Case.8
目的の階に到着しエレベーターを降りて、あたりを見回す。これまでのガラス張りで区切られた開放的なオフィスや四方に伸びる通路とは様子が変わって、コンクリートの壁に点々とある部屋、そして一本の通路が続く。5mくらい先の通路の真ん中に何かおいてあるのが見えて、近づいていくと、左向きの矢印に『新任隊員はこちら』と書かれた張り紙が張られた三角コーンがおかれていた。
「急にアナログに……」
苦笑しながら矢印の方向にある部屋に目をやると、扉越しに人の気配を感じる。これまで通った部屋の前にはなかったその気配に、ああ、ここにこれからの仲間がいるんだ、と察する。
コンコン。
富樫さんが扉をノックして、僕がノブに手をかける。
「「失礼します」」
2人で声を揃えて入室すると、中にいた数人からの視線が刺さる。室内には会議用のフラップテーブルが横に2列、縦に3列並んでいて、ヒトと獣人で分かれて座っているようだった。僕らの真っ直ぐ正面には、並んだテーブルの方を向いた別のテーブルが置いてあって、壁際にはホワイトボードが。その間には体のとても大きな獣人の方がいて、僕らをひょいひょい、と手招きした。
「うん、君らは蓮川巡査に富樫巡査だね? 私はロブスト。君らの指導係みたいなものだ。よろしく」
渋くて響きのある声。僕らを見るその表情は一見険しいようにも、穏やかなようにも見える。茶色の瞳が僕をまっすぐに見つめて、その迫力に気圧されそうになる。ニッと口角が上がると、先のとがった鋭い歯が並んでいるのが見えた。
「かっこいい……あっ、」
さっきの富樫さんみたいに、今度は僕が口に出してしまった。しかも、その声はしっかりロブストさん届いていたみたい。ピシッとたっていた耳が少しだけ前のめりになる。
「ほう。見る目があるな、蓮川巡査!」
「あっ、すみません、その、座ります!」
逃げるように席に着いて、恥ずかしさで肩を丸めて小さくなる。僕の後ろに続いた富樫さんが笑っている気がした。前をみると幸いにも、ロブストさんはこっちに背をむけていて、ホワイトボードのほうを向いてなにやら文字を書き始めた。それで僕の目はまた、その容姿に釘付けになる。
ロブストさんは獣人のなかでも特に動物の特徴が強く出ている、いわゆる強個性と呼ばれる珍しいタイプの獣人だった。艶やかな黒と茶色の毛並みに全身が覆われていて、服の上からでもわかるほどに盛り上がった肩回りの筋肉、マーカーを握る指先の爪は短くても鋭くとがっているのがみえる。そして、時折見える横顔はまさしく『K-9』らしい、凛々しい犬の顔の形だ。シュっとした鼻先に、シャープなフェイスライン、鋭い犬歯。これまで生きてきて、強個性の獣人に生で会うのは初めてだった。小さい頃憧れたヒーロー番組に出ていたヒーローのなかにも、強個性の獣人の俳優さんがでていて、僕は彼に夢中だった。いま、そのときと同じような気持ちになる。
しばらくその姿を観察していると、ロブストさんの耳が何かに反応したように微かに動いて、その瞬間。
「レオーネ、やっと着いたぞ! クソめんどくせぇ手順踏ませやがって!」
「ちょ、お姉ちゃん! 声が大きいよ!」
勢いよく開かれた扉から、2人の獣人が現れた。
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