Case.9
激しい音を立てて入ってきた二人に、ロブストさんがグルル……と喉を鳴らす。先に入ってきた方の獣人は制服を着崩し、気だるそうにロブストさんのところまで歩いていく。その後ろを、申し訳なさそうに僕らに向かってペコペコと頭を下げながらついていくもうひとりの獣人。
「アムル……。今日から正式に『Kー9』の一員になったんだ。ここではこれまでと同じ態度で接することはできないと伝えたはずだぞ。」
「あぁん……?」
どうやらロブストさんとこの二人は顔見知りらしく、先に入ってきた方の獣人に苦い顔をして呼び止める。アムル、と呼ばれた彼女は頭の上に生えた耳をピク、と少し反応させ、ロブストさんの前に置いてあるテーブルに手をつく。その隣ではもう一人の獣人がどうすればいいのか困惑した様子で、二人の顔を交互にみていた。
相変わらず手をついている彼女は僕らに背を向けた状態で、こちらから表情は見えないけれど、恐らくロブストさんの表情から察するに、お互い無言でにらみ合っているのだろう。前の3人以外、状況の飲み込めない僕らには緊張感が漂う。そして、2秒、3秒、と時間が流れていくと、彼女が唐突に肩を落とし、先ほどとは打って変わってクゥン……という悲し気な声を漏らした。それを聞いたロブストさんは驚き、組んでいた腕を解く。
「な、なんだ」
ロブストさんの問いに彼女がさらに肩を落とす。
「だって……。久しぶりに会えてうれしかったんだもん、私たちのお父さんに」
そして放たれた一言に、沈黙を貫いていた教室が遂にざわついた。おとうさん、という小さな呟きがどこからか聞こえてきて、皆が困惑したようにロブストさんを見る。確かに、彼女たちの見た目は強個性ではないにしろ、恐らく耳の形やしっぽ、その毛色からして、ロブストさんと同じ犬の獣人、そしてそのなかでも恐らくドーベルマンの特徴をもつもので。
(確かに。家族がKー9ならより目標にはなりやすいような…?)
なんとなく納得しかけて、ロブストさんをみると、どこか様子がおかしい。お父さん、と言われて慌てるのではなく、驚いた表情でフリーズしているのはどうしてですか? 僕だけがそう思ったのか、それとも他の人もそう感じているのかを確認したくて、後ろの席を振り返って富樫さんに確認すると、富樫さんも同じことを思ったようで、首を傾げている。
「お、お父さん?……今俺をお父さんって言ったのか、アムル?」
そんななか動き出したロブストさんの口調は崩れ、先ほどまでの凛々しい姿から一変していた。耳はぺたんこになってしまいそうなほど後ろに倒れて、高く上がった尻尾ははち切れそうなほど素早くブンブンと揺れている。あっけにとられてその様子をみていると、そんなロブストさんの前で、相変わらず下をむいている彼女の肩が微かに震えているのが目に入った。
(笑ってる……?)
あ、なんだか嫌な予感がする。
そして、今日2度目のその予感は見事に的中した。
「ダッハー! おい聞いたか、レオーネ!『お父さんって言ったのか?』だってよ! チョロすぎだぜこのおっさん!」
片手でお腹を押さえながら、もう片方の手はロブストさんを指さし、反り返らんばかりに笑うアムルさん。そして話を振られたレオーネさんはそれとは正反対の、真っ青で血の気が引いたような顔をしていた。そして僕らも同じように。
ヒィ、ヒィと笑うアムルさんの声だけが響く室内。彼女の笑い声は大きくて、僕らは肝の据わりすぎている彼女の姿に目を奪われていたから、だから誰も気づかなかった。
「
低く響いた、ロブストさんのこの言葉に。
「え……?」
ガタガタと椅子がなり、座っていたはずの獣人たちが地べたに膝をつく。膝をついた獣人たちの顔には恐怖がみてとれて。
なにも変わらなかったのは、僕たち人間と、ロブストさんだけだった。
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