自分の目の前にいる女はとんでもないバカでクレイジーだって、やっと飲みこんだんだろうなって。

 今頃気付いたのかよってもんでしょ、そりゃあ。だからつい、アハハって声に出して笑ってしまう。あの子は左手を振り下ろし、またこっちにむけて怒鳴ったよ。

「笑わないでよ! どれだけバカなんだよ、あんたって!」

 って。泣きそうな顔つきで、聞き分けのない子供みたいに吠えた。

「そんな体になったって……、最悪な魔法少女ウィッチガールになったって……っ、笑うのは悪い妖精だけなのに……! あんな連中、喜ばせる為だけにこんなことまでするなんて、あんた頭おかしいよ!」

「あーあ、あのゲロ吐きちゃんがちょっとはまともなショーができるようになって安心した途端にこれだ。……あのさあ、誰が見てもその通りでしかないことをデカい声で喚いたって、つまんないんだって。そういうのサメるんだって、お客さんがぁ! もうちょっと面白いこと言えるようになれって」

 挑発と親切を混ぜたあたしのセリフに、あの子は悔しそうな表情をするだけだ。やっぱこの子綺麗な子だなって感心したけど、好きな所だったはずの物分かりの悪さにちょっとずつイラつきもした。こんな所に落っこちた以上はどうにもなんないのに、あんた何いつまでま「自分は違う」みたいなカオしてんの? って。いつまでたってと流されない、誰も掃除しようとしない、便器にこびりついた糞のカスかよって。

 でもこんなことで苛つくなんてあたしじゃないって冷静に考える余地はあった。あ、これは魔力結晶アイスの効果切れだなって、すぐに気づいた。ショーの前にはいつもより多めに齧ったのに効きが弱くなってることをこんなタイミングで知る羽目になって死ぬほどダルかったけど、それでも余裕たっぷりで憎たらしい女王様を演じられる余裕はあった。ここまでは。

「あたしはあんたみたいに嫌々ここに来たんじゃないの。自分で選んでここにきた、誰がどう見てもも頭がおかしい女なの! カワイくて強い魔法少女と戦って斬り刻みたい、クソヤバい悪堕ちの女王様なの! 楽しくて楽しくてたまらないからここにいるんだって、いい加減わかってくれなきゃ困るんだけど?」

 ──あーもう、こういう事を自分から言っちゃったのが今思い出しても死ぬほど恥ずかしいんだけど。

 あの子もあたしのことを、クソつまらない冗談でゲラゲラ笑うセンス皆無のヤツに浴びせるような目でじっとみた。

「わかんないよ。だってあんたの脚がそんなになってるんだよ? 昔の仲間だった人もあんたのことであんなに泣いてた。ねえ、本当にこれがあんたがしたかったことなの? 何を犠牲にしても惜しくないってくらい命をかけたのがこの程度のもので平気なの? 全然楽しくないこんな茶番が?」

 この発言にはちょっとムカついたよね、さすがに。だからリング上を高速で滑走してスピンをかけた。

 あの子はまた、右腕に魔力をまといつかせて、回転するあたしをぶちのめそうと拳を放つ。その時にはあたしはそこからジャンプして、あの右腕の上に左足だけで着地してたんだけど。

「あんたのお口ってばゲロ以外のものも出せんだねぇ、評論家のジョージナちゃん!」

 あたしの軽技に対応できていないあの子の首を斬り落とすつもりで、ブレードを出した右脚を振り上げた。でも、あの子は即座に我に返って精一杯体をひねった。あたしが立っている右腕をぶんって振り払う。そのせいで蹴りの軌道がズレちゃって首を撥ね落とすことが出来なかった。あの子の顔に傷を作ることは成功したけどね。霧みたいに血が飛び散ったよ。

 流血沙汰に、わあって観客はまた湧いた。整った顔に傷がついても、あの子は無造作に左腕で血を拭うだけでびくともしなかった。やっぱりそういう様子が憎たらしいくらい映えるなって、リング上に着地して滑走しながら感心したよ。

 ぬぐっても止まらない血を、そのまま流しっぱなしにしながら、あの子はあたしに語りかけた。大型の草食動物を思わせる、優しく澄んだ、憐れみのこもった目を向けて。

「あんたもう、帰りなよ。生きながら地獄に落ちるような馬鹿だって、あたしはあんたのことを軽蔑したくない。だってあんた強いんでしょ? 地球を何度も護ったんでしょ?」

 さっき顔面切られたばかりなのに、あたしを説得しようとするんだ。懲りもせずにさ。

「たとえ世界を護ってなくたって、あんたのために泣いてくれる人がいたんだからまだ間に合う。やり直せるよ。こんな所に長くいるもんじゃない。いちゃいけないよ」

 なーんて言うんだよ? あの子ってば。夜回りしてる先生みたいに知った風な口をさあ、叩いてきたわけ。

 禁断症状が抑え切れなくなって、体の中をムカデが這い回るような不快感が一気に噴き出して、演技も難しくなるくらいイラつきだしたあたしを目の前にして、全然ビビりもしない。可哀相な女の子を見守る顔つきで、あたしに訴えかける。 

 ショーのキャストとしても魔法少女としても先輩のあたしを。

 ブーツが脱げなくなって、望み通り永遠に、普通の女の子に戻れなくなった、あたしのことを。

 だからさ、その、アレだ。ちょっとキレたんだよね。ムカついて腹立って、禁断症状の波に意識を全部明け渡した。秒単位で強くなる不快感をあの子への怒りに変え、残りわずかな魔力をあたしの中で一気に燃え上がらせる。

 キュウっと狭くなった視界にはあの子一人しか目に入らなかった。神経を尖らせて、あの子の動作をあたしは読んだ。体内で爆発を起こした魔力にあるだけの敵意を強めて連撃を放つ。今度こそ首を撥ね落とすつもりでたたみかける。なのにさ、あの子が断りもなく茉莉ちゃんのことを持ち出したせいで、あたしの心の底はぐらぐらと揺れていた。

 動揺したせいか、ブーツが脱げなくなった日からのことが走馬燈みたいに蘇る。

 リクルートスーツ姿の茉莉ちゃんの泣き声が耳の奥でわんわんと響く。

 蹴りの乱舞を見切って躱すあの子に集中できてないことに頭の片隅に追いやったもう一人のあたしが気づいている。このままじゃやばいよって警告する。

 なのにあたしは目の前のあの子に集中できない。記憶に意識を奪われて、心技体ってやつがバラバラになってしまう。体は勝手にうごいてくれたけど、気持ちの入らない攻撃に威力は無い。

 反対に、あの子の頭は完全に冷静だった。あたしの攻撃を軽々避け、時に右腕で受け止めてブロックする。それでもなお追撃し、右脚で回し蹴りを放ったあたしから、バックステップで距離を取った。

 芸風じゃないのに後ろに跳ぶとかつまんないし! って、頭の中で吠えたあたしの前で、あの子は一瞬瞼を閉じる。目ェつぶるとか余裕じゃんって、無理矢理笑ったあたしが右脚を蹴り上げたその瞬間、あの子は金属の右腕を真上に掲げて、一気に下へ振り下ろした。

 するとさ、あたしの目の前が一瞬、真っ赤になった。

 視界の異常はすぐに元通りになったけど、禁断症状も吹っ飛ぶくらい強烈な感覚が神経を伝って脳髄まで駆け上がってきた。冷水と熱湯を一気に浴びせかけられたようなそれが激しい痛みだって把握するより先に、あたしはバランスを崩して尻もちをついた。こんなみっともない真似をさらしたの、あたしの魔法少女人生で初めてだった。もっとカッコ悪い姿をすぐに披露することになるんだけど。

 自分がいったいどうなったのか、急には解らない。ただ、ぺたんとへたり込む形になったあたしの目の前に、赤い色ガラスで出来たような大きな槍がリング上に突き刺さっていた。小柄な中学生の背丈くらいはある赤い槍の刃を透かして、立ち尽くすあの子の姿が見えたっけ。 

 すでに瞼を開いていたあの子は、辛そうに顔をそむけながら右腕をあたしの方へ伸ばした。竜の前肢を思わせる金属の右手の平が大きく開かれたと同時に、何かが宙を飛んでそこに収まる。それが何か、すぐに気がついたからガン見してしまう。鉄の爪をぎゅっと食い込ませるように握りしめられていたそれは、あたしにとってはよく見慣れたものだったから。  

 ──何かって? ブーツだよ、あたしが履いていたあのショートブーツ。ていうか、正確にはあたしの右脚だね。

 魔力結晶アイスを齧って飲みこんだ時よりずっと冷たいものが、あたしの脳を凍り付かせる。そのまま下をむいて、やっと全てを把握した。

 あたしの右脚の膝から下が、きれいに無くなっていたんだよ。目の前にある、赤いガラスで造られたような槍の刃が膝から下を断つように刺さっているって。リング上にみるみるうちに広がってゆく赤い血は、すっぱり断ち切られた膝下から流れ出ているものだって。冷たいのか熱いのかすらわからない右膝下の感覚は今まで感じたことのない激しい痛みなんだって悟った。

 片脚の膝から下を切断されちゃあバランスもとれなくなるよね、そりゃあ……って、あまりのことから却ってのんびり噛みしめたそのタイミングで、魔力で造られた赤い槍はパッと粉々に砕け散って消える。

 クリアになった視界のむこう、あたしの脚はあの子の右手の中で、汁を吸われた果物みたいにみるみる干からびてゆく。ジャーキーみたいになった右脚を、あの子はリング上に落とした。

「これでもう、あんたはここにはいられない。女王様なんかじゃない。帰るしかなくなった」

 そう言ったな、あの子ってば。怒ってるのか泣きそうなのかわからない赤い瞳で、ゆっくりあたしを見下ろして。

「もうやめなよ、魔法少女ウィッチガールなんてさ。あんたみたいに何度も地球を救った人が妖精連中に食い物にされて野垂れ死ぬなんて、そんな最悪な話はあっちゃいけない。そんなのあたしが耐えられない」

 その時さあ、かああっ! って、全身が本当の炎が噴き出したんじゃないかってくらい熱くなった。

 クレイジー女になり果てたあたしを表の世界へ帰す為にはこうするしかなかった、荒療治だけどしかたなかった。あの子はつまり、そう言いたかったってことになる。

 ていうことは、あたしってば、ちょっと前までロクに魔法も使えなかったゲロ吐きド新人ちゃんから一撃であしらわれた上に、可哀相な子扱いされちゃったってことになるんじゃない? ──そう気づいたら最後、恥ずかしさと口惜しさで居ても立っても居られなくなっちゃった。

 こんな最悪なショー、言われなくたってキャストのあたし自身が一番認められない。どうせあたしはここまでだ。確かにあの子が言う通り、負けた以上はもう女王様でもなんでもない。それどころか魔法少女ですらない。それはいい。そういうルールだから受け入れられる。でもこんな死ぬほどダサい最後は想定外だ。なんであたしの命を奪らなかった? その厨二な右腕で脚をむしり取ることができたなら、あたしの頭を握りつぶすのくらい楽勝じゃん。なのになんでやらなかった? あたしはここで、今までぐちゃぐちゃにしてきた子たちと同じ姿で魔法少女をやめる予定だったのに。それがあたしの筋書きだったのに、なんでこんな恥をかかせたの? ……あー、それが気高いあんたのやり方か? 本当にイイ趣味したガキだわーって。

 だから精いっぱい強がってみせた。血だまりにへたりこんだまま、自分の状態を確かめる。ブーツは片方体から離れたけど、あたしはまだドレス姿のままだった。それが分かれば十分だったから、無理やり笑って軽口を叩いた。

「……へぇ~、しばらく見てないうちに魔法使うのが上手になったじゃん」

 引き際の悪いあたしに舌打ちしそうな顔をしたあの子は、左手で髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。──あたしはまだギリギリ変身したままなのに油断して隙をみせちゃう所がカワイイねって、ちょっと楽しくなったな。

 脂汗を流しながら、あたしはあの子に呼び掛けた。変身の維持で最後の魔力が、生き続けるための生命力がみるみる奪われていく。焦る気持ちを押し殺し、観念してふっきれた敗者のフリをした。すると自然と優しい先輩じみた声が出る。

「ねえ、ちょっと手を貸してよ? これじゃあ立つこともできやしない」

 あの子は髪をくしゃくしゃかき混ぜるのをやめて、しばらくこっちを見てからすたすたと歩き出す。

 まるで無警戒なその態度を見てほくそ笑んだ、やっぱりなって。不愛想で生意気で物分かりが悪くても、根が優しくて気高くて過ぎた暴力は大嫌いで困った人がいたら勝手に体が動いてしまう。この子はそういう子だ。茉莉ちゃんみたいな魔法少女らしい魔法少女だ。そんな子が、怪我人に素直に助けを求められて拒絶できるわけがない。それに加えてこの子はまだまだビギナーだ。変身が解けていない手負いの魔法少女にうかうか近づいてしまう程度のド素人だ。

 そういう所、本当は嫌いじゃなかったんだけど! って、あたしは心の中で吠え、体を支えていた両手に力を込めた。迂闊なあの子があたしの攻撃圏に足を踏み入れた瞬間、無事な左脚をピンと伸ばす。ありったけの魔力を注いだブレードは、左の爪先を覆って怪物の角のようにぴんと尖る。同時に両手に出せるだけの力を込めてリングを押し、体を持ち上げた。

 こっちの魂胆にやっと気づいたあの子は、すぐに顔色を変えたけどもう遅い。自分の体を一本の槍に変えたあたしは、あの子の心臓あたりを迷わず狙って左膝を曲げ、思い切り伸ばした。

 ──そう、これは完全にあたしの悪あがき。だってそれまで無敗だった女王様のダーク★だるくが、新人に床を舐めさせられました~じゃダサすぎじゃん?

 だのにさぁ、あの子ってば、先輩のメンツを立たせてくれなかったんだよね。あたしの魔法少女人生最後の一刺しを許さないどころか、すぐに対応してみせた。あの右腕で尖らせたブレードを跳ね上げてすぐ、無防備になったあたしの左足首を強引に掴む。で、そのまま膝から下をねじ切った。

 自分が流した血だまりの上に、あたしは叩き落された。今度は左脚が焙られたように熱くなったのに、体中が何故かベタベタすることの方が気になった。血だまりに両手を突いて、うつぶせから上半身を起こすでしょ? そうして自分の体を見下ろして全てを理解したんだ。ブーツを両方とも体から離されたんだって。変身が完全に解けたあたしの体が血まみれになってるんだって、

 人前で変身を破られた。変身する前に着ていた中学時代の部屋着姿で、豚の血を浴びせられたいじめられっ子みたいに血まみれの姿を、人前で、リングの上で晒してる。もう魔法は使えない。二度と変身できない。

 改めて現実を突きつけられたショックってば、両脚の激痛が吹っ飛ぶくらいだったな。ワンワン泣きたいくらいだったし。でも、粉々のプライドをかき集めてなんとか耐えた。恰好つけたかったのも当然あるけど、だってさぁ、あの時、あの子ってば何してたと思う? 

 真っ青になって立ち尽くしてたんだよ? 

 赤い瞳孔が開いてさ、今にもガタガタ震えだしそうなそんな様子だった。なのに、あの子の右腕だけが勝手に動いて、さっき右脚にやったのと同じように毟り取ったばかりのあたしの左脚に爪を食いこませて魔力を吸い上げる。一瞬で干からびた左脚を雑に捨てると、金属製の爪をガチガチ鳴らした。多分、あの時はあの子の右腕の中にいる使い魔が勝手に動いていたんじゃないかな? 回復の魔法をかける時みたいに。だって、あたしから右脚を切断した時のあの子は毅然としてたのに、左脚をねじ切ってからのあの子は魂をフリーズさせていた。

 ほんの数秒だけど、記憶や人格を吹っ飛ばしていたあの子が機械的に数回瞬きするとやっと表情がもどる。でもそれが、右腕のやらかしに今更気が付いたような怯え切ったものだった。青ざめながら肩を震わせて、その上、生身の左手をゆっくり持ち上げると半開きの口に蓋をしようとする。

 ヤバい! って焦るでしょ、それ見たら。その途端、体が勝手にあの子の傍へ行こうとするものの、両脚を失くしたばかりなんだから当然上手くいくわけがない。血だまりの中でべちゃべちゃ這いずるあたしに気が付いて、何かを堪えながらあの子は素早く傍に来た。あたしを抱き上げようとしてくれたのは助かったな。

 あの子の顔が近づくとあたしは手を伸ばし、たてがみみたいな髪を一束掴んで引っ張った。近づいた耳に、あたしの口を近づける。

「吐くならリングを降りた後! でないと絶対許さない」

 あたしの言いたいことが上手く伝わらなかったのか、あの子は泣きそうな目をこっちに向けた。

 泣きたいのはこっちだよっ! って、少しムカついたから髪を掴む手にあるだけの力を足してやった。あの子が痛そうな顔になったのを確かめてから、精いっぱい女王様に相応しい声を出した。

「ゲロ吐きの後輩に女王様の座を追われるあたしの身にもなれって。望もうが望むまいがあんたが勝った以上、今この瞬間からあんたは魔法少女斗劇ウィッチガールバトルショーの女王様なんだ。しゃんとしな」

 これでやっとあの赤い瞳に力が戻った。あたしを見下ろしてこっくり頷く。

 いくら腹の立つクレイジー女でも、女王の引退を胃液で汚してはならない。ショーのキャストどころか魔法少女にすら望んでなったわけじゃないあの子だけど、それだけは黙って飲んでくれた。それがなんだか嬉しくってさ、あたしは少しだけ笑った。禁断症状やら激痛やなにやらで頭の具合が本格的におかしくなってたんだと思う。

 表情をきりっと整えたあの子が口元から左手を降ろしたのを見届けて、あたしはやっと全身から力をぬいた。その時になって、観客席が今までになかったほどガヤガヤと騒がしいことにようやく気付く。怒号やブーイングが降りしきる中で、あたしはやっとと目を閉じた。すーっと痛みが消えていったことだけを覚えてる。




 目が覚めたあたしは、知らない部屋にいた。

 洗濯したてのいい匂いのする真っ白いシーツが敷かれたベッドの上に寝かされていることに、少し経ってから気が付いた。

 鼻をすするような音が聞こえるからゆっくり隣をみる。そこにいたのは茉莉ちゃんだった。冷たいあたしの右手を握りながら、かれんちゃんかれんちゃんってあたしの本名を呼び続けながら泣いていた。

 茉莉ちゃんの望みどおり、あたしはようやく魔法少女をやめることができた。でも、それと引き換えに両脚の膝から下を失う羽目になっちゃったから、喜ぶのも難しかったみたい。キレイな顔をくしゃくしゃにしながら涙を流す茉莉ちゃんを見ていると、「ごめん」や「ありがとう」といった、伝えなきゃいけない言葉が胸に詰まる。せめて笑って欲しくって、くだらない冗談を口にした。

「普通の女の子に戻って早々、茉莉ちゃんを困らせちゃった」

 もちろん茉莉ちゃんは笑ったりしなかった。「バカ!」って叱って、あたしの肩を抱いてから本格的に泣き出した。

 ──その時は当然知らなかったけれど、あたしが寝かされていたベッドのある部屋は、実はこのカフェの二階にあったりするんだよ。びっくりした?

 ここはね、あたしみたいに魔法少女の依存症になった女の子の更生をサポートするNPO法人「脱魔法少女回復支援施設」の一部ってことになってるの。あたしと再会した茉莉ちゃんがツテを頼ってここを探してきてくれた上に、入所の手続きまで済ませてくれたんだ。忙しい就活中にそんなことまでさせちゃったんだよね。しかも結構大きな企業の内定を貰ってたって話なのに、それを蹴ってまでここのスタッフになったんだよ? こんなバカの為に人生捻じ曲げさせちゃって、今でも時々申し訳なくなる。

 あたしは義足を手に入れて、茉莉ちゃんたちの力を借りながらリハビリを頑張って、日常生活なら支障なく過ごせる程度には回復した所。それから、あたしみたいな仲間と一緒に社会復帰を目指してる。

 記事ではそう締めくくっておいてよ。ライターさんはどうせ、「あのお騒がせ魔法少女は今⁉」みたいな内容にするんでしょ?


 ◇◆◇


 ──ところでさ、どう? コーヒー美味しい? そりゃよかった。ここに来てからバリスタの勉強を始めてさ、最近やっと満足のいく一杯が淹れられるようになった所なんだ。

 だからライターさん、仲間内でこの店の宣伝でもしておいてよ。悪いお店じゃないのにお客が少ないのが悩みの種なんだ。儲からないのもイヤだけど、一番困るのは暇な時間が増えちゃうことなんだよね。だからもう少し忙しいと嬉しいんだ。接客に集中しなきゃ目が回る程度のお客さんがいるのが理想かな。

 だってさぁ……暇だとつい、余計なことを考えちゃうから……。


 そういえばあの子、今でも魔法少女斗劇ウィッチガールバトルショーに出てるんでしょ? カワイイ魔法少女を容赦なくブッ叩いて再起不能にするからウィッチガールスレイヤーって呼ばれてる、人気のキャストに育ったって、その程度の噂ならここにも流れてくるんだ。まあでも興味ないフリしないといけないんだけどね、せっかくここまで回復したのにって茉莉ちゃんがピリピリするから。茉莉ちゃん怒らせると怖いし、あたしだって怒られるのイヤだし。

 ──これ何? スクショ? ……へ~、本当なんだ。カワイイ魔法少女達をいじめて泣かせて引退に追い込むのが似合うキレイな女王様になっちゃって、まあ。昔はあんなに負け続けでゲロ吐いてばっかりだった癖に。

 でも、やっぱ嬉しいかな? あんな掃きだめに何年いてもずっと正気のまま、あそこにいた誰よりも一番魔法少女らしかった頃のままでいてくれてるのなら。とはいえ、あの子自身がそろそろ救われてもいい頃なんだけど。


 ──っとぉ、今のはヤバかった。

 ほらね、ちょっとでも時間があると困るっていうのはこういうこと。すぐに意識があのリングの上に戻っちゃうんだよ。あたしはどうして今ここにいるんだろう? どうしてナチュラルテイストの服なんか着てコーヒー淹れてるんだろう? あたしの居場所はここじゃないのに。あの雑居ビルの地下にあるリングの上なのにって……。


 ね、分かったでしょ、ライターさん。

 魔法少女なんかになっちゃったヤツが真っ当な大人になるのがどんなに難しいかってことが。

 だからね、お願い、この町に来たらここに来るようにってお仲間さんたちに宣伝しておいて。儲かるのは大歓迎だし、余計なことも考えなくてすむから。

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インタビューウィズウィッチガール ピクルズジンジャー @amenotou

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